-0- 其の壱

 昔々、あるところに一人の女の子が住んでいました。

 女の子には、一人の優しいお母さんがいて、それが彼女にとっての唯一の本当の家族でした。

 

 

 なんてね。

 僕が『彼女』に出会ったのは、先生の家でのことだった。

 僕の父は、先生の大学時時代の友人らしく、たびたびお互いの家に遊びに行ったり来たりする関係だった。僕もよくついて行っては何をするでもなく、父たちの難しかったり理解不能だったりする話を聞く。そんな日がなんとなく好きだった。

 先生は、その数年前に奥さんと死別しており、子どももいない。

 そんなことを少しばかり理解しようとし始めたときだった。

 僕は、ルナに出会う。

 十五年も前の、夏の日のことだった。

 


 ルナと彼女のお母さんが、遊びに来た僕と父を出迎えた。

 初対面の僕らは「誰?」と見合わせていると、奥から先生がやってくる。

 先生は優しく、ルナのお母さんの肩に手を置くと彼女たちを紹介した。


日向ひゅうが朝日さんとルナちゃんだ。ちょっと研究に付き合ってもらっていてね」

「ああ、俺はてっきり結婚相手が家に来ているのかと思いましたよ」


 そう父が不用意な言葉を投げかける。

 付き合いが長い先生と僕は、この言葉にまったくもって悪意がなく、悪意どころか特に深い考えがあって発言したわけではないことを知っている。けれど、彼女はどうだろうと、僕は朝日さんと呼ばれた女性を見つめた。

 そんな彼女は怒った様子もなく、優しくほほ笑むと、


「私なんて、先生の奥様には到底かなわないんですよ。先生の心の奥には、ちゃんとまだ奥様がおられるんですもの」


「ああ」と父も失言に気づいたようで「申し訳ない」と頭を下げる。


「いえ、そんな。でも、実は私にも大切な人がいるんです。ここに」


 朝日さんは、胸に手を当てる。

 そんな様子を僕とルナは、ぼんやりと見ていた。

 ふと視線を下ろすと、僕の眼はルナの眼と交錯する。

 かわいい、と思った。

 黒く滑らかな髪は、僕が出会った女の子の誰よりも長くて美しくて、白い肌と優し気な瞳、水色のキレイなワンピース……それが感じたことのない感覚を覚えさせた。

 それが僕の恋のはじまりだった。

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