第26話 あるいは邪道
イツの村は森を内包している。ヨロズハは乾燥地帯でも生き生きと育つ新緑を掻き分ける。彼女がイツの村を宿の屋根から眺め回してみたところ、ツノの一族はこの森付近で生活しているとわかったのだ。
「オウド!オウドはいるか!」
木々の林立する間隔がだんだんと広くなってきた。落ち葉を踏むザクザクとした音も減ってくる。土の匂いに混じって肉の焼ける匂いがしてくる。ヨロズハが枝を二、三本折ってみると視界が開けた。
ヨロズハの眼前には森の切り開かれた小さな集落があった。円錐状に藁を並べた建物が散りばめたように点々としている。その建物に出入りする者の額には皆ツノがあった。まごうことなきツノの一族の集落であった。
彼らの一部は焚き火を囲い、串に刺した肉を焼いていた。その中にヨロズハの見知った顔がある。歯に挟まった肉を竹ようじでほじくり出しているオウドにヨロズハは近づく。
周囲のツノの一族は不思議そうな顔や怪訝な表情を浮かべる。一方のオウドはヨロズハに気がつくと、竹ようじを持った手を振った。
「ヨロズハじゃねぇか。どうしたんだよ。お前も肉食いたいのか?」
ヨロズハは少し言葉を詰まらせた。肉を差し出す彼女にかける言葉がなかなか見つからなかった。なぜあなたたちは差別的な扱いをされているのか、などど言い出すことはできなかった。そんな中ヨロズハは精一杯の返答をする。
「い、いただく」
オウドの手から肉串をとる。ずしりと思いの外重力を感じた。ヨロズハの腹が鳴った。ヨロズハは難しい話をする前に肉にかぶりつく。肉の繊維を引きちぎるようにすると、オウドが茶化した。
「良い食いっぷり!」
頬をリスのように膨らませて咀嚼をしていると、口の横から肉汁が垂れた。ヨロズハは袖で拭おうとすると、オウドが変わったことを言い出した。
「肉って虹みてぇだよな」
「……ん?」
「焼く前は赤くてさ、焼くと茶色くてさ、汁は透明なんだぜ?玉虫色だ」
肉塊を咀嚼して飲み込んだヨロズハはしばらく黙り込んだ。少しして油っぽい口元をひらく。
「オウドみたいな感性の持ち主が悪い奴には思えない」
「んだぁ?急に」
「お、おかしいと思うんだ!石でオウドたちが入れない線を引くなんて!」
ヨロズハは震える口でそう言った。拳を割れんばかりに握りしめて肩を震わせる。一方でそんな様子をみてオウドは肉を葉っぱの皿に置いて、オウドは長く息を吐いた。
「むかーしの話だろうな。ツノの一族とイツの村がどっかですれ違ったか、ぶつかったか。遺恨ってやつ?」
「お、オウドはそれで良いのか?」
「ん?まぁ……しゃあねぇよ」
ヨロズハは見逃さず、聞き逃さなかった。オウドの声色に滲む一縷の憂い。オウドの目線が腰につけた絵筆に一瞬向いたこと。
「……オウドは水の色が気になると言ってたな。今度は肉の色にまで目を向ける。絵がほんとに好きなんだな」
「ん?まぁな」
「明日は何を描くんだ?」
「んー、明日は明日の雲を描くよ」
「明後日は?」
「お前変な奴だなぁ。明後日は詩人が外から来る日だ。歌ってる人でも描くかぁ」
「じゃあ十年後は何を描いていたい?」
「そらイツの村の真ん中にあるって言われる古代戦士の像だな!やっぱり描きてぇ!」
オウドは破顔の笑みを浮かべた。夢を描く子供のような彼女の顔を見てヨロズハは立ち上がった。肉のなくなった串をくわえ、オウドに手を差し伸ばす。
「行きたいんじゃないか。イツの村の中」
オウドは一瞬声を詰まらせ、呆れたように笑った。
「嵌めやがって」
「朱の髪一族の思考法を舐めるなよ。十年後の自分にはやりたいこと、理想が滲むんだ」
オウドはカラカラと笑ってヨロズハの手をむんずと掴んだ。その勢いでヨロズハは前につんのめった。その体をオウドは姫を扱うかのように軽く持ち上げ、支えた。
「はは、ツノの一族も舐めんなよ。力は強えし、やりテェことに一直線だぜ?」
二人はいたずらっぽい顔を互いに見せ合うと、焚き火のそばから駆け出した。因習を破るだとかそんな大層なことを二人は考えていなかった。ヨロズハはオウドのため、オウドはただ夢のために動いた。
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