第3話 不器用な約束
バレンタインデーにチョコをもらえなかったら、憐れなおまえに、ホワイトデーには私が渡してやろう。
マシュマロ、クッキー、アメ、ドーナッツ、チョコ、マカロン、タルト。
好きなのを言え。
どれでも好きなだけ与えてやる。
何様なのか何様キャラなのか。
今まで挨拶しか交わしたことがない卓球部の先輩が腕を組んで、座って休憩を取る俺を見下ろしながら言ったのだが。
「まあ、別に欲しく。なかったわけでもないけど。どうしても欲しかったわけでもないし」
先輩は翌日のバレンタインデーに、部活には来なかった。
どうやら引っ越したらしい。
俺はと言えば、チョコは一個もらえた。
担任の先生からの義理チョコであり、クラス全員もらえた。
先輩は何がしたかったのだろうか。
バレンタインデーにそもそも引っ越す予定だったのか。
それとも急に決まったのか。
本当にホワイトデーに俺に渡すつもりだったのか。
後輩をからかいたくなっただけなのか。
「先生からの義理チョコでも、もらえたことにはなるよなー」
だから、先輩が引っ越そうが、引っ越さなかろうが、どっちにしろ、ホワイトデーにはもらえなかったわけで。
「まあ、別に欲しく。なかったわけでもないけど。どうしても欲しかったわけでもないし」
先生からもらったチロルチョコの包装紙を開いて食べた。
コーヒーヌガーだった。
「何だ?約束を忘れたのか?言っただろう。バレンタインデーにチョコをもらえなかったら、憐れなおまえにホワイトデーに好きな菓子をやると。ほれ。全種類用意したから、好きなのを選べ」
ホワイトデー当日の放課後。
部活をしに体育館に行くと、見慣れない制服を着た先輩が立っていた。
マシュマロ、クッキー、アメ、ドーナッツ、チョコ、マカロン、タルト。
個包装で全種類が詰め込まれたバスケットを持って。
「えーと、あの。俺、バレンタインデーに一個チョコもらったんで、先輩からもらえません」
「担任の先生からだろう?ノーカンだ。ほれ。選べ」
「えー、と。じゃあ」
どうしてそこまでしてお菓子をあげようとするのか。
気にはなったが、あえて追及はせずに、ドーナッツを一つ取った。
チョコがかかったチョコドーナッツだ。
「うむ。よし。では。また来年、おまえがバレンタインデーにチョコをもらえなかったら、ホワイトデーに私が菓子を与えてやるから、人生に悲観するなよ」
「いや。バレンタインデーにチョコをもらえなかったぐらいで「悲観していただろう、おまえ」「え?」
先輩はしたり顔で笑った。
「先輩として。可愛い後輩がやんごとなき目に遭うのは忍びないのでな。おまえが中学を卒業するまでは、な。与えてやるぞ」
「あーえっと。ありがとうございます?」
「うむ!」
とりあえず俺は礼を言った。
とりあえず。
「あの顔。本当に覚えていなさそうだったな。あれ。もしかして人違いか?」
後輩のぽかん顔を思い出しながら、先輩は首を傾げた。
卒業してから遊びに行った小学校の裏庭で、バレンタインデーにチョコがもらえなかったと大号泣していた小学生は、確かに。あの後輩のはずだが。
(………あの、情けない顔は確かに。うん。しっかし。すごい泣き顔だったよなー)
胸を鷲掴みにされるほどに。
二年経っても顔を覚えているほどに。
後輩として卓球部に入った彼にお菓子をあげたいと思うほどに。
この気持ちはきっと。
きっと、これは、同情、なの、だろう。
「来年はもらえるといいな」
ぽつり、呟いて、先輩は学校を後にしたのであった。
(2024.2.23)
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