第17話 竜人たちと流浪の旅人の愉快な冒険――が始まらない

 次の日。

 クリプスは日課であるジャミスの歯を掃除して、口をゆすがせに行った。

 昨日はジャミスもオルバイドも浴びるように酒を飲んでいたが、ケロッとしている。この二人のペースについていったら、クリプスは今日動けなかっただろう。

 ドラゴンの飲酒量はおかしい。


「ねえ、クリプスさん。いつもジャミスにああいうことしているのですか?」

 さっきまで日課をジッと見ていたオルバイドが訊いてきた。


「ああ」

「大変じゃないですか?」

「そうでもない」

「だって、ジャミスの口は臭いんですもの」

 オルバイドは気付いていた……って、ジャミスとオルバイドの付き合い長い。それは話の端々から分かる。

 長い付き合いで、口が臭いのも知ってて当然だろう。


「今回の旅って、ひょっとしてジャミスの口絡みなのですか?」

「まぁ……そうだね」

 オルバイドは元々知り合いだし、これ以上隠し通すのは無理な気がする。クリプスは素直に話すことにした。

 ジャミスの口事情をしっているオルバイドなら、知られてもそんなに恥ずかしいこともないだろう。


「ふぅーん……。それは苦労しそうな旅ですね。ちょっとやそっとでは、治りそうもないですし」

「それは……覚悟してるよ」

 数多くの冒険者や旅人を葬り去ってきた口臭だ。簡単に治るとは思ってない。


「どうして二人で旅をすることになったのかは分かりませんが、ジャミスって意外と単純ですし、大方『クリプスの歯はきれいじゃのう。どうやっているのじゃ?』とか訊いてきたんじゃないですか?」

「一緒に旅することになったキッカケはそれじゃないけど、それに近いことは訊かれたよ」

「クリプスさん、歯がきれいですよね? 歯の達人ですか?」

「歯の達人ってなに!?」

 ドラゴン界では達人認定が流行っているのだろうか。やはり人間とは違う。


「――ところで、ジャミスのことは好きなのですか?」

「へあっ!?」

 いきなり質問の方向性が変わったことに、思わず変な声が出てしまうクリプス。

 その感情は……どうなんだろう。


「それは正直……分からない」

「そうですか。ですが、ジャミスはあなたを凄く信頼しているか、凄く気に入っていると思うのです。そうでないと、あんな無防備な姿なんて見せないですからね」


 それは、やる度に思っていた。

 ただ、彼女は「モンスターと結ばれようなんて、不幸でしかない」とも言っていた。

 その言葉があったからこそ、クリプスのジャミスに対する気持ちもハッキリ分からないのだ。

 ジャミスだって、クリプスをなんとも思ってないだろう、きっと。

 オルバイドがクリプスを「かわいらしい」と言ってた時も、何も言わなかったし。


「でも、愛は種族を越えることもありますからね。世の中は何が起こるか分からないですし。その時は優しく受け入れてあげて下さいね」

「そんな時、来るのかなぁ……」


 なんて考えていると、ものすごい勢いでジャミスが帰ってきた。

「なあなあ。ここの水はすっごく冷たいのじゃが、口の中がすっきりしてるぞ! 凄いのう! ここの水は!」

 と、朝からジャミスはとても上機嫌。

 それを見て、オルバイドは笑う。

「ふふっ。あなたたちとの旅は、面白いものになりそうですね」

「ま、色々あるだろうけど、楽しいことだけは保証するさ」


「ん? おぬしら、なんか雰囲気変わっておらぬか? わっしがいない間、何があったのじゃ?」

 そう言いながら、オルバイドとクリプスの顔を交互に見るジャミス。鈍い上に自分中心に物事を考えるジャミスでも、二人の空気の変化ぐらいは読み取れた。


「さ、謎の洞窟へ出発しましょう。ここで時間かかれば、王都へ行くのが遅くなりますよ」

「お、そうじゃな。わっしらの最終目標は、王都へ行くことじゃからな」

 オルバイドに話を切り替えられ、すっかりその話題も忘れてしまう、単純なジャミス。


(王都で全て片付くのかなぁ……)

 クリプスは一人そんなことを考えながら、オルバイドの案内でジャミスと三人で洞窟へ向かった。


   ★


 オルバイドの案内で、洞窟に向かう三人。

 洞窟はカーケ村から少し離れた場所で、クリプスたちが越えてきた山にある。

 そこは、峠道からは大きく離れた場所にあった。


 村から離れて氷が途切れていた平原を進んでいくと、周囲と明らかに環境が違う洞窟が見えてきた。

 その洞窟入口周辺は再び氷で覆われていた。

 そして、その入口は木の板が打ちつけられていて、塞がれていた。


「なんとぉ!? 冒険は、ここまでじゃったかぁ!!」



   わっしらの洞窟探検

              完

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