第2話 硝子の世界
浮き球。
中が空洞になっている球状の漁具で、漁網を浮かせる目的や目印として、また、真珠の養殖でも用いられる。
昔は硝子製であったが、今はプラスチック製に変わっているらしい。
「昔の方がきれいだったのにねー」
「まあ、でも、頑丈さで言えば今のほうがいいけどね。昔のは少し力を入れると粉々に割れちゃうでしょ?」
凪いでいる海の中にて。
人魚である
「瑠衣が莫迦力なだけじゃん。私がどれだけ力入れたって、ヒビすら入らないし」
「葉がひ弱なだけよ」
「莫迦力」
「ひ弱」
「ばーか」
「ひーか」
睨む合うこと、一分。
同時に腹の音が鳴った葉と瑠衣は眉根を寄せると、一時停戦だと言い合い、砂地に置いていた浮き球をそれぞれ一個ずつ持って、ゆるやかに泳ぎ始めた。
「昔はさ。これが何百個もゆっくり落ちて来た時があってさ。海も凪いでいて。太陽の光をめいっぱい詰め込んだみたいに、めちゃくちゃ光ってて。めちゃくちゃきれいだったよね!あ!でも、大荒れの時に落ちて来た時もあったっけ。あれはあれではしゃぎまくって面白かったけど!」
「太陽に光をめいっぱい詰め込んだって言うのは、まあ、言い過ぎだけど。そうね。きれいだったわね。で。大荒れの時は、葉ははしゃいでいたけど、他の人魚は、躱すのに必死だったわよ」
「えーそうだったっけ?」
「そうそう。もう、必死の形相だったわよ」
「あっはは。自分が楽しむのに夢中で見てなかった」
「そうね。めちゃくちゃはしゃいでいたものね。葉だけ」
「私だけってのは言い過ぎでしょうが。瑠衣だって楽しんでたでしょう?」
「さあ?昔過ぎて忘れたわ」
「えー」
「………」
「ねえ、また見たくない?」
「そうね。見れたらいいわね」
それまでに私たちが生き残れていたら。ね。
心中で浮かんだ言葉を、しかし瑠衣は表には出さず、葉と並んで海の中をゆるやかに泳ぎ続けたのであった。
(2024.2.23)
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