-1- 其の伍

 僕は、疑問に思っていたことを口にする。


「君は、何者だ?」


 しかし、自分で言って恥ずかしくなる。

 こんなドラマみたいなセリフを、リアルに言うなんて。


「なんだろう……、よく呼ばれる言い方はあるけれど、ボクはそれが正しいとは思っていないし、僕も変な呼ばれ方は心地よくない。だから、君が思うようにしてほしいけれど、口にはしないと約束してほしいな」

「特別なも――存在ってことでいいのか?」

「『特別』……それもまた正しいとは言えない気がするよ。だって、『彼女』だって君の『特別』ってことじゃない? 誰かに限って使える言葉じゃないでしょ?」


 はぐらかされているかのような言い方だ。

『彼女』?


「彼女って、なんでそれを?」

「知ってるからだよ、ボクは」

「彼女も……ルナもそこに行くんだよな」

「会って話がしたい?」

「どちらかと言えば、謝りたいよ。苦しませたかなと思う」

「謝るために、向こうに行こうとしてた?」

「そうじゃない。あれはただ自分を恥じたから……でも、そうじゃなければ、僕の目的はもっと先になってしまうと思うんだ。はるか先に」

「人の一生だって、振り返れば短い時間だよ」


 彼は、時計を取り出した。

 ショートパンツのポケットから出てきたのは、真鍮色の懐中時計。

 目まぐるしく回る針や、遅々として進まない針。

 幾本もの針が並び、文字盤の後ろには細かな機構の中の、せわしなく動く歯車たちが見て取れる。

 彼がどの針の、何を目安にしているのか分からないが、彼は立ち上がる。


「そろそろ行かないと」

「……」


 テーブルのグラスがカランと鳴った。

 溶けた氷が、水となる当たり前のことのために。


「君も還ったほうがいいね」

「帰るよ」

「そうじゃない」

「……」


 少しだけ怒りが沸いた。

 でも、口にはしなかった。

 ソラはそれを理解したのか、なだめるように言った。


「君の願いは叶う。だから、今はおかえり」


 彼は指を振る。

 グラスの中の水は、再び揺れては溢れ、外に飛び出した。

 水はまっすぐに飛んで、僕の方に向かうと、頭の上で円を作り出す。

 天使の輪のようだ。


「な、何が?」

「君は、還るんだよ」


 水の中の小さな氷の粒は、目まぐるしく動いている。

 回転しているようだ。

 それは次第に早くなり、氷の粒も瞬く間に溶けていった。

 水はどんどん早くなり、空気を切り裂く音が聞こえる。

 周りを見回しても、誰かが僕のことを見ている様子はない。


 

 何が起きている?

 水の輪が光を放つ。


 

 そして――

 そこからの記憶はない。

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