-7- 其の参
ウミが僕らの歩く道を着いてくる。
僕は胸を撫でおろしていた。
彼に食われなかったからということではなく、ルナに強く手術を進めなかったことにだった。彼女がどうしても自分の信条は曲げられないということを、彼女の信仰を蔑ろにしてまで、無理強いしてまで、勧めなくて良かった。
僕は彼女の道を阻害していた可能性があるのか。
そう考えると、恐ろしくなる。
彼女がここまでたどり着いて、サメに食われる未来があったのかもしれないと思うと――本当に良かったと思う。
いや、もしかすると知っていたのかもしれない。
「あの……ウミさん?」
「なんだよ」
「一つ聞いてもいいですか?」
「だから、何だよ」
僕は意を決して聞く。
「あなたに食べられた魂はどうなるんですか?」
「どうなるって……どうにもならないように、どうにかなる」
「はい?」
「消えるんだよ。世界から」
ソラが言う。
「消える?」
「そう、どこにも行けなくなる。今から向かう『場所』にもたどり着けない」
「じゃあ、その人の魂は、永久に救われず、この世からいなくなるだけ」
「そうか……」
さっきの人は、死んでなおどこにも行けないのだ。
彼にもどこかに生きることを望んだ家族がいたのかもしれない。
もっと生きて欲しくて、彼の体に装置を埋め込むことを望んだんだろうし、当人も了解したのだと思う。それが元で、死後の世界では爪はじきにされる。なんという皮肉か。
納得できないと思ったかもしれない、彼女が報われなければ。
「にしても」
と僕はソラに言う。
「似てないね、二人とも」
「あ?」
こっそりとソラだけに呟いたつもりだったが、ウミに睨まれた。
「オマエ、ここを外だとでも思っているのか?」
「水の音の伝わり方は、空気よりもいいんだよ」とソラまでも。
はい、すみません……。
「けれど、ボクだってこれが本当の姿とは言ってないよ?」
あ、たしかに言ってない。
ソラも、また彼のようになったりするのか。
「オレは絶対にそんな姿なんかしたくないけどな」
「慣れれば案外いいものだよ、これも」
勝手に話を弾ませている。
僕は見事においていかれ、ただただ歩きにくい海底を進んだ。
昏い水の中だ。
灯りは、手元だけのはずだった。
しかし、僕らの進む先がぼんやりと明るく光っているのに気づく。
まるでクラゲのような不思議で優しい灯りだった。青く淡く光っている。
明るさは、近づくほどにだんだん強く。
光は、近づく度に形作られる。
「ああ……」
美しい。
あまりにも美しい。
“絵にも描けない美しさ”――歌では、そういったものだが、これは本当に美しいものだった。どのような言葉を積み重ねたところで、僕の目に今写っているものを確かに誰かに伝えることはできないだろう。
燐光のような蒼い
すべてが透き通った宮殿は、宝石のように見る角度で違う表情を見せていた。
人の終点が、このような場所であるのならば、死ぬこともまた悪くないのかもしれないと思わせてくる。そんな魔力のある場所だった。
まあ、まだ僕は死ねないけれど。
「すべての魂はここに集まる」
「すべてのものの死がここにある」
二人が揃って言う。
僕は宮殿を仰ぎ見た。
透明な宮殿の中には誰かが暮らしているというわけではなさそうで、透明な建物は向こう側まで透き通っている。
「歓迎してくれているようだ、君を」
「え?」
宮殿の正面の門が開かれ、そこからするりと人影が外へ出てくる。
青い光をまとった人間のようだが、その顔は……
見覚えがある。
分かる。
その眼も、唇も、鼻の形も、何もかもを覚えている。
「タケルくん、ここまでたどり着いたんですね」
「ルナの御母さん!」
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