第6話

 時計の針が十八時を指すより少し前に、湊は部屋から出ていった。十八時からは夕食の時間だ。それより前に私達の部屋から出ないと、誰かに見られてしまうからとのことだった。施設では共有スペース以外での異性間の接近は禁止されている。ましてや、男子である湊が女子寮に来ているなどもっての他だった。扉を少しだけ開き、誰もいないことを確認してから部屋を出ていこうとする際に、湊が言った。


「あっそうそう、忘れる所だった。新奈がいつ私が雪が降る日に記憶を無くす事を言ったの?って聞いてきただろ? あれは、七歳の冬の時な」


 言い終えて、湊は小走りで廊下を駆けていった。七歳の冬。それは、私が初めて自分だけが雪が降る日に記憶を無くさないという事を認識した時期だった。雪に関する記憶は細部に至るまで鮮明に覚えているつもりだったが、全てではなかったようだった。もう十年も前のことだし、あの頃の私は悲しみと寂しさでおかしくなりそうだった。小さな身体の中で、抱え切れないそれらを少しでも体外へと吐き出そうとするように毎日泣いていたことは覚えてる。舞い落ちる雪が降る中、私は雪原を泣きながら走っている。頬に触れる風がつめたくて、痛くて、何よりも胸が痛かった。持ち上げた右手を胸にあてる。十年経った今も、その傷は残っている。痛みがある。そう思いながら瞼をゆっくりと下ろした時だった。何かが弾けたように、当時の記憶が頭の中で広がった。

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