第15話 オルバイドの天使なお願い
後ろから声をかけてきた長身の彼女は、下半身まで伸びる長い銀髪を、ゆるふわな三つ編みにして白いリボンで結んでいた。
透き通りそうなほどに白い肌の身体は、少し青みがかった白いワンピースに身を包んでいる。氷の村にいるにしては、薄着だ。
そしてそのきれいな顔立ちで、優しく微笑みかけてくる。
ジャミスとはまた違った系統の美人だ。
ジャミスに声をかけたということは、この人がジャミスの言っていたアイスブルードラゴンの人かもしれない。
ドラゴンの姿じゃなくても、すごく目立つ。
「どうしたのですか?」
その透き通るような声も美しい。
「おお、オルバイド。おぬしを尋ねて来たのじゃ」
「何十年ぶりですか?」
「知らん」
(いや、その単位なの!?)
クリプスは心の中でそっと叫ぶ。
どうやらドラゴンたちの時間感覚は、人間とは大きく違うようだ。
「そっちの男の人は誰ですか?」
オルバイドがクリプスをチラッと見ながら、ジャミスに訊く。
「ああ、ちょっとした理由があってな。この男と今は旅をしておる」
「珍しいですね。ジャミス、あまり表に出たがらないのに。この人がかわいらしい男の子だからですか?」
「かわいらしい……?」
ジャミスとオルバイド、二人が同時にクリプスを見つめてくる。
二人と目が合って、クリプスは思わず目を逸らしてしまった。美女二人に見つめられると、なんだか恥ずかしい。
しばらくクリプスを見つめていたジャミスとオルバイドは、再び顔を向き合わせる。
「まぁ、それはどうでもいいのじゃが……」
(どうでもはよくない)
何も言ってくれないジャミスがどう思っているのか、クリプスはちょっと気になる。
「どうしても放置出来ない事情でな。オルバイド、家に行かぬか? わっしら、外だと話しにくいことも多いからのう」
「そうですね」
★
彼女――オルバイドの家に着いた。
村の中心部からやや離れた場所に建つ家は、外見が普通の家だった。周囲にある数軒の家と大差はない。
しかし中に入ると、棚には大量の本が置いてあった。その多くは魔導書のようだ。この氷に包まれた村の原因を追及しているのだろう。
三人はテーブル席に着く。オルバイドがワインも用意してくれた。
オルバイドの華やかな見た目もあって、なんだかおしゃれに見える。
殺風景だったジャミスの寝床とは全然違うし、ジャミスの場合は「おしゃれ? なんじゃ、そりゃ」とでも言いそうだ。
同じドラゴンでも、生活環境でこんなにも変わるとは。
冷えた体が温まったところで、
「初めまして。私はオルバイドです。この村で魔法の研究をしています」
「俺はクリプス。流浪の旅人さ」
「私の正体は……ジャミスに聞いていますよね?」
「ドラゴン、とだけね」
「そうっ。この村が氷に覆われているのは、みぃーんなアイスブルードラゴンが悪いみたいに村人たちが言うんです! 私はそんなこと、しないっていうのにぃ!! そりゃあ、私は確かに氷系の魔法は得意ですよ? 村を丸ごと凍らせるって、やろうと思えば出来ますしっ! だけど、その状態をずっと続けるなんてすっっごく大変なんですからっっ!!」
「まあまあ」
早口でまくしたてるオルバイドを、ジャミスがなだめた。
その後も、もう少しだけオルバイドの文句は続いた。
「――で、私になんの用ですか?」
落ち着きを取り戻したオルバイドが、ジャミスに尋ねる。
「わっしら今、王都を目指しておってな」
「王都って、オータムハイブですか?」
「そうじゃ」
「オータムハイブの話は、氷商人から聞いたことがあります。王都だけあって、色んな物が集まっているそうです。この辺では手に入らない魔導書もいっぱいあって、手に入れてもらうこともあります」
「わっしは行ったこと無いがのう。面白いのか?」
「この辺りにある村とは、全然違うと思いますよ。いっぱい人がいて、いっぱいお店があって。ありとあらゆる物があるって感じですね」
「なあなあ、こういうのもあるのか?」
ジャミスは目を輝かせながら、背中にある木剣を少し抜いて訊いていた。
(なぜジャミスは、こんなにも木剣が好きなのか?)
