第31話 ロフィエの強すぎな攻撃魔法

 ロフィエはゆっくりと、ワンドの先端をクリプスの顔に向けた。

 その先端に、ゆっくりと黒い光が収縮されていく。

 すごく、イヤな予感がした。


「――暗黒光弾ランスアロー!」


 ロフィエが口を動かすのと同時に、クリプスは素早くしゃがんだ。

 さっきまでクリプスの頭があった場所、今の頭上を黒い何かがとてつもない早さで飛んで行くと、背後でビシッと音がした。

 ゆっくり振り向いて見ると、壁に穴が開いていた。

 石の壁に、である。

 こんなの当たったら、頭に穴が開く!


「危ないよ! 当たったら死んじゃうよ!」

 クリプスはロフィエの方を向いて叫んだ。


「今ので死んだ方がラクでしたのに。苦しみながら死にたくて? 変わった趣味をお持ちね」

 ロフィエは怖い言葉を、平然と言ってのける。


 ドラゴンアーマーで守られていない頭部を狙ってきた。

 彼女は本気なのだろう。

 いや、あの威力ではドラゴンアーマーがあっても守れるかどうか分からない。試してみたいが、失敗したら死ぬ。


「次で仕留めて見せますわ」

 ロフィエは再びクリプスにワンドの先端を向けた。

 そのワンドは、先端から凍り付き始める。


「な、なんですの!?」

 これは庭でオルバイドが木人の動きを止めた魔法だろう。

 チラッとオルバイドの方を横目で見ると、ロッドの頭をロフィエの方へ向けていた。


 だが――。

「ふんっ!!」

 ロフィエが腕を振ると、氷は全て砕け散ってしまった。


「この程度の魔法でこのロフィエ様を止めようなんて、甘い考えよ。フルーツコンポートのタルトより甘々ですわ!」


「なんじゃ? その『こんぽおと』とか言うのは」

「簡単に言えば甘煮ですよ、ジャミス」

「ふむ。フルーツの甘煮が乗ったタルトか。それはうまそうじゃのう」

「終わったら食いに行こう、三人で。いい? オルバイドも」

「はい。ですが甘いとおっしゃっていましたので、貴族さんや王族さんが食べているクラスかもしれませんね」

「そうなると、小さな村じゃ無理かなぁ。少し大きな町?」

「そうなると、まだ少し先の方になりそうですね」

「楽しみじゃのう」


「ちょっと、あんたたちぃぃっ!!」

 部屋にロフィエの声が響き渡る。

「なに三人で勝手に盛り上がってますのぉ? ここから帰られると思ってます?」


「ああ、思っておる」

「俺も。今は負ける気がしない。ジャミスもオルバイドもいるし」

「はい。クリプスさんもです。ですから、勝てます」

 三人とも自信満々の表情で語る。それは三人が互いを信頼しているからこそ、言えること。

 それがロフィエの気に障った。


「あなたたちの鼻っ柱、バッッキバキのコッナゴナに砕いて差し上げますわっ!」


 ロフィエはワンドを持つ右手を高く掲げる。

漆黒殲弾ハウンズアロー!!」

 ワンドの先端に集まった黒い魔力のカタマリが複数に分かれ、クリプスとジャミスに襲いかかる。


「動かないで下さい」

 オルバイドがその後に小さく呪文をつぶやくと、ロッドの先端を床にトンッとつけた。

 三人の前に床から魔力の壁が現れ、ロフィエの魔法を防いだ。

 黒い光は壁に阻まれ、散って消える。

「うっ」

 オルバイドは手にしびれを感じた。ロフィエからの一撃が重い。


「ジャミス、クリプスさん。なるべく早めにお願いします。何度も防げるとは思えません」

「ああ、任せるのじゃ」

「二人でなんとかしてくるよ」

 と、クリプスは言ったものの、どうしたらいいか案は浮かんでいない。

 どうせジャミスのことだ。近付いてぶん殴るしか、攻撃手段を考えてはいないだろう。


 問題は、どうやって近付くか。


 状況は、前に戦った迷惑系魔法使いに似ている。

 だが、ここは応接室という四方を壁で囲まれた空間。そして、ロフィエの背面は壁。

 あの時のように別方向から奇襲は出来ない。

 もしかしたら、即答していたジャミスに案があるのかもしれない。


「ジャミス、どうするつもりだい?」

 クリプスはロフィエに聞こえないぐらいの小さな声で、ソードで自然に口元を隠しながら訊いた。

「あん? 決まっておろう。魔法を避けながら、近付いてぶん殴る!」

「あ、そう……」


(……訊いた俺がバカだった)

 クリプスは思いつつも、それしか手段がないような気がした。

 だが、ロフィエは魔神と言えど、見た目はほとんど普通の女の子。

 ジャミスに殴られるのも、クリプスが自分で斬るのも、気が引ける。


(……)

 クリプスは少し考えて、今度はオルバイドに顔を寄せ、

「オルバイドのロッドってさぁ、なかったらどうなる?」

 先ほどと同じように口元をソードで隠しながら訊いた。


「私の、ですか? そうですね……」

 空気を読み取ったオルバイドもまた、ロッドで口元を隠しながら話し始める。


「なくても魔法は出せますが、威力も落ちますし、発動も少し遅くなります。私は誤差程度なのでなくてもいいのですが、ロッドは有った方がいいと思いますね。だって……」

「だって?」

「有った方がかっこいいじゃないですか?」

「あ、そう」


 オルバイドのセンスがちょっと独特なのを忘れていた。

 だが、ロフィエに勝つための自分がとるべき行動は決まった。

 そのためには……。


 チラッと見たジャミスと、目が合う。

「行くか?」

「ああ」


 クリプスとジャミスは、同時にロフィエの方へと踏み出した。

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