第4話 ヒロイン、震える
この数千年に一人の奇跡の美少女と巷で噂(ものの例えである)の、9歳女児を脅す彼女。男爵家の女当主であるアリア・サルージが実の母らしい。どんでんどんでん。これは衝撃的な事実を目立たせるための効果音だ。
妻が幼い女児を笑顔で脅しているというのに、”お父さま”は私たちを遠くからほほえましいものでも見ているかのように眩しそうに見つめて微笑んでいる。
チラッと助けを求めてみたが、うんうんと感じ入っていた。のんきなものである。
とりあえず、片方は優しそうな人でよかった。まだ救いがある。
アリアお母さまは人妻・子持ちとは思えないほど若々しく、少女のような風貌だった。10人いれば10人が「愛らしい」と頬を緩ませる魅力の持ち主だった。
私より濃い赤い髪や濃い緑の瞳はどことなく私と似ていると言われたら、どちらかというと似ているような気もする。現在進行形で脅されているので認めたくないが。
しかし、ベンお父さまは黒髪黒目でちっとも私と共通点がない。それに私はあそこまでのんきではない。
ぐぬぬ。女児の脅しに村一つかけるとは、貴族の天秤は狂っている。平民の命をなんだと思っているのか。この小さな肩で背負うには重すぎるのではないだろうか。
思わず、身体が勝手にぶるりと震えた。
村に残してきた、偽りだったとしても温かい思い出をくれた”家族”を人質にとれられた。
なぜだか実の母は私を疎んでいる。
それらに私の身体は震えていた。
───もちろん。高揚感で、である。
*
【平民として暮らしていた少女が実は貴族の家の子どもで、引き取られた家では不遇な扱いを受ける】
しってるー! これはヒロインあるある設定である。前世でそういう本を読んだ覚えがあるわ。本当にあるのね。やっぱり本に書いてあることは、あながち嘘ってわけじゃないのよ。うんうん。
まさか自分がその不遇なヒロインになるとは思っていなかったが、もうワクワクが止まらない。
こ、これはあれだろうか。やっぱり定番の「あなたなんてうちの子と認めませんからね!」のパターンだろうか。これでもかと不遇な扱いを受ければ受けるほど、後々の幸せが大きくなるという物語の展開上必須なやつだろうか!?
脅したはずの子どもからの謎の期待の籠った視線が不気味だったのか、お母さまは一歩後ろへ下がった。わかってますって。てっぱんのやつですよね。理解しました。かんぺきに。
こくり、と実の母を真っ直ぐ見つめて一つ強く頷いた。
「はい……っ、お母さま!誠心誠意、がんばります!」
「頑張れとは言っていないわ。弁えろと言ったのよ」
ピシャリと言われ、頭を傾げる。
弁えろだなんて言われただろうか?あれか?貴族的な言い回しで暗黙の暗号とかそういうことか?あんあん、いい加減にしなさい。こっちは子どもだぞ。
やれやれと肩をすくめると、お母さまは尻尾を踏まれた狼のように目を釣り上げた。
「生意気な子ね。育て方が悪かったのかしら」
「おかげさまで天真爛漫に育ちました」
村に残してきた”母さん”を馬鹿にされたような気もするが、悪意は買うだけ無駄だ。しかし咄嗟に言い返してしまったのはご愛嬌。この口が、勝手に!
挑発をサラリと受け流し、へへっと照れたようにはにかんでキュルリンと上目遣いをしてみたが、もうお母さまの血管はキレそうである。
まあ、なんだ、子ども相手にそう本気で怒らないでほしい。
「そろそろ僕も混ざってもいいかな」
「ベンったら、まだ早いわよ」
喉元に食いつかんばかりの顔をしていたはずのお母さまは、一転、甘えるようにお父さまの腕の中に飛び込んだ。ベンお父さまには可愛い感じでいくらしい。
お父さまはお母さまを丁寧にエスコートしながら、こちらへ近づき目線を合わせた。
「やあ、おチビさん。僕はベン。君のお父さんだよ」
よろしくね、と大きい手がこちらに差し出された。優しく包み込むような笑顔を向けられ、先ほどまでの”脅し”が嘘だったかのように感じた。
自然とその手を握ろうとして、その差し出された手が揺れた。
え?と視線を上げれば、アリアお母さまが甘えるようにベンお父さまの腕にしなだれかかったのだ。まるで私に差し伸べる手を妨害するかのように。
手をピタリと止めた私とアリアお母さまの視線が絡む。
「あらあら、恥ずかしがっているみたい」
クスリ、と濃い桃色の唇が弧を描いた。
はっと思い出す。
そういえば弁えろと言われたばかりだった。
これは手を乗せるなと言われているのだろうか?と、確認するようにアリアお母さまとベンお父さまの手を見比べるように視線を動かせば、口はほほ笑んでいるのに目は鋭いという難しい返事が返ってきた。受け入れる?拒否しろ?どっちだか全くわからん。難解な難問だ。なんなん。
頭をフル回転させているのに目の前で、ほら、と急かされるように手が小さく揺れた。
それなのにアリアお母さまからは射殺すかのような視線が注がれている。
───ヒロインはいつだって選択を迫られるのだ。
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