木工の村ガスターブへ

第5話 草原の下品な盗賊たち

 この地下迷宮をよく知るジャミスの案内で、外まで最短ルートで出てきた。

 出てくる途中、ジャミス討伐が目的であろう冒険者たちとすれ違った。

 誰も、ジャミスがファイアレッドドラゴンだとは気付かなかった。

 ま、見た目は赤い髪の女の子だ。誰もファイアレッドドラゴンだとは思わないだろう。


 こうして出てきた地上。

 背後は山。そこに地下迷宮の入口がぽっかりと開いている。

 それ以外の方向は草原が広がっていた。周囲に人影は見えない。


 まだ陽の高い久しぶりの屋外は、

(空ってこんなに青かったっけ?)

 とクリプスに思わせた。


「んっ……」

 手を組んで空に向かって上げ、伸びをするジャミス。風に揺られる赤くて長い柔らかな髪は、陽に照らされてキラキラと輝いていた。

「平和じゃのう」

 そうつぶやくジャミスの姿に、少し後ろに立っていたクリプスは見とれてしまう。

 見ているのに気付いたのか、ジャミスがこっちを振り向いた。


「なんじゃ? わっしをジッと見て。惚れたか?」

「いや、そんなんじゃ……」

 言われて、クリプスはつい目を逸らしてしまった。


「わっしはドラゴンじゃぞ? ドラゴンを狩ろうと敵視する人間はおっても、惚れるような人間なんざおらんぞ。おったら、よっぽど特殊な奴じゃ。それに、モンスターと結ばれようなんて、不幸でしかない。生き方が違うからのう」

「今は……一人の女の子だから……」

はな。中身はドラゴンじゃぞ。ドラゴンとしての誇りは忘れてはおらん」

「だけど、ドラゴンの時のような圧倒的強さが無い。だから俺を連れてきたんだろう? なにかあった時の護衛として」

「ふっ。よく分かっておるではないか。では行くぞ。ニュータルクの村へ。場所は昔と変わっておらぬよな?」

「いや、その昔がどれぐらい昔か分からないから……」

「あっちか?」


 ジャミスはニュータルク村がある方を指さした。方角は合っている。


「ま、ここに何かが通った跡があるからな。それで分かったのじゃが」

 ニュータルク村がある方角の地面を見ると、確かに小さな道が出来ていた。来る時は、そんなこと気にしていなかった。何人もの冒険者が通り、自然と道が出来たのだろう。

 この道を帰った者は少ないのだが。


「さ、行こうかの」

「ああ」


 クリプスとジャミスはニュータルク村へ向けて歩き出した。

 日差しは暖かく、草たちを撫でていく風で柔らかな音が奏でられている。地下迷宮では体験出来ない感覚に、外に出てきたんだと実感する。


(ああ、外っていいなぁ……)


 と思っていたのも束の間。

 しばらく歩くと、


「へへへへへ……」

 大柄の男二人が、道を塞ぐように立っていた。


「いい装備持ってんじゃんか、兄ちゃんよぉ」

 ダガーを持った男が言う。


「そっちの姉ちゃんは……上物だな。へっへへへへ……」

 下品な目つきをした、スティレットを持った男が言う。


 盗賊だった。

 盗賊が持っているのは、どちらも短剣の一種だが、鎧の隙間から刺せるような武器だ。パワー馬鹿な盗賊では無いと思われる。


 クリプスにとって盗賊は初めてではないし、襲撃されれば撃退している。

(大丈夫。怖くは無い)

 クリプスはソードを抜き、盗賊とジャミスの間に立って構えた。


「おっ? 女の前で騎士ナイト様気取りかぁ?」

「そんな汚い目でジャミスを見るな!」

「汚い目じゃないよぉ? おいしそうなものを見る目だよぉ? へっへへへへ……」

 声が完全にふざけている。下に見られているようだ。

 きっと、失敗したことは無いのだろう。

 腕に自信がある。もしくは、確実に勝てる相手だけを襲っているか。


 残念だが、こいつらの盗賊生活はここで終わりだ。ジャミスや他の冒険者を守るためにも、退治しておいた方がいいだろう。


「よく目に焼き付けておけ。お前らが最後に見る風景だからな」

 クリプスは言葉で威嚇する。これで引いてくれたらいいのだが、そういうことはなさそうだ。


「ずいぶんと自信満々だな……ということで死ね!!」


 ダガーを持った大男が腕を振り上げた。

 スキだらけだ。

 こんなので、よく盗賊生活を続けてこられたと思う。


 まぁ、ジャミスの手前、今後のためだ。

(ちょっと派手に倒して、ジャミスに安心してもらおう)

 クリプスがそう思った時だった。

 何かがクリプスの横を素早く駆け抜けていく。


 そして次の瞬間。

 クリプスの目に見えていたのは、ダガー男の顔面にジャミスの右拳がめり込む姿。


「は?」

 殴られたダガー男はかなりの距離を吹っ飛んで、地面に叩きつけられた。ピクリとも動かない。


「うぅぅっぅぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そして顔面蒼白になったスティレット男は、情けない声を上げながら逃げていった。

 草原に静寂が訪れる。


「――――俺、いらないんじゃね? 武器も、前のままで良かったんじゃ?」

 クリプスがなんとか絞り出せた言葉が、それだった。


「何を言っておる。常にわっしがそばにいるとも限らんし、常にわっしが攻撃出来るとも限らんぞ。これは魔法で攻撃力を増しているだけじゃからな。外見はか弱い乙女じゃし」

「か弱い……? か弱い、とは……」

 乙女は肯定してあげたい。


「それに武器がなければ、おぬしはただの案内人になってしまうぞ? あそこまで来られたおぬしが、十分に強いのは分かっておる。わっしだけでは勝てぬ時が来るかもしれぬ。その時の為にも、おぬしも戦う必要があるのじゃ」

「そう……なのか? 高く評価してくれるのは嬉しいけど」


 クリプスに新しい武器が必要な理由は分かった。

 同時に、ジャミスに武器がいらない理由も分かった。

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