第21話 喉の見せ所

 アイイロがヨロズハに尋ねたのは三回目だ。だからこそヨロズハもやれやれと首を振って、ようやく答えた。


「本当だ。私は整理がついた。カズハとも向き合えた。カズハは好きだ」


「じゃあ何故村を出たの?」


「私にはまだやることがある。カズハが好きだし、もっと一緒にいたい。でも王との約束も守らねばならない」


「では王との約束を守れたら……サンの村に戻ってカズハの嫁にでもなるつもり?」


「さぁな。確実に言えるのは……五年後には私はもっといい女になってる」


 ヨロズハはアイイロに向かってはにかんだ。その顔にアイイロは違和を感じた。特段悪い違和感ではなかった。一つ上の姉を相手にしているような気分になった。


 アイイロはそれ以上追求しない。彼女のヨロズハ評はである。柔軟性を持ち合わせていないわけではない。ただ意思と気が強いのだ。それがわかっているからアイイロは次の話題に切り替える。


「次はヨンの村ね」


「そそそ、そ、そ……そうだな」


「いい女はどこいったのよ」


 ヨロズハが動揺するのも当然の話だった。ヨンの村は謀反を一度企てた者達の暮らしている場所。人々の生活や人生に触れた彼女とて心穏やかでいられる自信がなかった。


「ヨンの村にトラウマでもあるの?」


「ないとは言えない。謀反を企てた者どもの村だからな。王が税を調整したとは言え……」


 ヨロズハは自分が嫌になる。一人二人が悪いからと言って全体が悪いというような考えになってしまう。それに王がかの村を許しているのだから自分がどうこう言える話ではない。ヨロズハは自分の器量の小ささに恐れを抱く。



「まぁ、マシになってるかもしれないじゃない?ヨロズハがマシになったみたいに」


 ヨロズハの眉が吊り上がった。失礼なことを言われているのは分かるが、アイイロの真意が読めなかった。


「どういうことだ?」


「自分を好いてる男の前で別の男の話を恍惚とする女だったのよ、あなた。今ではずいぶんマシに見えるけど?」


「……それとヨンの村も同じかもしれないと?」


「何がきっかけで何が変わるかなんて分からないじゃない。行ってみてのお楽しみよ。ヨロズハにとって好ましい方になってることを願ってあげるわ」


 ヨロズハは少し気の抜けたように笑った。ヨロズハの勝手に開催した対決は負けたように思えた。アイイロはあっけらかんとして歩を進めている。


 ヨロズハはアイイロの言葉に完全に同意することにした。何がどう変わっているかなんて分からない。天国も地獄もあり得る。


 ヨンの村は養蚕業の村だ。バイカイコという蚕のような妖獣と共に暮らす。バイカイコは普通の蚕の二、三倍の絹を生産する上に長生きだ。


 彼らと共に暮らすヨンの村人には美肌が多い。上質な布で肌を拭けるのだから当然である。


 歩くヨロズハとアイイロは二つの夜を越した。小さな山を踏み越え、生い茂る新緑をかき分けて進んだ。ヨンの村までもう一息というところで、ヨロズハは立ち止まる。


「どうしたのよ。この道を進めばヨンの村よ」


 ヨロズハはごくりと唾を飲み、顎を突き出して空を仰ぐ。そして弾かれるように走り出すと、近くの川まで行って顔を水に浸けた。


 ぶくぶくぶく、と泡を何十も生み出すと彼女は顔を上げた。のようだった。顔を袖で乱雑に拭うと、アイイロに吠えた。


「よし!行くぞアイイロ!」


 アイイロは一瞬呆然とした。気付のやり方とテンションと高低差が突拍子もない。しかし彼女はヨロズハが少し遠いところで大きく手招きをしているのを見て、それにため息混じりに続いた。


 二人が数分走るころには額から汗が流れ出ていた。走っていることもあるが、気温が異様に高い気がした。ヨロズハが襟首をぱたぱたと仰ぐようにする。アイイロは手拭いで汗を拭きながらつぶやいた。


「木の柵で覆われてるのね。ヨンの村」


「バイカイコは風に弱いらしいからな」


 二人の前には家ほどの高さの柵が聳え立つ。二人の顔に影を落とすその柵の先端は外敵を寄せ付けぬ鋭利なものだった。


 流石に二人は柵を乗り越えるわけにもいかず、少し歩いて柵のないところまでやってくる。門番があくびをしていた。


 門番の男は木の槍を持っていたが、二人を前にしてもそれを構えることはない。彼女達を見るなりニコリと笑った。彼の蓄えたヒゲがもそりと動く。


「いらっしゃい。お嬢ちゃん方。見たところ武器は持ってなさそうだな。自慢のヨンの村、楽しんでけよな」


 定形文のような言葉とは裏腹に彼の笑顔は明るく、我が子を見るような眼差しだ。ヨロズハとアイイロは彼に礼を言って門をくぐった。


 途端に二人はブルリと震える。バイカイコは暑さに弱いので、呪術で村の気温を下げているのだ。無論気温を操作するとなると生半可な呪術の使い手では務まらない。その役目を担うものは物持ちとなる。


 寒さに少し慣れた頃、二人は大通りに陣取った。食料がなければ貰えばいい。その考えでパフォーマンスを始めるつもりだ。


 アイイロはヨロズハの横顔を見る。笑顔だった。しかしそこにわずかな心配という感情も見てとる。その証拠にこの寒さの中でヨロズハの頬には汗が流れてきた。


「ビビってるの?」


「まぁな。謀反を起こした村で王の賛美を歌う……の見せ所だ」

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