第4話 旅人と竜人の壮烈な旅立ち

 クリプスはファイアレッドドラゴンの使用済みドラゴンアーマーを装備してみた。サイズはピッタリで、苦しさもない。長年使ってきたレザーアーマーよりも軽く、装着感もあまりない。アーマーをつけていないようで、動きやすい。

 いい防具だというのは、すぐに分かった。

 さっきの水浴びで危惧していた臭いも、あまり気にならない。この鱗はあのスメルまで悪化する前に剥がれたのだろう。もしかしたら、ドラゴンの鱗って臭くはならないのかもしれない。ドラゴンの生態以上に誰も研究をしたことなんてないだろうから、分からないが。

 なので中古……新古品? でも問題はなさそうだ。


「ふむ……」

 ファイアレッドドラゴンはクリプスを見ながら周囲をぐるりと回り、

「よく似合っておるではないか、人間」

 と言った。満足なようだ。

 その時、クリプスはふと思う。


「ずっと気になってたけど、俺のことをずっと『人間』って呼んでるな」

「名前を知らんからのう」

「言ってなかったか? 俺はクリプスという」

「わっしはファイアレッドドラゴンのジャミスじゃ」

「……名前あったのか?」

「あるわい。みんなファイアレッドドラゴンとしか呼ばんがのう」

「名前を知らんからな」

「ま、わっしをジャミスと呼ぶのは、そんなにおらんからな。特に人間には。光栄に思え、クリプスよ」

「ああ」


「さて、あとは武器じゃな」

 防具がこんなにいい物だ。武器も期待してよさそうだ。


「武器じゃが……その辺に転がっておるじゃろ。適当に持って行ってよいぞ」

「え?」

 大広間を見回すと、周囲には確かにあちこち武器が転がっている。この大量の武器、ジャミスが使っているとは思えない。


「これってまさか……」

「最強のわっしに挑んできた命知らずなやからの武器じゃ」

「……」


 武器は普通の中古品になりそうだ。誰が使ってたのかも分からない、しかも死んだ人の。

 とはいえ、今使っているソードもボロボロだ。タダで交換出来るなら、しておきたい。


 クリプスは武器探しを始めた。

 転がっている武器は古今東西、様々なものがあった。各地方から命知らずの腕自慢たちが来ていたんだと、実感する。

 どんなに強い人でも、ジャミスの臭い息で死んでしまったとか、絶対に知られたくないだろうが。


 とりあえず落ちていた武器の中から使いやすそうなソードをいくつか拾って振り、一番しっくりきたのを選んだ。見た目は普通のソードだが、振りやすくて手に馴染む。見たところ、欠けなんかも見られない。これなら長持ちしそうだ。


「それでよいのか?」

「ああ。ジャミスは?」

「わっしはドラゴン体の時も武器は使っておらんからな。いらんいらん」

「そうなのか」

 人間体の時は弱いと言っていたが、それでいいのだろうか?


(いざとなったら、俺が護らないと……)


 だからこそ、こんな高価な防具をくれたのかもしれない。

 一方、武器はジャミスの物ですらないので、高価かどうか分からない。

 ただ、

(貧乏旅人の自分が使ってたソードよりは遥かにいい)

 というのは、選ぶ時に分かった。


 クリプスが長年使っていたソードは、代わりにここで永遠の眠りにつくだろう。

 いままで、ありがとう。



「さて、旅立ちの準備は出来た。わっしの歯の手入れの為に、まずは何をするのじゃ?」

「まずは、その歯に付いてるねばねばを取ろう。そのための道具を探しに行かないと」

「さっき爪で取っておったではないか。同じじゃいかんのか?」

「さっきは俺の爪で取ったけど、何回もしてたら俺の指まで臭くなりそう」

「ひどい奴じゃな」

「まず、近くの村に行って情報を集めよう」

「近くの村って、ニュータルク村か?」

「ああ」

「前回外へ出た時に行ったことはあるが、あんなしょぼくれた村で何か見つかるかのう」

「しょぼくれた……?」


 ニュータルク村は、その昔は小さな村だったという。

 その後ファイアレッドドラゴンの噂が広まると、ファイアレッドドラゴン討伐の準備で人々が集まるようになった。

 さらに旅の補給が出来ると旅の途中の冒険者も集まるようになって、今では立派な宿場村になっている。

 ニュータルク村が宿場村になって随分経つそうだが、それ以前から地下迷宮ここにジャミスはこもってたと言うのか。


 そりゃあ、体臭もひどくなるだろうよ。


「ジャミスが地下に引きこもってる間に、ニュータルクの村は変わったよ。今の姿を知らないなら、行く価値はある」

「そうか。それは楽しみじゃのう」

 そこでクリプスはふと思った。

「なぁ、ジャミスが前回外に出た時、服は着てたのか?」

「一応な。今回はおぬしがいるから、なしでもいいかと思ったのじゃが」

「そんなわけないでしょ!」

 見た目が人間なのに、ジャミスは人としての常識が欠ける。ちょっと大変な旅になりそうだ。

 でも、ちょっとワクワクしている自分がいる。

 今までとは違う、新しい旅の始まりに。


「それでは行こうかのう。わっしの口を手入れする旅に」

「ああ」


 目的があまりおおぴらに言えないようなことではあるが、こうして流浪の旅人と人間の姿になったファイアレッドドラゴンとの、変な旅が始まるのであった。


 まずは、近くのニュータルク村へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る