第25話 どうにもならないもの
イツの村に入ると、ヨロズハは危機を察知した。すぐさま袋から水筒を取り出し、水を口に含んだ。
「思ったより乾燥してるな……朱の髪一族にとっては乾燥は天敵だぞ」
ヨロズハの鋭敏な感覚にアイイロは目を丸くする。そして自身も手を広げて空をかいてみる。
「ほんとね。ヨンの村からそこまで離れていないのに……なんでこんなに乾燥してるのかしら」
それを聞いたオウドは空気など関係ないと言うように豪快に笑う。
「アマスベクっていう妖獣が十年と少し前にここでマンヨウ王と戦ったらしい。あたしゃ覚えてねぇけど。そんときアマスベクが息切れして空気を吸い込みまくってからココは乾燥するようになったんだ」
アイイロが感心するようにあたりを見渡した後、ヨロズハの方へと目をやった。ヨロズハがこのことを知らないわけがないのだ。王を敬愛する彼女がそれほど大きな戦いを知らないわけがない。
しかしヨロズハは語らないことを選んだ。だからアイイロも黙る。
「アイイロ、宿を探そう。乾燥に関しては何か対策を考える。オウド、どこか宿はあるか?」
「宿?知らん」
オウドはあっけらかんと答えた。ポリポリとツノをかきながら彼女はもう片方の手を村の家々の方に向けた。
「あたしゃツノの一族だからな。なんも教えてもらえねぇ。まぁいいけどな、ははは!」
ヨロズハはチラリとオウドの額に伸びるツノに目をやった。ツノの一族は妖獣と体質が似ているところがある。並外れた腕力と体力を持っていたりすることがその一例だ。その特性から忌まれることもある。
ヨロズハはそんな背景を知っていたので触れないようにしていた。しかしオウドはそんなヨロズハの配慮を気にせず笑う。
「……答えたくないなら答えなくていい。マンヨウ王の治世ではそう言った差別は禁止されているのだが」
「らしいなぁ?でも毒のあるドクドクギョを食べるのを禁じられてるのに珍味として好む奴らがいるくらいだしなぁ……制度じゃどうにもなんねぇとこはあるよな」
ヨロズハとアイイロは少し黙り込んだ。胸のうちが煙たかった。何か晴れないものを感じる。対照的にオウドは明るくからからと笑顔だ。
「あたしゃ宿の場所を知らねぇけど、お前らなら村の奴らに聞いたら教えてくれると思うぜ。あたし達はこの線超えたらシバかれるからついていけねえけど、楽しんでけよ。イツの村はいいとこだぜ!」
ヨロズハ達はハッとした。オウドの足元には小石が一列に埋め込まれ線が形成されていた。ヨロズハ達はそれを容易に超えられるが、オウドはそれができない。制度じゃどうにもならないものに阻まれている。
「ウジウジ気にすんな!村の奴らによろしくな」
オウドはツノをポリポリと書いて背中を見せた。手をひらひらと振り、彼女の背中は離れていく。
宿は簡単に見つかった。ヨロズハたちが村人に聞き、指輪と三日分の米を引き換えにすると四日間の宿を借りることができた。
壁は泥で固められた簡素なものだが、欠けが一つもない。木で張られた床は漆が塗られているようにピカピカだ。だが二人はあまり素直に喜べない。ヨロズハとアイイロが担いでいた荷物を下ろすと、座り込んでしばらく黙った。沈黙を破ったのはヨロズハだ。
「気のいいやつだな。あいつ」
「そうね。さっぱりした子ね」
ヨロズハはグッと拳をにぎり、唇を噛み締めた。
「明日また、オウドに会おう。私はあいつが無理をしているとは思えないけど……なぜかまた会いたいんだ」
アイイロは頬杖をついてヨロズハの話を聞いていた。そして少し頬を緩める。
「いいわよ。のった」
二人の合意形成の直後、襖の向こうから床の軋む音が聞こえた。襖が開かれ、そこには簡素な着物をいた老婆が正座していた。
「お客様方、お食事をお持ちいたしました」
老婆はお盆を二つ持っていた。山盛りの米に味噌汁、おひたしの皿がそこには乗っている。しかしそんなご馳走に目もくれず、お盆の端にある楕円形の紫色の葉っぱに目をやる。
「……この葉っぱは?」
「魔除けの葉っぱでございます。よろしくない者……ツノの一族と交流なさっているのをみたものがおりますゆえ」
ヨロズハは言葉を失った。ツノの一族がここまで露骨に差別的な扱いを受けているとは思わなかったのだ。だが現にオウドが言ったように村には入ってはいけないラインまで引かれ、魔除けの対象にされている。
「……お気遣い感謝する。でもこの葉っぱは遠慮しておく」
「そうですか。では……」
老婆は葉っぱを取り除くと、盆を二つ置いて、お辞儀をして襖を閉めた。襖が閉じるや否やヨロズハは食事には目もくれずに立ち上がる。
「オウドに会いにいく」
「え、今から?ご飯どうするのよ」
「後で食べる。それかお前が食え」
ヨロズハは襖を開け放ち、荷物ももたずに宿を出た。日中、それも乾燥しているイツの村。喉のダメージも気にせずヨロズハは走り、オウドを探す。
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