第2話 ヒロイン、逆ハーを目指す
……とまあこのように、初登場はビシッと決まった。はずだ。
勝利宣言の直後、私の到着を待っていたらしい使用人長と御者だった男が遅れて裏庭に現れた。
そこには、びしょ濡れで仁王立ちする少女とそれを支えるずぶ濡れの少年、その足元でひれ伏す使用人見習いという名の悪ガキ、そして周囲で怯えるように立ち尽くす子どもたちの姿があり、何事かと二人で慌てていた。
私は戦闘モードよろしく敵が増えたか!?と疲労で一歩も動けない身体を動かし身構えるが、背後にいた少年に取り押さえられ、使用人長のおじいさんに肌触りの良い布で包まれたところで意識を失くした。
いつの間にか夜になったようで、薄暗い部屋の中。ふかふかのベッド(藁じゃない)で目を覚ました私は短い腕を組んだ。
───これは恐らく、魔力切れだ。
前回で触れた通り、私は魔力量も大陸一番!技術も大陸一番!向かうところ敵なしの天才魔術師★の生まれ変わりである。もちろん他称だ。自分で勝手に言い始めたわけではない。
前世のことはよく覚えていないが、魔術の知識だけはしっかり覚えていたようだ。
だがしかし魔力は前世と比べて限りなく少ない。
前世では水の渦で大軍を退けるなんてことも片手間で出来るほど魔力があったはずなのに、今はあの程度で気絶だなんて情けない。
証明する力は水たまり程度しか無いが、本当に天才魔術師だったのだ。譲れないプライドだけは健在だ。
まあ無いものはしょうがない。魔力問題はどうにかするとして、これからどうするかを早急に決めなければいけない。
今世の”アン”の人生を。
平民だったアン(私のことだ)は通りすがりの魔術師に保有していた魔力を発見され、あれよあれよという間に貴族の家へ引き取られることになったのがここまでの展開だ。
これはまずいことになった。
アンは全く気付いていなかったが、一応大人だった前世を思い出した私は敵の陣地に裸一貫で乗り込んだかのように頭を抱えている。いくらなんでも無防備が過ぎる。
こうして私の意志とは関係なく、故郷の村からこの貴族の家に連れられてきたように、このままだと私の人生が他の誰かの思惑で進んでしまう。
平民としてそこそこ育った少女をわざわざ今更引き取るなんて、良くて政略のための結婚と言う名の人身売買。最悪のパターンは囮の捨て駒だ。考えたくない。痛いのはいやだ。
だはぁ~~~~と溜息が出る。子どもとは思えないほど年季の入ったやつだ。
前世は(他称)大陸一最強の天才魔術師だったので、例え一国を統べる王様だとしても私を思い通りになんてできやしなかった。あの万能時代を思い出してしまった今、誰かの駒になるのなんて悪夢である。
前世では稀代の魔力を後世に残すため、王族との縁談をまとめられそうになったが確固として受け入れなかった。時の王族とだって政略めいたものは嫌だったのだ。
……だってホラ、こういうのは愛がないと。
例えば、私に足りない分野に対し万事有能で、私のことを溺愛してて、私のためなら死ねるほどの忠誠心の高い男がいいなって。前世でもこの条件を全て満たす男には会ったことは無かったし、その条件をあげたら当時の一番弟子に鼻で笑われたが。思い出したら腹が立ってきた。
いやいやいや、前世で読んだ本のヒーローはだいたいこういう特徴を完備していたので、存在はする。うん。たまたま、まだ、出会っていなかっただけ。うん。いるにはいる。
例えば、過酷な環境の国では国王一人に妃が大人数というシステムを採用していると聞いた覚えがある。
私の好みを全て満たす人間が私を選ぶ可能性は天文学的数字かもしれないが、一つだけでも条件を満たす人間がそれぞれそばにいるという状況はつまり全ての好みを満たせるということなのでは?さすが天才。逆転の発想である。
条件を一人で完備するのが難しいだけで、一つ一つはそう珍しいことじゃないと思うんだとも弟子に言ったこともあるが、悲しい生き物を見るような視線を投げられただけだった。弟子のくせに。弟子なら師匠のために条件に合う人物を探して連れてくるべきでは。
……こんな文句も、もう今更である。
あれから何年経ったか知らないが、弟子もさすがにもう生きていないだろう。
弟子との別れは覚えていない。どうして死んだのかも忘れている。
もしかしたらあの弟子だけは私の死に際に泣いてくれたかもしれない。そんなことも覚えていないだなんて薄情じゃないか。
なんだか、故郷を離れた時より寂しいじゃないか。
顔を枕に押し付け、やめやめ!と声を出す。
私が今考えないといけないのは、これからのことである。
現実逃避もそこそこに部屋の中にあった鏡の前に立つ。
前世で私を大陸最強と言わしめた魔力量の分、今世では顔面レベルが引きあがったのだろうか。そうじゃないと割に合わないほど現在の生み出せる魔力が少ない。
”村一番のべっぴんさん”とチヤホヤされた、柔らかい頬をゆるりと撫でた。
この顔に免じて貴族界隈でもそこそこ楽しく暮らせやしないだろうか。
そう、本当にそこそこでいいのだ。
世界で一番はもう経験済みなので、そこそこで良い。
トップオブザワールドはそれはそれで面倒なのだ。
テッペンをとった孤高の天才魔術師であった前世はそれなりに充実した人生だったと思う。
しかし、仲間とか友情とか青春とか、そういうものに並々ならぬ憧れを抱いていたのだった……!
みんなで一緒に目標に向かって切磋琢磨するとか
みんなで努力して何かを達成するとか
時にはぶつけ合ってすったもんだするとか、そういうのだ。鉄板のやつ。
無意識に欲望に忠実だったのか今の世は、まさに前世の願望が叶っていたと言ってもいい。
しかし、私のチヤホヤ生活は貴族の家に引き取られることで終わってしまった。
貴族の生活に仲間・友情・青春なんてあるだろうか?いいや、望みは薄い。
いつか村に帰らせてもらえないだろうか。
──生きる場所が選べないなんて、不憫な今世である。天才的に可愛いのに。
ピーンと頭の中でもう一つ。何かが頭の中でひらめいた。
生きる場所が選べない今世
一度満たされてしまった前世の”虚ろ”
私の心情を映すように、ピシャーンと外では雷が落ちた。
バチバチと雨が勢いよく窓を叩く。
「つまり私の”ハーレム”をこれからつくればいいんじゃない?」
ハーレム。私が主なら逆ハーレム?
前世で読んだ本には皆がヒロインに夢中のチヤホヤめくるめく甘い世界の描写があった。実際に見たことはないが、存在はすると思う。うん。無ければつくればいいだけ!
前世の記憶が疼いている!
「そうよ、生きる場所が選べないなら、私の生きる場所にハーレムをつくればいいのよ」
天啓を得た呟きは雷と雨音でかき消され、私のヒロイン人生は調子良く滑り出した。
────物語のヒロインはいつだってそんな俗物的なことを言わないのである。
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