第28話 空を伝う温もり
キウの村は都から数ヶ月歩かねば辿りつかない地にある。一年の半分は雪が降っており、その半分は吹雪く。そんな村にヨロズハ達は足を踏み入れた。
白い息を吐いたあと、外套をキツく体に巻き付けるようにしたヨロズハは憂鬱だった。それこそ横で目を輝かせるオウドとは真反対だ。
「おい、ヨロズハ、アイイロ!いいこと思いついたんだ!雪を丸めてぶつけ合って遊ぼうぜ」
「一人でやってなさい、オウド」
アイイロがため息をつくとヨロズハを一瞥した。ヨロズハの唇は青くなっている。ヨロズハの衣服の中にはゴシチとシチゴが入っているが、この二体に温もりはない。
「なんでお前らは平気なんだ」
「鍛えてるからよ。オウドは知らないわ」
丸一日雪に足跡を刻み続けてきた三人の眼前にはキウの村を囲む柵がある。この柵を見るまでに三人は何回も道端でパフォーマンスを重ね、その度に食料をもらって食い繋いでいた。オウドに関しては寒冷地の景色を初めて見たが、もうすでに雪を見なくても雪を描けるようになっている。
先に歩くオウドとアイイロの背中を見て、ヨロズハは外套から少し顔を出して大きな声で言った。
「なぁ、二人とも」
「何よ」
「私はキウの村で歌を集め終えたら……一旦王宮に戻る」
吹雪の中、その声はアイイロのみに聞こえていた。アイイロは少し眉を顰めたが、すぐに元の冷静さを取り戻す。
「そう……」
キウの村の門番は屈強な男女だった。ヨロズハの感想として寒冷地に行くにつれて体格の大きい人間が増えているような気がしている。三人は門番にボディチェックをされてから村へと入った。
一番大きい通りは除雪されており、道の端に雪の山が作られていた。道の両側に林立する建物の屋根は雪を滑り落とすために急な角度になっている。
「宿を探そう」
ヨロズハの言葉に二人は文句はなかった。このままでは凍えてしまうのはよくわかっていた。ヨロズハは最低限の角度で首を回してあたりを見る。少しガタのきている、赤い暖簾のついた建物が目に入った。入り口は開放されている。三人は目配せをし、そこに一時避難を兼ねて宿の場所を聞きに入った。
「ごめんください」
香ばしい匂いが三人の鼻をついた。アイイロが無造作に手を伸ばし、匂いの発生元を特定した。かごいっぱいのほむら石だ。適切な呪力をこめると、あたりが寒くなればなるほど暖かくなる石である。
「ほむら石を保管しておく建物か」
「そうよ。お嬢さん方」
建物の一段高くなっている畳の部屋から白髪を団子にまとめた老婆が現れた。老婆は三人をぐるりと見渡し、手招きをした。
「入り口付近は寒いわよ。何か用があるんでしょう?お入り」
「い、いや私たちは宿の場所を聞きたいだけで……」
「この村に宿なんてありませんよ。客人なんて滅多に来ないもの」
急かされるように三人は中へ通された。老婆は歳を感じさせぬテキパキとした動きで湯を沸かし、湯呑みに茶を入れて三人に差し出した。アイイロは少し首を傾けてたずねる。
「あ、ありがとうございます。でもこの村では茶葉なんて貴重なんじゃ……」
「いいのよ。客人が滅多に来ないから逆に余るのよ」
そう言っている合間に皿に山盛りに乗った砂糖菓子がヨロズハ達の前に差し出された。オウドはすでに茶を飲み干しており、すぐさま砂糖菓子に手を伸ばした。
一方でヨロズハはまだ体の冷えが取れておらず、震えていた。そんな様子を見かねた老婆はにっこりと笑って言った。
「最近ほむら石がよく採れてね。村中に配っても余るのよ。お風呂なんか入り放題ね。せっかくだから入りなさい」
ヨロズハは目を丸くする。目の前の老婆が親切すぎる気がした。ここまでたくさんの村を回ったが、人はいいところも悪いところもあるということかヨロズハには分かっていた。だからこそ彼女は目の前の老婆の桁違いの親切を不審に思う。
「おばあさん。なぜそんなに優しくしてくれるんだ」
おばあさんは一瞬キョトンとした後、目を細めて吹雪く外を見つめた。
「私はねぇ……こんな村でも人だけはあったかくあるべきだと思うのよ」
ヨロズハは頬を赤らめた。それは老婆の暖かさに触れたのと同時に自分を恥じたからだ。目の前の老婆は嘘をついていない。それがわかったのだ。証拠にゴシチもシチゴも騒いでおらず、ヨロズハの懐で眠っている。
「じゃあ……お言葉に甘える……」
ヨロズハは石畳の脱衣所に通された。あとの二人は茶を飲み、砂糖菓子を貪っている。彼女は袍に手をかける。衣服が動いたことでゴシチとシチゴが起きてモゾモゾと動き出す。
二体は関節のない体を伸び縮みさせてふよふよとあたりを飛び回る。ヨロズハの衣服が全てパサリとカゴに入れられる音を聞いてヨロズハのうなじあたりを飛び始める。ヨロズハは竹製の簡素な戸をあける。白いうねりが彼女の目を曇らせた。手で空をかいて湯煙をかき消すと、ヨロズハは桶を手に取った。
裸の肩に雪のかけらが落ちる。震えるほどに冷たいが、胸の内は少しポカポカしていた。
体を洗って湯に浸かっていると段々と雪が止んできた。気温は相変わらず低い。骨まで凍りそうなほどだった。
湯を絡ませた手のひらで髪をかき揚げ、白い空を見上げた。上空に柱のように伸びていく湯煙に目を細める。
「うねる熱 空を伝い進む 僅かに濡らすは かの瞳……」
ヨロズハがポツリと呟いた歌に反応したのはいつのまにか自らも体を洗っていたアイイロだった。
「いい歌ね。カズハに?」
「……みんなにだ。暖かさは伝播してるって……旅の中で思い知った。私の今感じてる温もりも、みんなに伝わればいいな……と。ん?お前だけか?オウドは」
「オウドなら砂糖菓子を食い尽くして眠りこけてるわよ。もちろん砂糖菓子の絵も描いてたわよ」
「そうか……なぁアイイロ」
「なに?」
「私が王宮に戻るって言ったの……どう思う?」
アイイロは体を洗い終えて長い足を湯に入れながらなんとも形容できない声を漏らした。
「何とも。別に王が恋しいってわけじゃないんでしょ」
「あぁ……私は……王宮を出たい。そのために王に話す」
ヨロズハは白い煙の向こうにいるアイイロに力強く言った。アイイロは静かに頷いた。
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