第2話 赤い竜の鮮烈な水浴び
「ん……」
クリプスは気が付いた。
あれからどれくらい時間が経っただろうか。
意識が戻ったということは、生きているということ。
ドラゴンの体臭で死ぬという、口臭とどっちがマシか悩む死因にならなくてよかった。
クリプスは目を少し開けると、ぼんやりと人の顔が目に飛び込んできた。
いや、実は死んでる?
ここは天国か? それとも地獄か?
「おっ? 起きたか、人間」
意識がハッキリしてくると、マントを羽織った人間体のファイアレッドドラゴンがのぞき込んでるのが見えてきた。きれいな顔立ちだ。
どうやら仰向けにされたようだ。そしていわゆるヤンキー座り状態で、ファイアレッドドラゴンが上からのぞき込んでいる。
「よかった。生きてはいるみたいじゃったから、どうすればよいか困っていたところじゃ」
「親父の口臭で鍛えられていたから、なんとか体臭でも死なずに済んだみたいだ……」
「死んだら、今後どうすればいいか困っておったぞ」
「なあ、ファイアレッドドラゴン。風呂とか入っているか?」
「いいや。水浴び場は有るんじゃが、この身体に変身しないとそこまで行けないし、水浴び中は無防備になるからのう。この身体だと、力は大幅に落ちるし……そうじゃ!」
ファイアレッドドラゴンは何か閃いたようだ。
「人間。わっしの水浴び中、護衛をしてくれないか」
「護衛?」
「ここまで来られたのなら、それなりに強いのじゃろう? 頼むっ!」
さっきまで戦っていた(というよりは、一方的にやられた気もするが)ファイアレッドドラゴンに奇妙なお願いをされてしまったが、断れるような空気ではない。
「分かったよ」
そう返事をすると、
「そうか! それでは早速」
と、ファイアレッドドラゴンはクリプスの手を引っ張って身体を起こさせる。そして、そのまま手を引っ張って水浴び場まで連れて行こうとした。
「ちょっと待って。俺が先を歩くから、後ろから道案内してよ」
「? 効率が悪そうじゃが?」
「ほ、ほら、何が出るか分かんないからね。俺が先に行ってファイアレッドドラゴンを護りながら行くよ」
「そうか。それなら後ろから案内しよう」
こうしてクリプスを先頭に、ファイアレッドドラゴンと水浴び場まで向かうことになった。
クリプスが前を歩く本当の理由は、
(俺が後ろだと体臭が臭ってくるから)
であるが、そのことはファイアレッドドラゴンには言わない。あの臭いのまま行けば、水浴び場に着くまでにまた気を失いそうだったのだ。
★
そしてファイアレッドドラゴンの案内で、無事水浴び場には着いた。
水浴び場はクリプスが探索していないエリアに有り、小さな入口の向こうにきれいな水が溜まっている場所があった。階段状で水に入れるようになっており、確かに水浴びは出来そうだ。
「じゃあ、俺は向こう向いてるから、水浴びできれいにしなよ」
「なんじゃ。こっちは向かないのか」
「そ、そっちからは敵とか来そうにないし」
軽く見たところ、他に進入経路は無い。この入口さえ守れば良さそうな構造だった。
それに女の子の水浴びなんて、見たい気持ちはあっても直視出来ない。見るなら、こっそりの方がいい。
「そうか。頼むぞ」
「ああ」
クリプスは通路側を向いて座り、ひざをかかえこんだ。
背後からは、人間になったファイアレッドドラゴンの動く音が聞こえてくる。
着せていたマントが床に落ちる音。彼女はこれしか身に付けていなかった。つまり、今は全裸。
そしてぴたぴたと歩く足の音。
そのあとに水の音。
さっきファイアレッドドラゴンの裸を見ているだけに、その姿をつい妄想してしまう。あの身体は強烈過ぎた。女体って美しいんだって、初めて思った。
「ふぅ……。さっぱりするのう」
背後から、ファイアレッドドラゴンの声が聞こえる。
