第3話 女子会

 土曜の朝八時。アラームが鳴る前に目が覚めた。休日の朝にアラームをセットするのも心苦しいが、さらにそれより前の時間に起きてしまったしんどさ。二度寝を試みたが、すっかり目が覚めてしまっていたので、諦めてベッドから降りた。土日の朝も、平日と同じ時間帯に起床してしまうことがよくある。規則正しい生活は良いことだが、変に真面目な自分の身体に嫌気がさす。正直、休みの日くらいは昼まで寝過ごしたりしたいものだ。

 テレビをぼーっと見ながら時間を溶かす。友達とのランチの約束まで、まだ全然時間がある。一時間前に出れば余裕だろう。それまでに溜まった洗濯物と食器を片付けておこう。今日の予定を頭の中で算段し、とりあえずコーヒーを淹れようと立ち上がった。



 家事を終え、身支度を済ませると家を出た。時間はお昼の十一時。日が昇ってきて、日光の暖かさが肌に当たる。今日は二月にしては暖かかったが、時々風が吹くと冷たい空気に手足が冷える。立春は過ぎているけれど、まだ春は遠いと感じた。

 十五分ほど歩いて最寄駅についた。次の電車まであと五分。ちょうど良い時間だ。ホームには並んでいる人がけっこういたが、通勤時のそれと比べたら全然マシ。おしゃれしている若者や、部活の道具を抱えた学生、家族連れなどが多く、スーツのサラリーマンはちらほらみられる程度だ。休日の駅のホームは平和だ、と思った。あの朝の混雑したホームの光景と、人がぎゅうぎゅうに詰められた匂いがふと頭をよぎった。あぁ、やだやだ…。嫌な気分を追い出すように、スマホに目を落とした。

 なんとなくスマホをいじりながら電車を待った。家を出る前に確認したが、乗り換えアプリをもう一度確認する。待ち合わせは吉祥寺なので、三鷹で一回乗り換えになるだろう。

“ブブっ”

 ちょうどスマホが振動して、新着メッセージを知らせた。友達からだ。

『ごめん、ちょっと遅れるかも…!汗』

 今日はめずらしく遅刻らしい。SNSで、昨日は残業で終電にぎりぎり間に合ったとつぶやいていたから、たぶん起きれなかったのだろう。忙しい合間に昼間から時間を作ってもらってなんだか申し訳ない。社会人って大変だなと思いながら「大丈夫だよ、気をつけて来てね」とメッセージを返した。


 友達の咲桜(さくら)とは、大学のテニスサークルが一緒で仲良くなった。新歓の飲み会の時、咲桜に「同じ名前だね」と話しかけられ、それからサクラコンビとしてよく一緒に大会に出たりした。

 咲桜は目が大きく派手な顔をしていて、肌は少し日焼けしていて、見るからに活発そうな女の子だった。中学生の時からテニスをしていて、サークルの中では上級生を含めても上手いほうだった。テニサーといえど遊ぶサークルだったので、他にも色んな球技大会やら冬はスノボに行ったりしたが、咲桜は何をやらせても目立つ存在だった。運動神経が良いし、全体的にセンスが良かった。性格もさくらと違って根明で、コミュ力が高い。飲み会ではガンガン酒を飲んで、先輩にいじられに行き、可愛がられる存在だった。多少ハメを外すことはあったが、人に迷惑をかけたりはしなかったし、周囲に気を遣える子でもあった。誰にも平等で、飲み会であまり輪に入れない新入生がいると、まっさきに絡みに行く。そんな咲桜がみんな大好きだったし、わたしも大好きだった。三年生の時には部長になり、大所帯のサークルをまとめ上げた。

 咲桜は就活もさらっと大手に決めてしまった。サークルの部長をやった経験や、他にもゼミ長をやったり何事もやり遂げてしまう行動力や根性や色んなことが当たり前に評価されたのだと思う。今は大手町の保険会社で働いている。いわゆる丸の内OLだ。やはり仕事も出来てしまう女のようで、バリバリ楽しそうに働いている。ただ、時々残業で終電ぎりぎりになってしまうこともあるようで、ハードな働き方だとは言っていた。

 さくらは、そんな友人の咲桜を誇らしく思っていたし、羨ましいと思うこともあった。時々、友達であることを不思議に思ってしまうくらいだ。でも、一見すると合わなそうに見える二人は意外と馬が合い、こうして今も良き友であり続けている。


 三十分ほど電車に乗り、吉祥寺に着いた。駅から出ると、先に待ち合わせのカフェに向かう。今日のランチ会場は、咲桜が予約してくれた。最近出来た話題のカフェで、花屋さんとコラボしたSNS映えするカフェらしい。ずっと行きたいと思ってたから、と言っていた。インスタを見ると、たしかに店内は壁にたくさんの花が飾られていて、天井からはドライフラワーが一面に吊るされていた。カフェというか、花畑の中にいるような素敵なカフェだ。さすが、都会の女子が好きそうである。

 駅から少し歩くと、目当てのこじんまりしたビルが見えた。このビルの二階にカフェがあるらしい。階段を上がり、扉を開けると、店員が「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。

「あの、ヤマグチサクラで二名で予約してるんですけど……」

やはりまだ咲桜は到着していないらしい。先に席に通され、案内されたテーブルに座った。店内はSNSで見た通り、たくさんの花で埋め尽くされ、どこからか良い匂いがしてくるような気がした。今は冬使用ということで、白い花がメインで、すずらんや白いチューリップ、アネモネ、薔薇などが飾られている。さくら好みのカフェだった。メニューを見ると、エディブルフラワーを使ったパフェや花の紅茶がたくさんあって、どれも可愛い。


「あ、さくらお待たせ!ごめん電車一本逃しちゃってさ……」

席について五分くらい経ったところで、咲桜が到着した。駅から走ってきてくれたのか、少し息が上がっている。そんなに急がなくても、五分くらい全然大丈夫だったのに。

「ううん、全然大丈夫だよ。昨日夜遅かったんでしょ?お疲れ様だよ」

「あ、SNS見た?そうなの、言い訳じゃないんだけどさ、昨日夜終電ギリギリで帰ってさ」

咲桜はそう言いながら荷物を下ろして席に座った。黒のニットに、センタープレスのパンツにブーツ。化粧は、さくらとランチをする時はいつも薄めで来るが、目鼻立ちが派手なので華やかに見える。いいなあ、ナチュラル美人は。花畑のようなカフェの中でもちゃんと負けない華を感じる。咲桜のオーラがそう感じさせるのかもしれない。

「すごい素敵なカフェだね。SNSで見た通りだよ。メニューも可愛いし」

「いいよね、私も初めて来たんだけどさ。本当に花畑みたい!さくらも好きかなと思ってさ」

さすがこの友人はさくらの趣味を良く分かってくれている。ちゃんと相手のことを考えて行動できるところも、この子の素敵なところだ。そして誕生日のプレゼントや何かのお祝い事や、こうやって会う時のお店やら、いつも咲桜はハズさない。やはりセンスが良いのだ。

「会うの三か月ぶりくらいかな?元気だった?」

「うん、何も変わらずだよ。咲桜は?」

「私も相変わらずだよ。でもさ、この前話してた後輩がまたやらかしちゃってさ……」

わたしたちの定例カフェミーティングがいつも通りはじまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る