氷の村カーケへ
第12話 サクサイ村の激アツな宿屋
氷の村カーケへは、王都オータムハイブへ向かう途中で北にルートを変えることになる。
ガスターブ村を離れた二人は、まずオータムハイブの方面へと歩みを進める。オータムハイブへの道は比較的整備されているので、歩きやすくて快適だ。
あとは途中に盗賊が出なければ、実に最高だ。
出ても、無視すれば問題無い。
無視されて手を出さないのは、きっと賢い盗賊なんだろう。力量の見極めが、よく出来ている。
「おいっ! ムシすんのかよっ!」
と呼び止める命知らずな盗賊には、その場で眠ってもらう。
襲ってきた方が悪い。
もしかしたら地下迷宮で眠っていたジャミスも、こんな気持ちだったのかも知れない。
そして倒れた盗賊からは路用の金を調達する。これが意外といい額になる。これをやっているお陰で、旅の資金は困ることがない。
そうやってお金を増やしながら、旅を続けた。
★
ガスターブ村を旅立って一週間。
クリプスとジャミスは、二本道の村サクサイに着いた。
ここはカーケ村に続く道とオータムハイブ方面に続く道と分かれる場所に出来た、小さな村だ。
ただ、昔ほどここからカーケ村に行く人がいないということで、少し寂れた村になっている。
ここからカーケ村に行くには、山を越える必要がある。今日はもう遅いので、この村でで泊まることにした。
宿屋の前に、道具屋で必要な道具を買いそろえておく。
ジャミスが『サクサイ』と鞘に書かれた木剣を欲しがっていたが、なんとか諦めさせた。今後木剣がある度にこれがあるかと思うと、ちょっと気が重くなる。
そして宿へ。
村には小さな宿が一軒だけあった。昔ほど宿泊する人がいないということで、この一軒だけしか残ってないらしい。
部屋はなんとか確保出来た。
が、二階の小さな部屋にはベッドが一台。
別の部屋は複数人で寝る大部屋になるので、専用の部屋はこれしか選択肢が無いのである。
二人なのに、ベッドが一つ。
男女なのに、ベッドが一つ。
「……どうする?」
「とりあえずはメシじゃ。わっしは腹が減った」
クリプスとジャミスは一階へ降りて、酒場食堂で食事を取ることにした。
久々のまともな食事は、非常においしく感じた。
「それにしても、クリプスは野宿の達人じゃのう。飯や寝床の準備を、サッと終わらせてしまう」
「達人って……慣れてるだけさ。ソロ生活が長かったからね。全部一人でしなきゃいけなかった」
「だからといって、ソロでわっしに挑んでくることは無いじゃろう。無謀すぎる」
「仲間もいないし、誰かを雇うお金も無かったしね」
「ま、今はわっしがおるから、一人旅じゃないぞ?」
「ああ。旅が一人とそうじゃない時では違うと感じる時はある」
それがさっきだったのだが、ジャミスは
(意図的に、この話題を避けている……)
そんな気がしてならなかった。
しかし、あとで部屋で訊けば気まずくなる可能性もある。
今訊いておかなければならない。
「ところで、ジャミスはいいのかい?」
「なにがじゃ?」
「あの部屋。ベッドが一台しかないんだけど」
「構わん。わっしはいいが、クリプスこそどうなのじゃ?」
「俺は……こういうのは大部屋で慣れてる」
大部屋は客が多すぎる時に、相ベッドという場合もある。
男女問わず、だ。
そうやって一つの部屋に客を詰め込む分、安い。
クリプスは路用の金をケチるため、ソロの時は大部屋をよく利用していた。
例え男女でも男男でも、一晩ガマンすればいい。
ま、どうせ相ベットになるなら、男女の方がいい。別のガマンが必要にはなるが。
そうやって相ベッドした時、相手は翌日になればお別れとなる。その後会うことなんてない。
だが、ジャミスとは明日以降も顔を合わせる。あまり意識しすぎても、翌日以降が気まずいだけだ。
だから、ジャミスとの相ベッドはなるべくは避けたい。
しかし、ジャミスはあまり気にしていないようだ。
「そっか……。クリプスは宿の達人でもあったのじゃなぁ」
「なんだよ、宿の達人って」
「野宿でも、宿屋でも凄いということじゃ」
(まだ酔ってないよな……?)
今日は二人でピケットと呼ばれる安ぶどう酒を飲んでいる。ピケットは二番搾り的なぶどう酒で、搾ったぶどうを再発酵して生産する。
ワインよりも低アルコールで、水代わりだったり、生産農家だったり、裕福では無い人が飲んだりする。
ジャミスは別に酒は高級でなくてもいいらしい。飲めればいいというタイプだと言っていた。それはありがたいし、クリプスも同じタイプで気が合う。
クリプスの場合は、ケチるためだが。
もしかしたらエールと違う酒なら酔ってスッと眠ってくれるのではないかと思ったが、結局ジャミスが酔うこともなく、ベッドに関する結論は出なかった。
★
食事が終わり、二人は部屋に戻ってきた。
扉を開けると、やっぱりベッドは一台しかなかった。
当然の話だが、ベッドが自然に増えるわけがない。
そんなスペースもないし、勝手に増えてたら怖い。
もし増えるのなら、朝には部屋いっぱいのベッドで埋め尽くされているだろう。押しつぶされて永遠の眠りになってしまう。
やっぱり、このベッドで二人で寝るのだ。
「明日は早く出るかのう。山の中で日が落ちたら最悪な事態じゃからな」
「そうだね」
明日のために荷物の整理をして、二人はベッドに入ることにした。
クリプスがあとだと入りにくいので、先にベッドに入る。
そしてクリプスのいるベッドに、ライトアーマーを外してボディスーツだけの薄着になったジャミスが平然と潜り込んできた。
その行動に、
(ジャミスは、俺を特に何も思ってないんだろうなぁ……)
とクリプスはちょっと寂しい気持ちになる。前にドラゴンと人間だとも言ってたし。
とはいえ顔見知りと相ベッドは、普通には寝られそうにもない。
クリプスはジャミスに背を向けて寝ることにした。
(…………)
あつっ!
なんだか暑い。
今日はこんなに暑くない、はず。
この暑さ、背中で感じる。
となると、ジャミス?
見た目は人間だが、彼女はドラゴンだ。
ドラゴンって体温高いのだろうか。ドラゴンがどういう生き物か知らないので、よく分からないが。
背中にジャミスの存在を感じる。
寝返り――かどうか分からないが、身体を向こう側に向けた。今は互いに背中合わせ。
そっちじゃなくてこっち側を向いて後ろから抱きついてきたら、ちょっとは期待もあるんだろう。
その気配すら無いということは、ジャミスはクリプスのことを、
(歯をきれいにする旅のパートナー)
ぐらいにしか思っていないのかもしれない。
まずジャミスが抱きつくとか、そんなことするとは思えないが。
そんなイベントが起こることもないと思うと気分もスッキリしたし、暑いけど別のガマンよりは問題なさそうだ。
(ま、寒いよりはいいな)
ちょっと鼓動の早いクリプスは、疲労からか落ちるように寝てしまった。
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