第34話 旅人と竜人たちと魔人の無賃な旅立ち
クリプスは握手した手を引っ張り、ロフィエを立たせた。
ロフィエは床について汚れたお尻を払う。
「ロフィエ、一つ訊きたい」
「なんですの?」
「ゲーター侯爵はどこにいる? 町人のことを考えると、侯爵も無事なんだろう?」
「この町の前支配者は、魔法で眠っていただいてますわ。魔法を解けば、数時間で目を覚まします。なので、この町から離れた頃には、目を覚ますでしょうね」
「そう。ロフィエの姿を見たのって、侯爵以外だと誰?」
「側近の人たちぐらいでして? 町の人たちと逃げるようにお願いいたしましたし」
「そう。それじゃあ、その辺の町で元町民と会っても、ロフィエだと分からないか。それじゃあ、魔法を解いて旅立つ準備をしてくれ。俺たちも先へ進む準備をする」
「かしこまりましたわ」
ロフィエはしっかりとした足取りで、部屋を出て行った。
主のいなくなった応接室に、静寂が戻ってくる。
主と言っても、もうロフィエは主ではないのだが。
「なぁ、クリプスよ。あのロフィエって嬢ちゃんについていかなくてよいのか? 逃げ出すかもしれんぞ?」
静寂を破ったのは、ジャミスだった。
「逃げないよ、彼女は」
「随分な自信じゃな。どっからくるのじゃ?」
「ロフィエは……俺と同じ匂いがする」
「同じ匂い……?」
ジャミスはクリプスに近付いて、すんすんと匂いを嗅ぎ始めた。
「ちょいと汗臭いのう。じゃが、わっしは嫌いじゃないぞ、この匂い」
「そういうことじゃないんだ」
「じゃあ、どういうことじゃ?」
「それは……いいだろう。さ、みんなも撤収準備だ」
そう言うと、クリプスも部屋を飛び出していった。
「あ、これ。待つのじゃ」
ジャミスもクリプスを追いかけて、部屋を出て行った。
応接室は、再び静寂に包まれる。
「まったく……慌ただしい人たちですね」
大きく息を吐いたオルバイドは、三人を探すために部屋を出て行った。
★
ロフィエがゲーター侯爵にかけられた魔法を解き、旅立ちの準備を終えたクリプスたち。
屋敷を出て、閉ざされた大きな関所の門の前にやってきていた。
町を出て遠回りするよりは、門を開けて突っ切ろうということになった。門を開けて向こうまで行けば、町が解放されたことも分かるだろう。
四人は前で門を見上げる。
身長の何倍もある大きな門が、行く手を阻んでいた。
「で、どう開けるつもりですの? このロフィエ様も開け方を知らなくてよ」
「あん? 決まっておろう。普通に開ければいいんじゃ」
そう言って、ジャミスは門に両手をついた。
「ふんっ!」
と手に力を込めたところで、
「ちょっと待って下さい!」
オルバイドがジャミスの右手首を掴んだ。
「ジャミス、手が赤くなっているじゃないですか」
たしかにジャミスの右手は指から手の甲にかけて、赤く腫れている。
「ん? 多分盾を殴った時じゃな。ツバつけときゃ治るじゃろ」
「治る訳ないでしょ! 先にある少し大きな町でお医者さんに診てもらう必要がありそうですね」
「医者ぁ?」
ジャミスは露骨に嫌そうな顔をした。医者が嫌いなのだろうか。
「そうです。私は治癒魔法が使えません。ロフィエさんは?」
ロフィエは黙って首を横に振った。
「なので、お医者さんです」
「そうか、それなら仕方無いな」
再び、ジャミスは手に力を込めて扉を押そうとする。
「待って下さい! その手で無茶するつもりですか?」
「とはいえ、他に開ける方法ないじゃろ」
オルバイドは少し考える。
「……痛くなったら言って下さいよ?」
「ああ」
そう言って、ジャミスは三度、手に力を込めた。
重い扉がゆっくりと開いていく。
人が通れるぐらい開けると、その隙間から門を抜けた。
そこに広がっていたのは、山の谷間。削ったのか自然かは分からないが、左右から高い崖が迫っている。道はここまでと同じぐらいの広さで、奥へまっすぐと伸びていた。
「これがゲーター侯爵の道……普段はお金払わないと通れないけど、払わなくていいのかな?」
クリプスの疑問に、他の三人は黙った。
「……こっそり通れば、バレんじゃろ」
「まぁ、町を開放したお礼と言うことにしましょう」
「大体、誰にお金を支払うつもりなのよ。人がいないのに」
答えも三者三様。
だが、四人は通るという意見で一致した。
「そっか。じゃあ通るか」
「次の目的は、お医者さんのいる町です」
「ああ」
クリプス、ジャミス、オルバイド、ロフィエの四人になったパーティーは、ゲーター侯爵領の町から旅立った。
次の目的地は、医者のいる町。
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