第9話 伐採所の迷惑な魔法使い捕獲――そして宴へ

(まさか、こんなことになるとは……)

 クリプスは一人、姿勢を低くして木や茂みに隠れながら移動していた。移動中に見つからないか、少し緊張する。


 そして着いたのは、茂みから小屋の入口まで一番近いと思われる場所。

 近いと言っても、ここから全力で入口まで走っても、大体20歩ぐらいはある。飛び出してから着くまでに5秒ぐらいだろうか。

 その間にあの小屋にいるであろう魔法使いが、どう動くか。


 小屋の中にいるのなら、出てくる間に距離を詰められる。


 ジャミスが提案したこの作戦がうまくいくかどうかは、やってみないと分からない。

 ただ、今はジャミスを信じるしかない。それしか方法がなかったからだ。


 先陣を切るクリプスは、しゃがんだままソードをそっと抜いた。

 恐怖からの手の震えも無いし、自然と落ち着いているのが、自分でも分かる。


 ジャミスのドラゴン体と戦う前もそうだったが、不思議な感覚だ。

 戦闘が好きという気持ちは全くない。普通なら逆だ。

 そのおかげで、ためらわなくて済む。


(……うん。行ける)

 クリプスは茂みから飛び出した。


 直後、小屋の扉が勢いよく開け放たれる。壁に当たった扉がドンッと大きな音を立てて、森の中の伐採所に響いた。


 姿を見せたのは、黒いローブでフードを目深に被った、細身で長身の人。顔は見えないので、表情も年齢もどういう人かも分からない。

 ただ、その魔法使いは小屋を出てくるなり、すぐにクリプスの方を見てきた。

 気付かれるのが、想定より早すぎる!


 魔法使いが右腕を振るうとクリプスの身体を衝撃が襲い、地面にあお向けで倒れ込んでしまった。


(いっってぇえぇぇぇ……)


 声も出せない状態だが、その強い痛みがまだ生きていることを実感させる。

 これはきっと風魔法かなんかだろう。


 今時の魔法使いは、スタッフやワンドなどの道具で魔法を増幅させて魔力の消費を抑えたり、威力を高めるのが一般的だ。長年修行でその状態に持って行くより、その方が効率がいいからである。

 もちろん、修行して道具を使えば、その分強くはなれる。そういう人だっている。


 この魔法使いは何も使わずに、この威力……。

 実はとんでもない魔法使いを相手にしているのかもしれない。


(おっもしれぇ……)


 クリプスが身体を起こすと、魔法使いの動きが一瞬止まった。

 もしかしたら、あれで倒したと思ってたのかもしれない。


 こうやって魔法に耐えられるのは、ジャミスから貰ったドラゴンアーマーのおかげだろう。なければ、死んでいたかもしれない。

 ドラゴンアーマーを見ると、傷一つなかった。これなら安心して戦える。


「逃げんなよ? おっさん」

 ようやく声が出せた。これなら問題なく反撃出来そうだ。

「さっきのお礼、何倍にもして返してやる!」

 クリプスが体勢を立て直してソードを構えると、魔法使いはローブをひるがえして逃げようとした。


 だが魔法使いの目の前には、迫るジャミスの姿。

 クリプスと対峙している間に、ジャミスが反対側から来ていたのだ。


「残念じゃったな」

 次の瞬間、魔法使いの顔面にジャミスの拳がめり込んでいた。


 殴り飛ばされて飛んできた魔法使いに、クリプスはソードの柄頭で追い討ち。

 こんなおっさん斬りたくもないし、ソードが汚れる。ジャミスが殴っているし、これで十分だろう。


 ジャミスとクリプスに殴られて地面に叩きつけられた魔法使いは、ピクリとも動かなかった。


 近付いてきたジャミスが、倒れた魔法使いを見下ろす。

「ちぃーっとやりすぎたかのう」

「いいんじゃない? 二度と変な気を起こさないよう、これぐらいやっておけば」

 クリプスはそう言いながら、持っていた縄で魔法使いの腕と足を縛っていく。


「手慣れておるな。よくやっておるのか?」

「まぁ、盗賊とか追いかけられたりしないように、縛ったりはね」

「まさか、わっしのことも縛ろうとしたりは……」

「しないよ? そんな趣味ないし」


 恐怖におののくジャミスを見て、

(変なところで人間臭いなぁ)

