第22話 ありがと
ヨロズハの袍がモゾモゾと波打つように動き、中からゴシチとシチゴが飛び出してきた。二体はキーキーとやかましく鳴きながらヨロズハとアイイロの周囲を飛び回る。
往来の人々は物珍しい妖獣の姿に目を惹かれ、足を止めた。そしてその妖獣の側には赤と青の髪色の少女二人。何かが始まるのは容易に想像できた。観衆は好奇の目線を二人に浴びせた。
ヨロズハはそんな目線が最初はこそばゆかった。王宮で歌うならば浴びせられるのは期待の視線だからだ。しかし今はもう好奇にも慣れた。
だからこそ歌える。胸に手を当て、もう片方の手は扇を仰ぐように振る。
「王宣う 手を伸ばせども 届きはせず 月の影
月光と その御心は 貴きものなり」
マンヨウ王は絶対的な権力者であるが、思い通りにならないこともあると知っている。それこそがかの王の謙虚さであり、美徳なのである。そういう歌をヨロズハは歌った。
彼女の声色、声の速度、音程に合わせてアイイロは舞った。月の丸さを意識させるような円形の手の軌道。手を合わせて、艶やかなポーズを決め、王の賛美を体で語る。
群衆はポカンと最初はしていた。しかしヨロズハ達の言葉と舞踊が進むにつれて、顔が朗らかになっていた。頬の緊張が明らかに取れてきていた。
ある母親は赤子を抱いて体を揺らして聞き入っていた。ある老人はついていた杖で無意識にリズムをとっている。
二人のパフォーマンスが終わる。しばらくヨロズハは目を瞑っていた。目を開けるのが怖い。
覚悟はした。しかしどうしても心のどこかでヨンの村で歌うことを怖がっていたのだ。しかし彼女が目を開ける前に、弾けるような拍手が聞こえてきた。
空気が泡立つようなその音にヨロズハは目を開き、アイイロの方へ向き直った。アイイロはどこか自慢げに笑って見せた。そしてヨロズハに耳打ちをした。
「あなたにとっていい方に転んだようね?」
拍手が止む中、杖をついた老人が群衆の中から二人に歩み寄ってきた。老人は杖がなければ歩けないほど足腰が弱っており、震えていた。
二人が手を貸そうとすると、老人が手を上げて制止した。彼は白い髭を動かしてしゃべり、涙ぐむ。
「王の心の深さ……!それを見事に表現するお二人に脱帽じゃ。実はワシらは王に無礼を働いた村なのじゃ……それがどうにも……」
老人を中心に群衆にしんみりとした空気が広がった。彼らは悔いていたのだ。税の米が多いからといって、すぐに暴力行為に出ようとしたことを。
ヨロズハはほぼ無意識に老人の手をとった。骨と皮ばかりの手だ。彼女はその手に自分の額を当てて、感じいるように目を瞑る。
「王はあなた方を許していた。朱の髪一族の私がそれを直接見聞きしてる」
ヨロズハの口から勝手に言葉が出てきた。その言葉に老人は目を見開いた。
「な、なんと……書面ではお許しを得ていたが……まさか本当に許していただけていたとは……!」
老人をはじめ、群衆の中には涙ぐむものもいた。数が月前のヨンの村では半王権の動きが活発だった。熱に浮かされていた。それを彼らは今悔いた。
群衆は二人にパフォーマンスの見返りとして渡す食べ物や装飾品を心なしか多めに渡した。
ヨロズハは少しの後ろめたさを感じながら、それらを受け取った。途中でアイイロが儲けだとかなんだとかを口走ったので、蹴りを入れた以外は順調に受け取りが進んだ。
群衆が解けるように解散して、消えた。先ほどまでの空間が嘘のようだった。たんまりと入った袋を持って、二人はヨンの村を歩く。
アイイロが食べ物の数を数え終わる。そして口笛を吹いた。
「一週間はもつわよ」
「普通女子二人なら二、三週間もつ。お前が食べすぎなんだ」
ヨロズハがそう突っ込むと、アイイロはイタズラっぽくはにかんだ。そんな表情のアイイロにヨロズハは少し戸惑って頬を膨らませた。
「なんだ」
「なんかスッキリしたじゃない?ヨロズハ」
ヨロズハは図星をつかれていた。彼女の胸の支えは確実に取れていた。少し認めたくない気がしたので黙っていたが、しばらくしてヨロズハは口を開く。
「王はヨンの村を許してた。ことは終わってた。私の気にしすぎだった。なんと言うか……」
「ん?」
「小難しく考えすぎてた。この旅で人のいいところに触れてきたのに……無闇にヨンの村を警戒して……無意味にこんがらがってた」
ヨロズハは泳いだ後のように疲れ切った顔をしていた。アイイロは袋の中を漁りながらぶっきらぼうに言う。
「難しそうに見えても本質はきっと単純よ。甲冑着たモヤシみたいなもんだわ。踊りでよく言われるわ。ゴテゴテ装飾付けすぎても、派手に振り付けすぎても響かない時は響かないわ」
「アイイロ」
「なに?」
「偉そうに」
「はぁー?」
アイイロは憤慨した。いいことを言ったつもりになっていた。彼女はプンプンしてヨロズハの頭や胸をこづきまくる。
そんなアイイロ一人の喧騒に紛れてヨロズハは呟いた。
「ありがと」
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