第30話 帰還

 ナルの都の王宮の門は堅牢だ。屈強な男達が武器を持って攻め入らんとしてもビクともしない。門の左右には石垣が伸びている。呪力の込められた石で、乗り越えようとするものを動けなくしてしまう。難攻不落を絵に描いたような建物だ。


 そんな王宮を遠巻きにヨロズハ達は見ていた。オウドがまずはこの距離から王宮を描くと言って聞かないのでヨロズハ達は足止めを喰らっていた。本音を言えばオウドに声をかけて先に行ってしまいたい。しかしここまでついてきてくれた彼女のわがままに付き合わないのも酷に思えた。


 くすぐるように筆を動かしては止め、止めてはまた筆を動かす。最初ヨロズハ達には何を描いているのかわからなかったが、ぼやけた輪郭からだんだんと王宮が滲み出てきた時には感嘆の息を漏らした。


「オウドの絵は出会った時から好きだったが、最近もっと好きだな。私には絵のことはわからないが」


 ヨロズハはアイイロにポツリと呟くように伝える。アイイロの答えはヨロズハにとって意外なものだった。


「そんなこと言ったら、私はヨロズハの歌の凄さは完全にはわからないわ。好きだけど」


「私だってアイイロの踊りが好きだ。技術はテンでわからないがな」


 ヨロズハがイタズラっぽくニヤリと笑うと、その無邪気な顔を見てアイイロは彼女の頬をこづいた。


 オウドがしばらく経って絵を完成させると、ドタバタと紙を持って駆け寄ってきた。二人に胸を張って絵を見せるオウド。彼女の王宮の絵は本物と見間違うほどだった。


「オウドはすごいな。この王宮で本当に政治ができそうだ」


「だろ?おっし、ヨロズハんちに行こうぜ」


「私の家ではない」


 三人はガヤガヤと騒ぎながら王宮に向かった。ナルの都の真ん中をぶち抜く大通りは賑やかだ。肉串を焼いては何かと交換している屋台から香ばしい匂いが漂ってくる。オウドがすぐに反応したが、アイイロは彼女の裾を引っ張って飛びつくのを阻止した。


 腰や耳につける装飾品が前に並べられた建物が見えると、今度はアイイロが磁石に引き寄せられるようにそちらへフラフラと歩いていきそうになる。オウドがお返しとばかりに彼女を阻止した。


「帰りだ。帰りに寄ろう」


 そんなことを言うヨロズハにアイイロとオウドは互いに顔を見合わせ、すぐに頷いた。


 堅牢という言葉が形になったかのような石垣と鉄と気が組み合わさった大きな門の前に立つと、ヨロズハは息を吸った。そして深く、長く吐いた。


 彼女の袍がモゾモゾと動き、ゴシチとシチゴが飛び出してくる。二体は懐かしい建物に目を輝かせ、甲高い声で鳴いて三人の周りを飛び回った。


「これ、勝手に開けちゃまずいわよね?どうやって入るのよ」


「すぐにアマスベクがくる」


 ヨロズハの胸と門の中心を結んだあたりに白い渦巻きが現れる。最初は小石ほどの大きさだったが、だんだんと畳ほどの大きさにまで膨張した。ひび割れたかのようにその渦巻きの真ん中に口が現れる。王の使い妖であるアマスベクだ。


「ヨロズハぁー、ゴシチぃー、シチゴぉー。久しぶりぃー」


 アマスベクは円形の体をうようよと動かしながら、凶悪な牙を見せる。自然界ならば喰われかねないこの状況にもヨロズハは慣れっこだった。というよりも懐かしさを感じた。


「アマスベク。今戻った。後ろの二人は友達だ」


「ヨロズハにぃ?友達……こりゃあ一年先まで雪だね。マンヨウを呼んでくるねぇ……」


 アマスベクは愉快そうに笑うと、口をアーンと開けた。そこに嬉しそうに飛び込んでいくのはゴシチとシチゴだ。二体はアマスベクの口の中に入ると、下の上でぴょこぴょこ飛び跳ねたのちに、舌を布団のようにして眠り始めた。


 アマスベクは首のない体で満足そうに頷くと、煙のように消えた。


 ヨロズハの胸は高鳴っていた。しかし鼓動が早くなるのはマンヨウ王に会える嬉しさだけではない。伝えるべきことをちゃんと伝えられるか、そんな心配があった。


 門の格子の向こうには王宮の建物がある。そこの大きな扉が仰々しく開くのが見えた。


 巌のような体躯を持つ武官と立っているのが不思議なほど老いた部下を連れ立ち、マンヨウ王が敷居を跨いだ。門へと一歩一歩近づいてくる。


 不思議なほどにヨロズハの耳は敏感になっており、王の一歩一歩、砂を散らす音までよく聞こえてくる。彼女は王が門の五、六歩手前まで来ると跪いた。アイイロもそれに続く。オウドは二人を見てオドオドしながらそれを真似る。


 武官の男が錠に鍵を刺し、回した後にゴツゴツした腕で門の取っ手を掴んだ。彼がいきんで引っ張ると、巨大な岩を引きずるかのような音を立てて門が開いた。


 マンヨウ王とヨロズハの視線がカチあった。ヨロズハはまっすぐとその眼でマンヨウ王の姿を見据え、乾いた口を開く。


「朱の髪一族がヨロズハ。ただいま戻りました!」


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