 と思う。

 そういう部分が、ジャミスがドラゴンではなく一人の女にしか見えない原因かもしれない。


 そんなことを考えつつ迷惑系魔法使いを縛り上げると、近くにあった荷車に載せた。

 このおっさんは村人たちのところへ連れていこうと思う。伐採所に平和が戻ってきたことを知らせるために。


「行こう。元に戻ったガスターブ村へ」

「そうじゃな」

 クリプスが荷車を引いて、ガスターブ村へと戻ることにした。


    ★


 村へ戻ると、村人たちが集まってきた。

 荷車に乗った人物が占拠していた魔法使いだと告げると、歓喜に沸いた。


「こいつが伐採所を占拠してた魔法使いか。その面、拝んでやるぜ!」

 そう言った村の若者がフードを剥ぐと、そこにはハゲ上がった老人がいた。

 これが迷惑系魔法使いの正体である。


「……ごめん。さっき『おっさん』とか言ったけど、じいさんだったわ」

「若く見られたから、よかったのではないか?」

「そうかなぁ。まさか、こんな老けたじいさんとはな……ジャミスに殴られて一気に老けたかな?」

「動きはそんな感じじゃなかったな。あの時若い姿だったのかもしれんが、魔法が解けたかもしれぬな」

「魔法で若返られるのか? 恐ろしいな」

「まぁ、変身魔法みたいなもんじゃろう」

 そう言えば、ジャミスはドラゴンから人間に変身していた。同じことか。


「なぁ、むずかしいことは考えんな! 今日は村を挙げての宴だ!」

 村人の一人が叫ぶと、村は一気に祭りモードへ突入した。

 美味しい料理と酒が振る舞われ、村中が盛り上がる。



 明るいうちから行われた宴は、日が沈んでも続いていた。ジャミスのいるテーブルにはいくつものエールを運ぶためのジャグが並び、飲むためのマグが少量しかない。

 そして、周囲には男たちが地面に倒れている。


 これはジャミスに飲み比べを挑んで散っていった、無謀な村人たちだ。

 最初はジャグからマグに注いで飲んでいたエールも、次第にジャグから直接飲むようになって、この惨状だ。

 そして、村人たちを倒したジャミスは、イスに座ったまま目が据わっている状態だった。


「どうした? 姉ちゃん、さすがに酔ったか?」

「いいや、まだまだじゃ。ただ、飲みすぎて少しも胃に入りそうにないわい」

 ジャミスは立ち上がると、

「ちょっと休憩じゃ」

 と、ふらふら歩き出した。どんな時も弱みは見せない。


 そしてやってきたのは、宴の輪から少し離れたところのテーブル席にいたクリプスの元だった。ジャミスは近くにあったイスを引き寄せて座る。


「おぬしはあまり飲んでおらんようじゃのう」

「俺が酔いつぶれたら、ジャミスに何かあった時に助けられないと思ってさ」

「わっしの心配しておるのか?」

「ああ」

「それなら心配いらぬ。わっしは酒に強いしな」


(ホントか?)

 クリプスはジャミスの据わった目を見ながら思う。


「昔から、強敵は酔い潰して寝込みを襲う者がおるからな。そう簡単には酔い潰れぬぞ」

 とは言うものの、ジャミスは左右にふらふらとしている。確かにまだ酔い潰れてはいないが、時間の問題のような気がする。


「それに、わっしはまだ酔っておらぬからな!」

「それ、酔っ払いが言うセリフだよ!!」

「なんじゃ? おぬしもわっしを酔い潰して、寝込みを襲いたいのか?」

 それ、どういう意味で取っていいんだろう。


「ということで、わっしと飲み比べしたいのなら、いつでもよいぞ」

 と言ったジャミスは立ち上がり、ふらふらとどこかへ行こうとしている。


「どこ行くんだい?」

「身体ん中がエールでたぷたぷじゃ。少し出してくる」

 そう言って、ジャミスは森に消えていった。


 …………。

 少し心配だが、ついていくわけにもいかない。

 ジャミスが身体から水を出している現場には。

 それはいくらなんでも失礼だろう。

 どうしたものか……。


 クリプスが考えあぐねていると、ジャミスが戻ってきた。

 足取りがシッカリしている。

 出したからか?


「クリプス! わっしと勝負するか?」

 元気になったジャミスは手でマグを傾ける動作をした。飲み比べをしたいらしい。


 クリプスは少し考える。

「……やっぱりどっちか潰れると不安だから、不安要素が無くなったら勝負してもいいよ」

「それは……他を全員潰してこいということか? よっし。ちょっと待っておれ」

 ジャミスは腕をぶんぶんと回しながら、さっきまでいた飲み比べ勝負のテーブルへと戻っていった。


(まだ何人もいる。さすがに入らないだろう。あれだけ飲んでるんだし)

 クリプスはそう考えた。だが、これは間違っていたとあとで知ることになる。




 宴は夜遅くまで続いた。

 ジャミス以外が全員酔い潰れるまで。


「やはりわっしは強いのう! ガッハッハ」

 村中に勝者となったジャミスの笑い声が響き渡った。

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