第14話 クリプスの良質なソード
猪人。
猪頭をした、人間体の魔物である。
その筋肉質な身体は、高い運動能力と圧倒的パワーを誇る。
普段はあまり攻撃的ではないのだが、興奮すると一変。攻撃的になる。
恐らくは、ジャミスが大声を出したことで興奮したのだろう。息も荒く、今にも攻撃してきそうである。
「クリプス! 気を付けるのじゃ!」
ジャミスが振り返ってクリプスに警告するが、その大声が余計に刺激したようだ。先頭にいた斧を持っている一匹が、突進してくる。
「ジャミス! 後ろ後ろー!」
クリプスもつい大声が出てしまった。
「安心せい。わっしは平気じゃ」
猪人が斧を振り下ろすが、ジャミスはクリプスの方を向いたまま横に移動してかわし、振り向きざまに猪人の顔面にパンチを叩き込んだ。
「グフォッ!!」
殴られた猪人は、地面に崩れ落ちる。
「な?」
一撃で猪人を倒し、再びクリプスの方に振り返るジャミス。嬉しそうにニッと笑う。
その後方では、今の光景を見ていた猪人たちが全員ジャミスに襲いかかろうとしていた。
「後ろぉ!! もっとひどいことになってるからぁ!」
クリプスは急いでジャミスの元に駆けつけた。
――それからしばらくして。
「ふぅ……。ここまで本格的に身体を動かしたのは、久々じゃったわい」
と、手をはたくジャミス。
「俺もだよ。ここまで本格的な戦闘は久しぶりだった」
と、ソードの汚れを振って払うクリプス。
周囲には地面に倒れた猪人たちがいた。盗賊よりは手強かったが、なんとか全員倒すことは出来た。
ほとんど、ジャミスの活躍のお陰だが。
「わくわくしたじゃろ?」
「しないよ! 勝てたのが不思議だよ! それに、俺は戦闘がそこまで好きじゃないし!」
「わっしもじゃ。基本的にこっちからは手を出さん。ま、ケンカを売られたら買うがのう」
「楽しそうに殴ってたもんなぁ、最初の猪人」
「そりゃあ、強い奴に会うのは楽しいからのう。猪人どもは大したことなかったが」
「その感覚が分からない。俺、戦闘はなるべく避けたい」
「武器が劣化するからか?」
「もちろん!」
「やっぱりケチじゃのう」
「だって、こんなにクソ硬ボディのヤツらだよ? さすがにこのソードも……ん?」
ジャミスの寝床で拾って相棒となったこのソード。クリプスはジッと見てみるが、未だ刃こぼれ一つ無い。
「なんだこれ? 全然衰えてない。新品みたいだ」
あそこで転がってたということは、そこに着くまでも使っていたはずだ。誰が使っていたかは分からないが。
しかし、刃はきれいな状態である。まるで使ったことがないかのように。
「意外といい武器を拾ったんじゃないか? わっしは武器のことはよく知らぬが」
「そうかなぁ」
「ま、良かったじゃあないか。今後も安心して戦えそうじゃな」
「戦わないよ? 積極的には。そりゃあ、必要があれば戦うけど……」
「たまには身体を動かさんと、なまってしまうぞ?」
「それはあるけど……戦わないからね?」
「そのうち、戦闘の楽しさに目覚めるじゃろうて」
「ないない。それより、早く行こうよ。他に魔物が出ないとは限らない」
「そうじゃな」
また新たな猪人が現れたら面倒だ。
クリプスたちは急いで峠を越えることにした。
★
「おおーっ」
峠を越えて下っていると、遠くに周囲が氷で覆われた場所が見えてきた。あれが氷の村カーケだ。
村と村の周囲だけが氷に覆われていて、他は森になっている。
そして村から東に大きく開けた道が延びているのが見える。あれが新道だろう。
「意外と早く着いたな」
「うむ。途中でちょびっとだけ足止めされたがな」
「どんな人だろう。楽しみだな」
「あ、先に一つだけ言っておくぞ。『つまらない』と言うんじゃないぞ?」
「? なにが?」
「会えばそのうち分かる」
それが何を意味するか分からないまま、カーケ村に入ることになった。
ジャミスは村に入る前、薄手のマントを出して羽織る。
「寒いの?」
「さすがにな。わっしはファイアドラゴンじゃぞ? 寒さには弱い」
「普段薄着なのに?」
「普段は暑いからのう」
(やっぱり体温高いのかな?)
クリプスはサクサイ村の夜と合わせてそんな疑問を抱きつつ、村のメインストリートを歩く。
「ところで、その人はカーケのどこに住んでるの?」
「知らん」
「は?」
クリプスは驚いて、思わず足を止めてしまった。
「え? ジャミスがこの村にいるっていったじゃないか」
「ああ。前に会った時は、この村に住んでおった。それからあの地下迷宮にずーっとおったから、今は分からん。ま、まだおるじゃろ」
「それ、いつぐらい前の話?」
「知らん」
だが、その人は村が氷に覆われている原因を研究していると言っていた。このカーケ村は大昔から氷の村として有名だ。
ひょっとしたら、ジャミスの言う通りその人は今でも……。
「あら? ジャミス?」
後ろから柔らかな女の声がする。
振り返ると、そこには陽を反射する氷に負けないぐらい輝く天使がいた。
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