-2- 其の伍

「お客様」


 そこで、僕は揺すられて起こされた。


「お客様、到着しましたよ?」

「到着?」


 僕、シートベルトとかのアナウンスも聞いてないんだけど?

 見れば、しっかりとシートベルトをしていた……

 いや、そんなことがあるか?

 信じられないという顔で彼女を見るが、不思議そうな顔でほほ笑むだけだった。

 隣の席にソラはいない。

 それどころか、人がいた形跡もない。

 すっかりとキレイなままの席だけが残されていた。先に降りたのか?

 僕は慌てて、自分の荷物とともに飛行機を降りた。

 空港内に人は溢れていて、目的の人物を探そうにもどうにもならない。

 それに大量の欧米人の中から、一人の顔を見つけ出すなんて無理だ。誰もが似たような顔に見えてくる。

 きょろきょろとあたりを見渡しながら歩いていると、ぎゅっと肩を掴まれた。


「失礼」


 日本語?

 いや、そうじゃないな。

 挙動不審で警備に捕まった?

 送り返されたりするのか?

 そんな恐怖が浮かぶ。


「あ、あの……」

「ドクター・アカネバラの代わりの方で間違いないでしょうか」

「え、ええ、そうですが」


 声の方へと、振り返る。

 スーツの大男と、小さな白衣の女性が立っていた。

 声をかけてきたのは大男の方で、二メートルを超えるだろう長身に、厚手のスーツの上からでも見て取れる筋肉。シロクマにすら勝てそうな男だ。

 女性の方は、その半分くらいの身長しかないのではと思えるほど小柄に見えた。金色の髪を後ろで一つにまとめており、かなりの美人であった。


「あなたが掴むから驚いたんじゃないの、セルゲイ」

「いたい……蹴らないでください」


 セルゲイと呼ばれた大男が、すねを蹴られて痛がっている。

 このキレイな女性は、見た目とは裏腹に気が荒いようだ。


「あのお二人が研究所の方ですか? というか、日本語で大丈夫なんですか?」

「ええ、もちろん。うち、マルチリンガルしかいないから」

「……」


 先生に「言葉だけがネックではあるんですが」と言ってみたが、「大丈夫大丈夫」とやけに返事が軽かったのは、そういうことか。にしても、マルチリンガルしかいないって、どういう場所なんだ。凄まじいところに来てしまった気がする。英語だけならまだなんとか……という僕には、とても肩身が狭い。


「私たちが研究所への案内を務めます。ちなみに、私はアナスタシアです。では、早速目隠しを」

「目隠し?」


 セルゲイが、手に一本の布を持っている。

 彼女は続ける。


「一応、携帯電話や電子機器の類も預かります。GPSとかつけてる?」

「GPSだけ持ち歩いてるのは、レアかと。ケータイくらいですかね」

「セルゲイ、それを預かって。あとで簡単に身体検査もさせてもらいます」

「そんな厳重な所なんですか?」

「秘密の研究施設なんて、アナタの国にだってあるでしょ」


 そんなのは、知らない。

 てか、僕のような一般市民が知ってたら秘密でも何でもない。


「じゃあ、早速目隠しを」

「ここで? ここ空港のど真ん中……」

「日本にはこういう言葉があるんでしょう?」

「なんです?」

「問答無用!」


 僕の目に貼るタイプの眼帯が、彼女の手のひらごと叩きつけられる。

 そのうえで、ひも状の目隠しでぐるぐる巻きにされた。

 厳重過ぎる。と言おうとしたが、口も塞がれる。

 拉致だろ、これ。

 そう思う僕の耳元で、彼女は告げる。


「ロシアへ、ようこそ」

 すぐに耳栓がされた。

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