青春 version 2.0
糸式 瑞希
第1話
昼休みの教室…隣の席から、クラスメイトが何気なく談笑する声が聞こえる…。
「永瀬くん、マック買ってきたんだけど、一緒に食べない?」
なぜだろう…、俺はそうしなければいけない…そんな予感に駆られていた。そして、彼らに対して俺は…
「ああ、ぜひとも頂戴しよう!」
そんなふうに、彼ら本人にではなく、虚空に向かって大声で返事をした。青少年に大人気のジュブナイルRPGの主人公を真似て、スタイリッシュに決めた、という形だ。
(ちなみに、肌寒い季節の俺の肌着はタートルネックだ。良く分からないが、校則違反かも知れない…。)
「!?」
ざわざわと賑やかな昼下がりの俺たちの教室は、無音の一拍を置いてから、それぞれ詳細な動きの様は違うにせよ、同じように驚きの反応を見せた。
そしてしばらくした後、俺たちの教室は凍り付いた。
…スベった。
だが…。確かにスベりはしたが、別に普通の会話内容だし、流れ的にはおかしな事は何も言ってない。タイミングと声量の問題にすぎないはずだ。
俺はそう自分に言い聞かせ、前髪を整えると、通学カバンを手に持ち、そそくさと教室を後にした。
俺の名前は、円谷蓮。一応、ごく普通の高校生だ。
廊下を歩く…。天井に取り付けられた蛍光灯の輝度は弱く、
薄暗い廊下を照らす光の役割をうまく果たさず、廊下は鬱蒼とした雰囲気を醸し出している。
窓ガラスの向こう側には林道が広がっていて、その木々たちが、この水飲み場の印象をより暗いものにしていた。
だが…、考えようによっては、ここも悪い所ではないかもしれない。少し物の見方を変えれば、木々と窓ガラスと、薄明るい蛍光灯の光が、廊下の隅のこの場所を穏やかな場所かのように、その印象を幾ばくかは、良い方向に変えているかのようにも思えた。
ふと、何気なく、窓ガラスの外の木々をよく見ようとして視線をそらすと、その窓ガラスに俺の上半身のシルエットが光を反射して映し出された。
「…!」
少し、驚いた。それにしても、我ながら…。
恐る恐る、窓ガラスに手を触れる。
だが、何も起こりはしないし、変わりもしない。
ただ、そこに立ちすくす俺のシルエットがあるだけだ。
目の前の手洗い場の水道の蛇口からは、水がぽたりぽたり、としたたり落ちている。
「顔を、洗うか…」
たまたま手に持っていた通学カバンに、ハンドタオルが入っていたのを俺は思い出した。
水道の蛇口をくるりと回す。
すると、勢いよく、冷たい水が流れ出た。俺は手を水をすくう形にして、手のひらで出来た皿に、水が貯まるのを待ち、少し待ってから、意を決したように、自らの顔を水の貯まった手のひらに押し当てた。
しばらく顔を洗った後、俺はタオルで自分の顔をバサバサと言った具合に拭いた。
その様子を、クラスメイトの女子が偶然見ていたらしく、俺の噂話をこちらまで聴こえる音量で噂していた。はは…、高校生あるある。
「円谷君、イケメンなのに、勿体ないよね~」
「ほんと、あんなにかっこいいのに、なんでモテないんだろ?」
彼女たちは、聞えよがしに、俺の目の前で噂話を続けている。
ふっ、いっちょやるか…?
俺は女子たちの前で、いつぞや社交ダンスの映画で見たような、見様見真似の決めポーズを決めると、
「shall we dance…?」
と、言ってのけた。そして、それを聴いて二人は凍りついた。
「やだぁ……」
「いやよね」
そして、そう言い残して、彼女たちは、そそくさと走り去ってしまった。
窓の外では、風が吹いていた。木の葉の擦れ合う音がする。
そうして、俺は薄暗い廊下に一人取り残された。
まあ…、こうなる訳は、自分でも僅かながら自覚していた。
…自慢ではないが、俺は大変恵まれた、いや、少し恵まれ過ぎた身体的特徴をしていて、身長は187センチ、体重は75キロ。やや筋肉質で、長身痩躯。つやのある、黒い絹のような、やや天然パーマ気味の黒髪。主張のないパーツでそろえられた、整った薄い顔。(古い言葉で、塩顔って奴だ)8等身のスタイル。スラリと伸びる、長い手足。病的なまでに白い、クラスの女子も横に居るのを嫌がるほどの、キメ細かな透き通った肌。
我ながら、黙っていればとても様になる、だが、どこか不穏な気配のする、それはまるでよく出来た人形か何かのような姿を俺はしていた。
全てが全て、それらが軋轢の原因だとは言い切れないが、とにかく俺は、ありとあらゆる場面で浮きに浮きまくった。
そして…、何と言うべきか、日々の様々な出来事に、投げやりで気怠い倦怠感を感じていた。
疲れていた。
いつも頭の隅では、どこかボンヤリと、ここでは無いどこか遠く、そこまでたどり着ければ、全てが安寧に収まる。
そして俺はその場所をずっと探し続けている、そんなことを考えていた。
「俺もマックが食いたかったな…」
腹が減った。生きていれば、腹は減る。それは、俺も生きている人間なのだという何よりの証だが、俺はそれをいまいち実感する事が出来なかった。
生きている限り、心臓が動き、そして血液を体じゅうに送り、体が生命活動を維持する限り、
人が人として生きていく意思を、少なくとも体は果たそうとしている。
たとえ、心が生きようとするのをやめたとしても、体は生きようとするのをやめない。体が生きようとしている。だから、心だって生きようと、そうするべきらしい。
「焼きそばパンでいいか…」
生命活動を維持するために、熱量が必要だった。焼きそばパンが、購買で俺を待っている。
「おい、円谷!」
ん…?誰だ?俺の名前を呼ぶやつは。
俺は声の聴こえた方向、俺の背後へ振り返った。すると…。
「永瀬か」
「お前もマック食いたいんだろ?ほら、ビッグマック!」
「……」
俺が面食らっていると、彼は俺の手を強引に引き寄せて、ビッグマックを俺の手に持たせた。
思わず、お前はナニワのおばちゃんか、と心の中でツッコんでしまう。勿論、実際に口にしたら大惨事になるのは、流石の俺でもわかる。
「腹減ってんだろ、警戒しなくても、なんも混ざってないって」
「あ…、ありがとう、永瀬」
「女子たちも、お前と話したがってるぞ!たまにはちゃんと話そうぜ、折角、見た目カッコいいんだからさ……、その、まあ……、じゃな!」
まあ、今すぐに仲間に入れてくれ、というのも無理があるのかもしれない。
誰もいない屋上で、自販機で買ったオレンジジュースと一緒に、ビッグマックを食べた。
寝っ転がって空を見上げる。
突き抜けるような、青い空だった。
宙に手をかざす。
まるで宇宙の果てまで、届きそうだ。
あとこれから先、人と話す時は、なるべくトーンを抑えるようにしよう…
今回の件で俺はそう学んだ。
青春 version 2.0 糸式 瑞希 @lotus-00
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