「その……どれぐらいぶりなんだ? 水浴びするのは」
「知らん。相当久しぶりじゃ」
一口に『久しぶり』と言っても、人間とドラゴンの時間感覚は同じなのだろうか。なんだか、ドラゴンの時間感覚は長そうだ。そうでなければ、あんな強烈な臭いはしないだろう。
それからしばらくして、
「ああ、身も心もきれいになったようじゃ」
とファイアレッドドラゴンの声が聞こえてきた。水浴びは終わったようだ。
「こっち向いてもよいぞ、人間」
「いやいや、まだ裸でしょうが!」
足音の後、服を着るような音は聞こえなかった。何も着ていないと推測出来る。
「やはり、服着ないと駄目か?」
「当たり前だよ!」
かと言って、女の子の服なんて持ってない。
クリプスはどうしようと思っていたが、
「しばし待ってろ」
ファイアレッドドラゴンがそう言うと、背後から光が漏れてきた。
その光が収まると、
「こっち向いてもよいぞ、人間」
「ホントに?」
「ああ。魔法でなんとかした」
「じゃあ、その言葉を信じるよ?」
クリプスは恐る恐る、ファイアレッドドラゴンの方を向いた。
ファイアレッドドラゴンはライトアーマーを身に付けていた。その薄い金属はファイアレッドドラゴンの凹凸のある身体にぴったりと張り付くような形状で、ボディラインを浮き立たせている。ライトアーマーの下は、これまたぴったりと張り付くシースルーのボディスーツ。
まだ濡れている赤い髪が、妙に艶めかしさを出していた。
全裸でなくなったことで、初めて人間の姿になったファイアレッドドラゴンをまともに見られる。
つり目が特徴的な顔は美しく、このクラスの美女なんてそうそう出逢わないだろう。
露出は減っても、その姿は強烈だった。思わず見とれてしまう。
「ま、この身体じゃと、防御力も落ちるからのう。じゃが、わっしはゴテゴテしたのとか、ひらひらしたのは苦手でな。これで許してくれ」
「全裸じゃなければ、大丈夫だ」
「そうか。体臭は収まったかの? ちょっとこっちに来て嗅いでみてくれ」
「え?」
「自分じゃ分からんからのう」
「……」
女の子の姿とはいえ、彼女はファイアレッドドラゴン。断れば何をされるか分からない。
クリプスはそっと彼女に近付いて嗅いでみた。ほんのりといい香りがする。これは……ローズの香りだ。
「どうじゃ?」
「……いい香りがする」
「そうじゃろう? 石鹸とか言うもので、わっしが倒した人間が持っておった物じゃ。ドラゴン体じゃ小さすぎて使えないから今回人間体で使ったが、いいじゃろう?」
確かにファイアレッドドラゴンの身体からはいい香りが発せられている。
だが、嬉しそうな彼女の口から発せられる臭いは強烈だった。こっちはダメらしい。
「さて、人間。よく生き残ったな」
「ありがとう」
「ほうびに、わっしに歯の手入れを教える権利をやろう」
「は?」
「なんじゃ。今のはダジャレか? 寒いのう。わっしの知り合いにダジャレ好きがおるが、そいつと同レベルじゃぞ」
「違う。そうじゃなくて、どういうこと?」
「わっしのブレスが臭いと指摘したのはおぬしじゃろう? じゃったら、おぬしがこの口をなんとかするべきと思わんかね?」
「そう言われても……」
「――いやかね?」
その鋭い目でにらまれた。圧がすごい。こんなに美人の彼女が本当はファイアレッドドラゴンだということを実感する。
「分かった……分かったよ」
クリプスはすぐに折れてしまった。こんなの、耐えられる人はいるのだろうか。
「そうか! 楽しみじゃのう」
ファイアレッドドラゴンの表情がパッと明るくなる。
美人だけど、かわいらしい部分もある。
ファイアレッドドラゴンだと知らなければ、好きになってしまうかもしれない。
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