第10話 ガスターブ村村長の感謝な贈答品

 まぶたを貫くまぶしい光で、クリプスは目が覚めた。


 そこは屋外。

 宴の途中で眠った――というより、落ちてそのままだったらしい。



 昨晩。

 体内の水を出したジャミスが戻ったあと、しばらくして大声でジャミスに呼ばれた。

「クリプスゥ。みーんな倒したぞぉ。さあ、勝負じゃあぁ! こっちへ来るがよぉい!」

 と、上機嫌なジャミスが大量のジャグを持っていた。


 ジャミスの周囲に座っている人はいない。

 本当に飲み潰したのかもしれない。


 約束したので仕方ない。

 ジャミスが村人たちと勝負していたテーブルに、クリプスは移る。

 そこには、空になったジャグが大量に並ぶテーブルと、周囲に倒れている酔い潰された村人たちの地獄絵図。

 そしてジャグを片手に完全に目の据わっているジャミスがいた。

 さっきよりひどい。


「さぁクリプス、勝負じゃあ! 勝ったらなんでも言うこと聞いてやるぞぉ?」

 ジャミスがドンッと音を立てながら、ジャグをテーブルに置いた。

 冷静に見なくても、かなり酔っているように見える。


 これだけ飲んでいるし、この状態。

(もしかして……)

 と期待はしたが、結果はジャミスの優勝だったのだろう。こうやって倒れていたってことは。

 多分、人類では勝てないと思う。


 周囲を見回すと、ジャミスに飲み潰された村人たちが倒れている。昨晩は暗くてよく見えなかったが思ったより数が多く、死屍累々という言葉がふさわしい惨状だ。

 でも、こんな状態になれるほどに、この村は平和だという証明かもしれない。


「お? 起きたか、クリプス」

 ジャミスは軽く身体を動かしていた。あれだけ飲んだのに、ケロッとしている。どんだけ酒に強いんだ。


「いやぁ、あんなの飲んだのは久しぶりかもしれん」

「俺は初めてだよ」

 記憶をなくすまで飲むなんて。


「まさか、おぬしがあんなに強いとはな。もう少し続いていたら、負けていたかもしれん」

「まだ飲めたの!?」

「ああ。たまには、こういうのもいいかもしれんな」

「たまにならね……」

 しょっちゅうあったら、たまったもんじゃない。


   ★


 その後、村長が来てほしいと言っていたという話を聞いたので、クリプスとジャミスは村長の家に向かった。

 飲み比べに巻き込まれた村長は、まだ少しふらふらしている。


「いやあ、村の危機を救ってくれてありがとう」

「この村に用事があったので、ついでですよ」

「お礼に、好きな木工製品をプレゼントしましょう。我が村は多くの木工製品を作っています。好みの木工製品もあるでしょう」

「それなら――」


    ★


 クリプスとジャミスは、ガスターブ村をあとにした。次へ向かうため、森の中の道を歩く。


「で、なにを貰ったのじゃ?」

 クリプスは一つの少し大きめな袋を持っていた。

「これさ」

 クリプスが袋から取り出したのは、木片だった。片方は先端が尖っていて、反対側はヘラのように平面部分のあるものだった。


「楊枝の代わりさ。これならジャミスの歯も掃除出来るからね」

「そうか……」

 そう言うジャミスの声には、元気がなくなっていた。


「ということは、この旅も終わってしまうのか?」

「終わり――と言いたいところだが、木だとすぐに使えなくなるだろう。だから木片は大量に貰ってきた。俺は王都オータムハイブを目指そうと思う。そこには貴族がアクセサリー代わりにもするという金属製の楊枝があると、ニュータルク村の道具屋で聞いた。だから、俺はそれを手に入れようと思う」

「オータムハイブか……随分遠いのう」

「必ず帰ってくるから、心配しないでくれ」

「ん? 何を言っておるのじゃ? わっしも行くぞ?」

「え!?」

「これはわっしの歯を綺麗にする旅じゃぞ? わっしの歯はまだ綺麗になっておらん」

「いいの? ホントに? しばらく帰って来れないよ?」

「構わん。どうせ暇しておったし、地下迷宮に籠もる生活も疲れた。それに、ニュータルク村を見て思った。いつの間にか世の中は大きく変わっておる。わっしはそれをこの目で確かめたいのじゃ」

「そう言うなら、行こうよ。世界を見に」

「うむ。それにな……」

「それに?」

「クリプスとの旅は楽しいからのう。もっと続けたいのじゃ!」

「そう。よかった」

 クリプスは冷静を装うが、女の子に満面の笑みでそう言われるのは嬉しい。

 それに、クリプス自身もジャミスといて楽しいとは思っている。ずっと一人だったのも、その気持ちを加速させているだろう。


「ところで、ジャミスは村長から何を貰ったんだい?」

「わっしか? これじゃあ」

 そう言うと、ジャミスは肩上に手を持って行って、親指で背中の方をさす。

「?」


 クリプスが後ろに回ってみると、その背中には『ガスターブ』と鞘に書かれた木剣があった。ジャミスが道具屋で欲しがっていた、アレだ。

 クリプスが買ってくれなかったので、ジャミスは村長におねだりしたということだ。


「どうじゃ? かっこいいじゃろう」

 ジャミスはクリプスの方へ振り返って、ニッと笑う。満足そうな顔だ。


 もっといい物が貰えただろうに、欲しがっていた木剣で満足するなんてジャミスらしい。


「わっしは世界を巡って、各地の木剣を集めて回るぞ!」

「やめて! それだけはやめて!」


 この旅、楽しいかもしれないけど、苦労する予感しかしない。

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