第28話 屋敷前のきれいなバラ園

 まだ枝が絡みついていて自由に動けないジャミスがお尻を上げている隙に、クリプスはお尻の下から這い出てきた。

 それからひざ立ちのままソードを抜き、ジャミスに絡みつく枝を斬って取り払った。オルバイドより枝がひどく絡みついているので、斬った方が早かった。


 二人は立ち上がって木人の方を見る。

「さぁて、あやつを黙らせる時が来たのう。れるか? クリプス」

「あの頑丈そうな板の向こうだろ? 魔力の素は。斬れる自信はない。どうするの? 後ろに回り込む?」

「斬れないなら、突けばいい」

「突くって……どこを?」

「わっしに任せておけ。行くぞ」

 そう言うと、ジャミスは地面を蹴り、木人との距離を詰める。


「早い早い」

 ジャミスの動きが一瞬すぎて遅れたが、クリプスも慌ててジャミスの後を追う。


 木人の左腕は右側へ振り抜こうとしている状態で肩まで凍っていた。しばらくは動かせないだろう。

 右腕はクリプスが斬った部分から再生させようとしたが、先端から少しずつ凍り付いていく。

 後ろからオルバイドが木人の右腕にも凍らせる魔法をかけたようだ。右腕の動きは、徐々に鈍っていく。


「がはははっ! 氷も砕けんとは、自慢のパワーも大したことないのう!」

 両腕が動かせなくなった木人の正面を守る分厚い板の胸の辺りに、ジャミスは拳を叩き込んだ。

 木人本体はジャミスのパンチに耐えたが、前面の木製プレートは大きくへこんで四方にひびが入る。


「行くのじゃ! クリプス!」

 ジャミスは叫びながら横に避ける。

 クリプスが木人に迫る位置まで来ていた。


「だあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 クリプスはジャミスが殴った場所に、ソードを突き立てる。

 深く突き刺さったソードは木製プレートを貫き、丸太まで達した。

 クリプスは木とは違う魔力の素と思われる感触を、ソードを通じて右手に感じていた。


「やった……か?」

 魔力の素を失った木人の頭と手足が丸太から脱落した。

 ソードには、貫いたプレートと丸太だけが突き刺さって残っている。


 興奮の落ち着いてきたクリプスはズシッと重みを感じ、ソードの突き刺さった丸太を地面に置く。丸太は重い音を立てた。

 クリプスがプレートに足をかけ、ソードを引き抜いたところで、

「……やったな」

 ようやく勝ったという実感が湧いた。


「クリプス。おぬし、強くなったのう。元から強いとは思っておったが」

「俺が強いんじゃない。こいつのお陰だよ」

 クリプスはソードを高く掲げた。

 ジャミスの寝床で拾った、見た目は何の変哲もない普通のソード。

 日に照らされるソードは、斬ったり突いたりしているのに、欠けなんかも見られない新品同様の姿をしている。切れ味も、全く劣っていない。


「このソード、とんでもなく凄いものなんじゃ……」

「んー……わっしは武器のことはよく分からんからのう」

「これは?」

 クリプスはドラゴンアーマーを手のひらで叩いた。いい音がする。

 このアーマーはジャミスの手作りだ。


「防具の作り方の本があったから、なんとなく作ってみたんじゃが」

「なんとなく、って……」

 それでこんな軽くて丈夫なアーマーを作れるんだから、とんでもない才能だ。


「もしかしたら、特別なソードかも知れませんね。どこで手に入れたのですか?」

 一人離れた場所にいたオルバイドがやってきて、訊いてきた。

「ジャミスの寝床で拾ったんだよ。多分、ジャミスを倒しに来た人のもの」

「まぁ……。それは特別な物かもしれませんね。ドラゴンと戦うのですから、気合いも入るというものです」

「……」

 あの時、普通の装備で来たクリプスは黙ってしまう。

「一度、どこかで詳しく鑑定してもらう必要がありそうですね」

「そのためには――」

 クリプスは屋敷の方を見た。

 今回の目標がいる、大きな屋敷を。


「ロフィエに勝たないと」

「そうじゃな」

「はい」


 三人は身体に異常が無いことを確認して、静寂が帰ってきた庭を屋敷の方へと歩き出した。

 奥まで行っても、庭は荒れた様子も無い。この町が魔人に乗っ取られているなんて、まだ信じられない。


 やがて屋敷が近くまでやってきた。

 屋敷の前は赤、白、ピンクと色とりどりのバラが咲き乱れており、ちょっとしたバラ園のようになっている。

 クリプスは歩く方向を変えて近づき、バラを眺める。


「どうしたのじゃ?」

 ジャミスとオルバイドも足を止めた。

 ジャミスは不思議そうにクリプスを見ている。


「バラがきれいだと思ってさ」

「バラはきれいじゃろう」

「いや、ロフィエが占拠した後も、きちんと管理されている感じがするんだ」

「ふむ」

 ジャミスもバラに近付いて見てみた。

 しばらく眺めていたが、

「……わっしは花はよく分からん。オルバイドは分かるかのう?」

「私もそこまで詳しい訳ではありませんが、全体的に見ても放置されている感じはしないですね」

「ロフィエが管理手入れしてるのかな?」

「分からんな。行って問いただすしかなかろう。行くぞ、クリプス」

「ああ」



 バラ園を離れ、三人は玄関扉の前に立った。

 重厚な扉が、三人の行く手を塞ぐ。

「さぁて、もうすぐ御対面じゃな。扉ということは。クリプスの出番か?」

 ジャミスが扉の引き手に手をかけた。

 引くと扉はゆっくりと開いていく。


「いや、出番はなかった。鍵がかかっておらん。不用心じゃのう」

「屋敷内に罠があるのかも? 考えすぎ?」

「屋敷内なら、さっきの木人のようなのは出ないと思いますよ。あれは広い場所でないと動けそうもありませんから」

「それなら安心じゃな。それじゃあ、行くぞ!」


 三人はゲーター侯爵の屋敷……いや、ロフィエの屋敷へと入って行った。

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