クリプスは理由が分からない。
「ああ、よく見かけるお土産品ですね。オータムハイブなら、種類も豊富だと思いますよ」
「おお、あるのか。それは楽しみじゃのう」
「ジャミスはオータムハイブまで木剣を買いに行くのですか?」
「そうじゃなくて、別の物を買いに行くのじゃが……それで、オルバイドも一緒に来ないか? って話でな。わっしら、一対一だと強いのじゃが、集団に襲われるとちーっとばかし苦労するからのう。さっきも、そこの峠で猪人の集団に襲われたし。ま、二人で全員倒したがのう」
「オークの森で多くの猪人に襲われたのですね」
(……偶然だよね? 今のダジャレ)
そう思いたいクリプスは、何も言わないことにした。
「王都は滅多に行けないし、行くのはいいんですけど、私でいいのですか?」
「なにがじゃ?」
「私は確かに魔法を使えますけど、攻撃魔法専門ではないので、攻撃魔法に関してはそこまで強くないんですよ? それはジャミスも知ってるでしょ?」
「ああ。よぉく知っておる。昔からの付き合いじゃからの。今、わっしらのパーティーに欲しいのは、みんなより強い人じゃない。みんなを強くする人じゃ。最強はわっしじゃからな」
「んー……」
オルバイドはしばらく考えたのち、
「分かりました。一緒に行ってもいいですよ」
と答えた。
「よかった! おぬしなら、そう言ってくれると思っていた!」
「ただ、一つだけ行く前にお願いを聞いて欲しいのです」
「なんじゃ?」
「この村が長い間氷に覆われてるのは、ジャミスも知っていますよね?」
「うむ」
「これだけ長い期間氷が維持されてるってことは、どこからか魔力が供給されてると思ったのですが」
「うんうん」
「この前、ちょっと怪しい洞窟見つけちゃったんですっ!」
(そんな『おいしいお店見つけちゃったんですっ!』みたいなノリで言われてもな……)
黙って二人の話を聞いていたクリプスは、そっと思う。
「一人だと怖いので、行けなかったのですが……」
「わっしらと一緒に行って欲しいと?」
ジャミスの言葉に、オルバイドは何度もうなずいた。
「まぁ、そりゃあ、構わん。ここに迷宮の達人もおるしのう」
ジャミスはクリプスの肩をポンッと叩いた。
「――え? 俺!?」
黙って話を聞いていたクリプスは、突然話を振られたことで驚く。
「ああ、そうじゃ。邪魔されにくいじゃろうと選んでおったわっしの寝床まで一人で来るなんて、迷宮の達人としか思えん。達人王じゃ」
達人を越えて王になったつもりはない。
「お願いです、クリプスさん!! 私と一緒に行って下さい!!」
オルバイドはクリプスの右手を両手で包んで握り、まっすぐ目を見てお願いしてくる。
オルバイドは潤いのあるきれいな目をしていた。それはまるで、透明度の高い氷のような目だ。
氷のような透明感なのに、温かみを感じる目をしている。
握られた手だって、ほんのり温かい。
本来はアイスブルードラゴンらしいけど、やっぱり天使なんじゃないのだろうか、オルバイドって。
そんな天使にお願いされたとあっては断れない。
そもそも、クリプスは人にこうもお願いされたのは、初めてかもしれない。
……人?
そこは今、考えないことにする。
とにかく、断る理由なんてない!
いや、別に女の子にお願いされたからとかではなく。
「じゃあ……三人で行こうか」
「ありがとうございます!! クリプスさん!!」
クリプスの手を握るオルバイドの手に力が入る。
(ああ、ソロじゃない旅って、いいかも)
ジャミスと旅するようになってから思っていたが、オルバイドが加わってさらに強く思ったクリプスだった。
いや、女の子と一緒だからとかではなく。
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