ゲーター侯爵領へ

第22話 街道を行き交う荷馬車の心配な出来事

 王都オータムハイブ方面へ行く荷馬車は、新道を突き進む。こちらはクリプスとジャミスが通ってきた旧道の峠道と違い、比較的平坦なうえ、周辺が見渡せて盗賊などが現れてもすぐに分かるだろう。

 これゆえ、襲撃しにくいという理由で盗賊には不人気の道なのである。

 ここまで街道がきれいに整備されている理由は、氷が高級品で狙われやすいというのがある。貴重な氷を町まで安全に運ぶために、国が総力を挙げて道を整備している。


「いやぁ、助かっちゃったんだよね。別の荷馬車と行こうと思ってたけど、積み込みにもう少し時間かかるって話だったんだよね。少しでも早く氷を運べそうなんだよね」

 中年ぐらいの荷馬車主が語る。

「特に今は、ゲーター侯爵領が通られないから、通常より時間がかかっちゃうんだよね」

「ゲーター侯爵領……ってどこじゃ?」

「ゲーター侯爵領は、この先にある町ですね」

 オルバイドがジャミスに説明を始めた。カーケ村に長年住んでいるので、この辺りのことは多少分かる。


「山間の道に関所を設けて、人や物の行き来を監視している町です。通行料は取られますが、山を回避するよりは早くて安全ですので、多くの荷や人が行き交う町です。ですが最近、物を運ぶのに時間がかかっていると聞きましたが……」

「ああ。今、ゲーター侯爵領は魔人に支配されちゃっているんだよね」

「魔人って……」

 と言うのはクリプス。


「話は聞くけど、よくは知らないんだよね」

「魔人というのは、膨大な魔力を持って生まれる人型の魔族じゃな……じゃな?」

 自信がなかったのだろう。ジャミスはオルバイドを見ながら確認する。


「そうですねぇ……。魔人って多くの場合は強い魔力を持っていることが多いですね。見た目は様々です。人間に近い姿から、魔物みたいな姿まで幅広いです。普通の人は、相手にしない方がいいですね。ドラゴンレベルで危険です」

 そのドラゴンであるオルバイドが言うのだ。本当に危険なんだろう。


「でもさぁ、魔人に支配されてる! ってなったら、国も兵を出して取り返しそうだけど。俺が国王なら、そうするよ」

「来たんだよね」

 荷馬車主が話に割り込んできた。しかし彼は、どこか遠い目をしていた。


「兵。その数、およそ100人。少人数相手には、多すぎる数だと思っていたんだよね」

「どうなったのじゃ?」

「領地を取り返せてないことからも分かるとおり、全滅しちゃったんだよね。たった1人相手に、100人の兵は負けちゃったんだよね。それから、彼女は懺滅ざんめつの魔女と呼ばれるようになっちゃったんだよね」

「いいのう、二つ名。わっしも欲しいぞ」


(――〈激臭竜ジャミス〉)

 そんな単語がクリプスの頭をよぎった。

 出会った時のことを思い出す。

 この旅の目的も、その口の臭さが原因だ。

 クリプスは言うのをやめた。きっと怒るだろうし。


(――〈直情番長〉)

 オルバイドもまた、そんな単語が頭に浮かんだ。

 ジャミスの感情表現はストレートなことが多い。

 ただ、ジャミスなら「なんだかかっこいいのう」と意味も分からない予感しかしない。

 オルバイドは言うのをやめた。調子に乗りそうだし。


(そう言えば……)

 クリプスは思い出した。ジャミス……というよりは、ファイアレッドドラゴンが〈破壊王〉と呼ばれていたことを。

 ファイアレッドドラゴンが本当に破壊活動をしていたかどうかは分からないが、遠くの町に知れ渡るほどに有名だった。

 ジャミスと出会ってからずっと一緒にいるが、〈破壊王〉という二つ名が似合うとは思えない。無邪気で優しい子だ。


 ――よく力技で解決しようとするけど。


 この荷馬車主も〈破壊王〉のことは知っているだろう。二人がドラゴンであることは、ここで話題には出来ない。



「というか、その懺滅の魔女って魔人が、ゲーター侯爵領を支配しているの?」

 クリプスは話題を変えることにした。変なボロが出る前に。


「そうなんだよね。ゲーター侯爵領から逃げ出した領民が言っていたそうなんだよね」

「いるんだ、そんな魔人がいるところから逃げ出した領民」

「逃げだしたと言うより、解放されたんだよね。領主であるゲーター侯爵だけが懺滅の魔女に捕らえられてるって、領民の話なんだよね」

「ゲーター侯爵って、無事なのかな?」

「生きてるか、死んでるかも分からないんだよね。懺滅の魔女に占領されてからは、誰も姿を見てないんだよね」

「うーん……」

「なんじゃ? 何か気になるのか? クリプス」

 ジャミスは、考え込むクリプスの姿の方が気になった。


「だってさ、その魔人の人、100の兵を全滅させられる力があるんだろう? なんで領民は無傷で解放したんだろうと思ってさ」

「知らん。魔人のきまぐれじゃろうな」

 三人の中では一番きまぐれなジャミスが言うなら、間違いないだろう。そんな気がする。


「ゲーター侯爵領を通られないと、困らないですか?」

 オルバイドが話に割り込んできた。


「あそこは荷車が多く通るから、宿も荷車に優しいんだよね。冷えてる倉庫もあるから、うちらみたいな氷を運ぶ人間にもありがたいんだよね。さらには侯爵領で次の荷馬車に移し替えれば馬を休めなくてもいいから、氷ももっと早く届けられるんだよね。それがしやすいのが、ゲーター侯爵領なんだよね」

「やっぱり困ってるんだな」

「クリプス。もしやゲーター侯爵領を取り返そうと思ってないか?」


 さっきから色々質問したり、考え込んだりしているのを見ると、ジャミスにはクリプスがゲーター侯爵領を取り返したいようにしか見えなかった。


「そりゃあ、取り返せるなら取り返したいさ。みんな困ってるんだし」

「いやぁ、普通の人は近付かない方がいいんだよね」


「俺たち、普通じゃないので」

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