第3話 ヒロイン、再会する
「会いたかったわっ……私のアンネリーゼ」
「あぁ、この子がアンネリーゼなのか……!」
「……はじめまして」
私を抱きしめるのは、私より赤みの強い髪に濃い緑の瞳をした綺麗な女性。
抱きしめられているのは、この物語のヒロインである私。
その様子を見ている男性や使用人たちは目を覆って泣き始めていた。
ちなみに私の名前はアンだが、たった今からアンネリーゼという立派な名前になったということなんだろうか。説明は足りないが、エレガント度が増したので異論はない。
女性は綺麗な顔をハッとさせ、私をじっくりと見つめた。
な、なんだ、何を見てるんだ? と、負けじと私もじっと見返した。
すると女性の瞳からポロリと雫が落ちた。
ギョッとしたのも束の間。女性は泣き笑いかのような複雑な表情で「忘れてしまったの……?」と声を震わせた。
忘れたも何も初対面だが???と、顎に手を当てハテナとなっている私なんてそっちのけで、周囲にいる大人たちは痛ましげに顔を逸らしたり貰い泣きまでしていた。
女性の綺麗に整えられた手が私の枯葉のような手をそっと握る。
その手を見比べて私たちの生きていた場所が明確に違うことがありありとわかった。やはり泣けない。誰なんだ。いや、私より赤みの強い髪の色で察しはついているが何を今更。
私の冷めた目なんて見ちゃいないのか、何度洗ってもまだ到底白くはならない私の手に女性は頬を寄せた。
「───私が、あなたの、お母さまよ」
ポロリ、ポロリと朝露のように綺麗な雫が次々と溢れ私の手を濡らしていく。
「お母、さま……」
「えぇ……っ!そうよ!あぁ、まだわたくしをお母さまと呼んでくれるのね」
いいえ。これは相槌で……と言う隙もなく女性が感極まって私を強く抱きこんだ。
その温もりにちょっとだけ里心が疼いた。
まがりなりにも、私は村で家族と一緒に住んでいたのだ。
どうやら本当の家族じゃなかったらしいが、とても優しく温かい家だった。
だから、知らない女性といえども。
こうして会いたかったと抱きしめてもらって、ほんのちょっとだけ……こう……
そっと抱きしめ返そうと腕を持ち上げた時だった。
女性の身体がバッと離れる。
「まぁ!一緒にお散歩へ?そうね、ここだと大人がたくさんいて緊張するわよね。お母さまと少しお散歩しましょう」
「あぁ、それがいい」
私は何も言っちゃいないが、どうやら外で話したいことがあるらしい。抱きしめ返そうとしていた手をだらりと下げた。
”お父さま”と”お母さま”は幸せそうに私の顔を覗き込んだ。
*
「───私ね、馬鹿は嫌いなの」
繋がれていた手はゆるりと曲げられているだけで、決して握ってこない。
その感触は育ての母だった人とは全く違い、白くて細くて柔らかく。冷たく感じた。
乾燥していて硬くても、”母さん”の手は温かくて安心できた。
そんなことを考えていたことが見透かされたのかと、上から降ってきた冷たい言葉に弾かれるように視線を上げた。
見上げれば木漏れ日がきらきらと降り注ぎ、眩しい光りの中で赤い髪がそよそよと靡いていた。
「あぁいやだ、なんて間抜けそうな顔なのかしら。邪魔だけはしないでほしいわね」
微笑んでいるかのように口角は優しく上がっているが、視線は鋭く、冷たかった。
そこには肉親の情だとか、そんなものは全く感じない。
───どうやらこちらが”お母さま”の本性のようだ。
本性を現した母と名乗る女性と対自して、自然と後ずさりをしていたことに気付く。
綺麗なドレスが土に汚れることも厭わず、私と視線を合わせるように腰を落とし、幸せそうな顔と視線を作る”お母さま”は顔を近づけ「良いこと?」と小声で囁く。
「アンだった頃のことは忘れなさい、アンネリーゼ。これからここで無事に暮らすつもりなら私の言うことには“はい”とだけ答えるの」
なぜ、と反抗的な気持ちが顔に出ていたのか冷たい視線が降り注ぐ。
そして聞き分け来ない子どもに諭すように歌うように囁かれる。
「───あなたが悪い子だと、アンの村が消えちゃうのよ」
ガン、と頭を殴られた気分だった。
最悪の展開になるのは自分だけでは無かったのだ。
私が、アンが育った村が。母さんや父さんに弟や妹がいる村が。あのなんでもない村が消える。
あぁ、そうだった。
”貴族”はそれが出来る存在だったことを、たった今、思い出した。
今世の、”私”の立ち位置も、遅れて理解した。
私の動揺した様子が思い通りだったのか、アリアお母さまはまるで聖母かのように優しい笑みを作った。
「ようこそ、アンネリーゼ。賢く、生きなさい」
────ヒロインはいつも逆境に立たされるとはよく言ったものである。
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