第24話 水の色

 ヨロズハたちがヨンの村を出る頃には、彼女らの信者ができるそうなほどだった。それほどまでに二人は皆を歌と踊りで楽しませたのである。ある老人はアイイロの踊りを真似ようとして腰を痛めた。


 ヨロズハとアイイロが荷物をまとめ、ヨンの村の出口に向かう。歩いている最中ヨロズハは少し振り返って呟いた。


「呆気なかった」


「そうね」


「でも……大切なものを学んだ気がする」


 ヨンの村の西にある門は物見櫓が併設されており、そこにいる兵士らしき人物がヨロズハたちに上から声をかけた。


「お嬢ちゃんたち、もう行っちまうのかい。またこの村に寄ってくれよな」


 二人は彼に返事を返すと、ヨンの村の門を潜った。途端に汗をかきそうなほどジメっとしたぬるい空気に覆われた。バイカイコのための冷たい空間は終わりだ。ヨンの村の外はすっかり夏に入っていた。


 ヨロズハは村で手に入れた地図を広げた。自分のいる方向を太陽の位置で確認し、地図と睨めっこをする。


「イツの村が近いな。そこでも王の素晴らしさを歌い、人々の歌を集めよう」


「そういえばヨンの村では歌集めたの?」


 ヨロズハはニヤリと笑うと、麻袋をゴソゴソと漁り始めた。そこには四本の木簡があった。ヨロズハが村長の女、大工、バイカイコの育て手、老人に歌を作ってもらったのだ。


「これで村の暮らしもわかる。王もお喜びになるだろう」


「へぇ、どんなの?」


 ヨロズハは一番お気に入りの歌を目の前に掲げて読み始めた。大工に読ませた歌である。


「かじかむ手 されども止まらず 釘打ち木を切る ぬくい団欒作るため」


 アイイロが口笛を吹いて称賛した。歌に造詣の深くない彼女でもわかるほどに見事な歌に思えた。


「ヨンの村は寒い。だから大工は温かい家を作るためにはかじかみながら釘を打つんだな。職人の矜持や困り事が見事に表現されてる。王もヨンの村の大工の実情を知れるだろう」


「転職した方がいいんじゃないかしら、その人」


「大工だからこそ読めたんだろ」


 そんな会話をしながら二人はイツの村へと向かう。ヨンの村とイツの村はかなり交流がある。そのため比較的じゃり道が整備されていた。雑草もそれほどなく、程よく手入れされている。


 二人が砂利を鳴らしながら歩いていると、ふと耳に水音が聞こえてくる。当たり前心なしが涼しくなってきた。滝が近いのだ。


 水浴びでもしていこう。そうアイイロがヨロズハに提案したので二人は水の音の方へと歩いていく。


 数十秒歩くと、泡立つ滝壺、苔の匂い、そして轟音に出会う。二人は息を呑んだ。


「壮観だな。大砲のような音だが、周りの木々は生き生きとしてる。水の透明度と当たりの新緑のコントラストが綺麗だ」


「そうね。ただ水浴びには勢いが強すぎ……誰かいるわね」


 ヨロズハが目を凝らすと、滝の水の流れの一部が不自然に割れていることに気がついた。サラシ姿の女だった。黄色い髪をベッタリと張り付かせながら滝に打たれていた。


「助けるべきか?それとも修行?」


 答えはすぐに出た。その女は滝の勢いをものともせず、伸びをした後浜の方へと歩いてきた。そこに置いてあった手拭いを手にとると、ゴシゴシと頭を拭き始めた。


 ヨロズハは彼女の頭に突起があることに気がついた。それは紛うことなきツノだ。二本のツノが彼女の額に生えていた。


「ツノ一族の方。なんで滝に打たれていたんだ?」


 ヨロズハが話しかけると、その女は手拭いから顔を離して、ひまわりのような顔で笑った。


「あたしゃ水の色が見たかったんだ!でも透明だからさっぱりわかんねぇ!がはは!」


 水は透明だ。その至極当然のことに気が付かなかったのか、と突っ込みたくなる二人だが飲み込んだ。


 ツノ族の女は黄色い髪を風に当てて乾かしながら、胸元から一本の筆を取り出した。


 その筆先を水面につけて、引き上げる。そんな行動をしながら彼女は首を傾げた。


「あたしゃオウドってんだ。あんたらは?」


「私はヨロズハ。こっちの青いのはアイイロ」


 オウドは手短によろしく、と言うと再び筆先を見つめた。そして視線を今度はヨロズハとアイイロに向け、ツカツカと近づいていた。


「ヨロズハは……歌を歌うんだな?アイイロは……踊りか?」


 二人は目を見開き、ポカンとした。確かに朱の髪一族と藍髪の一族はそれぞれ特技があるが、初見で見破られるのは珍しい。


「あたしゃ絵を描いてんだ。でもよぉ、水の色がよくわかんねぇ」


「水の色は青ではないのか?」


 ヨロズハが首を傾げた。オウドは待ってましたと言わんばかりに滝の方を指差す。


「滝壺は泡立って白いだろ?でもここをみてくれ。滝から離れた水」


 ヨロズハが水面を覗き込む。そこでハッとする。


「確かに……」


「な?青じゃねぇ。地面の色が透けてるんだ。んで、滝壺は白い。あたしゃ水の色がわかんねぇ!」


 オウドの言葉にヨロズハは顎に手を当てて考え込んだ。水の色は青だと言う固定観念を覆された気がした。一方アイイロは特段気にしていない。


「私は……水を歌う時疑問を持たずにと言っていた。でもオウドの指摘は鋭い」


 アイイロは少し体を揺らし、手足を滑らかに動かす。


「うーん……私はこんなふうに踊りで水を表現する時はに着目するから……オウドの悩みはわからないわ」


 三人はその場で考え込んだ。水のようにつかみどころのない。疑問だった。しばらくの沈黙の後、オウドが顔を上げた。


「ワカンねぇもんはワカンねぇ。とりあえず帰ろう。あたしゃイツの村に住んでんだ。この先だ。ヨロズハとアイイロもイツに行くんだろ?一緒にいこう」

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