第24話 ゲーター侯爵領の高圧的な魔人

 左右に木々の生い茂る道を進むジャミスとオルバイドとクリプスの三人。

 道幅は広い。物流を考えて、この広さにしてある。王都までの街道よりも広いかもしれない。

 この広い道を普段は荷馬車が多く行き交うのだろうが、今は荷馬車どころか人さえもいない。

 その広い道を先頭にジャミス、その少し後ろをクリプスとオルバイドが並んで歩く。


「さすがに、柵を乗り越えたぐらいじゃ攻撃はしてこんのう」

「どっかに潜んでたりしないの?」

「そうしたら、殺気がビンビンしておるからのう。わっしが真っ先に感じておるはずじゃ。今はなんも感じん」

「俺と初めて会った時も、何か感じてたの?」

「ああ。クリプスはビンビンじゃったな。また寝込みを襲われると出て行ったが……今じゃこうやって旅をしておるから、不思議なもんじゃのう」


「何も感じない、か……。オルバイド、遠くにいる相手の魔力を感じ取ったりとか、できない?」

「出来るかどうか……ちょっとやってみますね」

 オルバイドは足を止めそっと目を閉じ、集中をする。

 それに合わせて、クリプスとジャミスも足を止める。


 少しの間の後。


「――駄目ですね。何も感じません。やってみましたが、駄目でした」

「そう……」

 ちょっと残念に思うクリプス。


「すみません。お役に立てなくて。索敵の魔法を会得していれば、良かったですね……」

「いや、オルバイドは悪くないよ。無茶な振りをした俺が悪いんだ」

 眉尻の下がるオルバイドを見て、クリプスは慌てて謝った。彼女は本当に悪くない。


「ま、相手はコソコソしない堂々とした奴かもしれん。わっしはいつでも歓迎じゃあ」

 と、ジャミスはニヤリ。

「嬉しそうだね」

 それを見たクリプスが言う。

「そりゃそうじゃ。地下迷宮でわっしに喧嘩売ってくる奴は、ブレス一発で沈む奴らばかりじゃったからのう。わっしのブレスに耐えた強いクリプスを除けば、久々に強いかもしれない奴とまともに戦えるのじゃ。ガスターブの魔法使いも弱かったしのう。こんなに嬉しいことはない」

「そ、そうなんだ」

 ジャミスに強いと言われ、クリプスは少し照れくさい。

「ま、わっしの拳一発で沈めてやるから見ておれ」

 力強く握る拳を見せながら、ジャミスは語る。実に頼もしい。


 三人は、広い道をさらに進んで行った。


   ★


 自信満々なジャミスを先頭に森の中の道を進んでいくと、開けて町が現れた。ここがゲーター侯爵領の町だと思う。

 三人が歩いて来た広い道は、まっすぐ奥まで延びている。

 その左右には、建物が建ち並ぶ。多くは路面店だ。武器屋、道具屋、食料品店、土産物店、宿屋など。

 そんなきれいな建物が並ぶ町には、人の姿が全くなかった。

 誰一人。

 活気という物が全くなく、町そのものが死んでいる感じがした。


「ふむ。人だけが消えたような感じじゃな」

「この町のどこかに魔人がいるんだよね?」

「そうですね、きっと」

「よし、一番おっきな屋敷を探すんじゃ!」

 そう言ったジャミスが一歩踏み出すと、


「ごきげんよう。ようこそ、ゲーター侯爵領改め、ロフィエ様の町へ」

 かわいらしい女の子の声がどこからかして、町に響く。

「たった三人で来るなんて、おバカなのか大バカなのか、どちらかしら?」


「どこじゃ! 出て来い!」

 ジャミスは叫ぶが、その声が誰もいない町に響くだけだった。

 そう叫ぶということは、ジャミスは気配や殺気を感じていないということだろう。


わたくしの姿を見たいんですの? あなたたちじゃ実物は見られないでしょうから、特別に見せてあげますわ。最後に目に焼き付けておきなさい。そして悔いなさい。このロフィエ様に挑んだことを!!」


 そう言うと、三人の目の前に突如、声の主と思われる女の子が現れた。


 背のそんなに高くなくてかわいらしい顔立ちをした彼女は、長い髪をピンクのバラが付いたリボンでツインテールにしている。

 黒がベースで白いフリルと差し色のようにピンク色のリボンがあしらわれた丈の短めなワンピースを身に纏っていた。


 そして特徴的なのは、頭には普通の人間にはない二本の角が生えていること。これは彼女が魔人であることを表している。

 魔人の魔力が強いのは、この角で魔力を増幅させているからという学者もいるが、そんな研究をさせてくれる協力的な魔人がいないので、真相は分からない。


 そして、このロフィエという名前であろう魔人は、腰に手を当ててふんぞり返っていた。

 まるで三人を見下すかのように。

 絶対に勝てるという自信があるのだろう。それはその表情にも表れている。


「現れたな! 怪物!」

 ジャミスはいきなりロフィエに殴りかかった。

 しかし、ロフィエを名乗る少女は拳が迫っても表情一つ崩さず、身じろぎもしない。


 そしてロフィエに迫るジャミスの拳が――すり抜けて空を切った。

「あ?」

 勢いよく殴りかかったジャミスが、その勢いで体勢を崩す。

 どうやらこのロフィエ、本物ではない。幻影のようだ。


「まぁ、いきなり殴りかかるなんて、野蛮ですこと。あなたたちみたいなザコ、このロフィエ様が直接手を下すまでもありませんわ。この子たちで十分ですわ。でも、もし屋敷まで来られたら、その時は褒めて差し上げますわ」


 ロフィエは指をパチンと鳴らした。


 直後、どこからともなく、大量の石や砂が集まってくる。

 やがてそれらは、何十という数の人の形へと変わっていった。


「石人と砂人じゃあ!」


 目の前には石や砂で作られた兵が、多数。


「それでは、ごきげんよう」

 その言葉と同時に、ロフィエの姿はスッと消えた。


   ▼


「ふふふ……」

 他に誰もいない広い部屋で不敵な笑みを浮かべた女の子は、装飾の施されたイスにドカッと座り脚を組んだ。

 目の前には、石人や砂人と対するジャミスたち三人の様子が映し出されている。


「さぁて、おバカさんたちが苦しむのを楽しませてもらおうかしら。この懺滅ざんめつの魔女と呼ばれるロフィエ様に楯突こうとしたこと、悔いなさい。愚かな人間たちよ!」


 彼女こそが懺滅の魔女と呼ばれる魔人、ロフィエだった。


「…………この『懺滅の魔女』って響き、人間が作ったにしてはいいセンスよね。このロフィエ様にふさわしいですわ」

 この呼び名、ロフィエ自身は意外と気に入っていた。

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