第20話 視点変更 木簡に書かれない出来事
ナルの都の中央に位置する王宮の執務室で伸びをするのはマンヨウ王だ。一晩中書き物をしてきたので体がバキバキだった。長く息を吐くと、椅子から立ち上がった。
「ねぇねぇ、マンヨウー」
「どうしたのだ。アマスベク」
アマスベクと呼ばれた妖獣は空間に湧いて出ててきた白い円形の渦巻きのような形をしている。目や鼻はなく、裂けんばかりの大きな口から牙がギラリと覗く。
「あの子ねぇー。今はサンの村にいたよぉぉ」
アマスベクが喋ると大きな口から涎がベチャベチャと滴り落ちた。それを気にするマンヨウ王ではない。しかし話の内容が気になった。
「またお前はヨロズハたちの様子を見に行っていたのか」
「ゴシチとシチゴはー、アタシの弟子だからねぇー」
「で?ヨロズハたちがどうかしたのか」
「サンの領主と歩いてたんだよー、二人っきりっで。楽しそーに。マンヨウのお気に入りでしょ?あの娘。領主を消す?雷を四回ぐらいー、落としてくるけどぉ」
マンヨウは桶に組んだ水に手を浸す。書き物で汚れた手を洗うと、手拭いで水滴を几帳面なほどに丁寧に吹きあげた。
「ヨロズハとて年頃の娘。想い人ができてもおかしくなかろう。確かにワシはヨロズハの歌を気に入っておるが、あやつを縛る言い訳にしてはいかん」
「そういうものー?」
「当たり前だ。そもそもワシがヨロズハの旅を許した理由を忘れたか?」
「忘れたぁー。ヨロズハたちは好きだけどぉ、忘れたー」
マンヨウ王は数ヶ月ぶりに舌打ちをした。アマスベクという妖獣は達観を通り越して、興味がないモノにはとことんないのだ。十一年前に出会った時から変わらないアマスベクにはもうマンヨウ王は呆れている。
「ヨロズハはワシへの敬意が強すぎる。依存に近い。朱の髪一族を登用したのを感謝してくれるのはいいが、行き過ぎはいかん。子供は凝り固まる前にさまざまなモノや人に触れていけるのが強みなのだ。だから旅を許したのだ」
「子育てみたいー」
そういうと、アマスベクはバチっという音を立ててその場から消えた。静寂に包まれる執務室。マンヨウ王は髭を撫でて窓の外に視線を送る。
「部下や国民は皆家族だ。たまには的を射たことを言うではないか、アマスベク」
ドアがコンコンと鳴らされる。マンヨウ王は袍を直すと、入るように促した。ドアが開くとそこには白い眉毛と白髪の老人が立っていた。マンヨウ王の側近の一人だ。
「サンとヨンの村からの税が届きましたですじゃ。サンからは魚の干物や貝殻、真珠など、いつも通りなのですが……」
「どうした?」
「いつもこの時期に送ってくる月のような青白い耳飾りが税の荷物になかったのです」
「ほう。残念だ。だがアレは善意で送ってくれているモノだ。気にするな」
側近の老人は深々とお辞儀をした。そして少し苦々しげな顔をしながら懐から手紙を取り出した。マンヨウ王は側近のそんな顔に眉を吊り上げた。
「どうしたのだ」
「ヨンの村からの税に手紙がついてきたのです」
「ほう」
「税の調整を感謝する旨です……王にこんな気遣いをさせおって……」
マンヨウ王は側近から手紙を受け取ると、値踏みするように文字列に目を通した。そして口元を緩める。
「よいよい。謀反の首謀者は投獄したのだ。ワシは税を調整した。両方ケジメはつけた。それでしまいだ」
マンヨウ王はその手紙を折りたたみ、桐の棚に仕舞い込む。そしてふと思いついたように側近に声をかけた。
「む?都からサンの村に向かうと、その先はどこの村だ?」
「ちょうどヨンの村でございます。王よ」
「するとあやつは次にヨンの村に寄るわけか……さて。お前はどうするかな……ヨロズハ」
謀反を企てたヨンの村。そこに向かう王を心酔するヨロズハ。ヨンの村にいくことが彼女の人生にどう影響を与えるのか。はたまた何も起きないのか。マンヨウ王は心配した。
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