伝説のドラゴンのブレスは強烈すぎた
龍軒治政墫
ファイアレッドドラゴンの住む地下迷宮へ
第1話 赤い竜の強烈なブレス
その伝説は国の端どころか、遠くにある別の国にも轟き渡る。
それは、とある地下迷宮深くに住むと言われる赤い竜の伝説。
ファイアレッドドラゴン。
赤い鱗に覆われた、〈破壊王〉の異名を持つこのモンスター、あまりにも強すぎる――らしい。
特にブレスは強烈で、浴びて無事だった者がほぼいない――らしい。
挑戦した者のその後がほとんど分からないので、『らしい』というレベルでしか伝わっていない。
もし、そのブレス攻撃に耐えることが出来たら、その後の人生変わるかも?
そんな噂すらある。
確かに過去、そのブレス攻撃を受けて運良く生きて帰ってきた者がいたそうだ。
いたそうだが、その人はその後、人目を避けるように花農家になったそうだ。
なぜそうなったか、当人も話したがらない。語れないのかもしれない。本当にブレスを浴びたかどうかも分からない。
――確かに人生は変わっているが……本当はそうじゃないと思う。
こんなファイアレッドドラゴンの伝説を聞いた冒険者や腕に自信のある戦士たち、盗賊や旅人は、ファイアレッドドラゴンの住むと言われる地下迷宮を目指して集まるようになっていた。
誰が最初にこのファイアレッドドラゴンを倒すのか。
そして、そのブレスはどれぐらい強烈なのか。
誰もが見たかった。
しかし帰ってきた者は、ほぼいない状態が長年続く。
遠方から来た貧乏旅人――クリプスもまた、その伝説を聞いてやってきた男の一人だった。
両親はすでにこの世にはいない。
残されたクリスプが手っ取り早く稼ごうと村を飛び出して始めた旅人稼業。その数年にも渡る旅人人生は、いつも一人だった。
今回の旅だって、当然一人。
ファイアレッドドラゴンが強いのなら傭兵でも雇っておきたいところだが、そんなお金はなかった。
どうせ天涯孤独の身。例え死んだとしても、誰も悲しまないだろう。
それだったら、最後にファイアレッドドラゴンと戦いたい。
もし勝てたとしたら、大儲け。男として名をあげられるだろう。
もし負けたとしても、男なら伝説のドラゴンに挑んで果てたい。
そう思ってやってきたのだ。
こうして、旅人クリプスが潜った噂の地下迷宮。
迷宮自体はそんなに難易度は高くなかったように感じる。いくつもの迷宮を経験してきたクリスプには、簡単すぎるぐらいだった。
そして、この地下迷宮に潜って何日経っただろうか。どれぐらい階層を降りてきたかも、ちょっと迷うほどの下層である。
深い深いこのフロアでは、上層のフロアよりも人骨を多く見かけるのが気になった。
食糧が尽きたのか。
それともドラゴンにやられたのか。
いずれにせよ、戦い挑んで敗れた者たちの姿だ。
通路を進んでいると、どちらかといえば後者っぽい大量の骨が乱雑に積み上がっている場所があった。骨の向かい側の壁には、人が通れるぐらいの小さな穴がある。
これだけ敗れた者がいるということは、もしかしたらこの壁の向こうにドラゴンがいるのかもしれない。
クリプスは固唾を呑んだ。
ここをくぐり抜ければ、運命が変わるかもしれないのだ。
意を決したクリプスは、小さな穴を抜けた。
穴を抜けると、そこは大広間だった。
地下とは思えない天井の高く広い部屋。床にはカーペットが敷き詰められているが、ここにはテーブルなどの家具類が一切ない。とても人が住んでいるとは思えない。
クリプスはピンときた。
「やっぱり、ここがドラゴンのすみかなのか?」
いつでも戦えるよう、鞘に収めるソードに手をかけつつ、慎重に大広間を進む。
部屋の中央ぐらいに来たところで、
「……誰だ?」
大広間に突如、低い声が響く。
今、奥の方から声が聞こえてきた。
声がした方を見る。暗くて奥の方までは見えない。
見えないが、何かがやってくる。
ゆっくりと歩いてくるその一歩一歩は、重い。
やがて徐々に見えてくるその巨大な生物は、燃えるような鮮やかな赤い鱗をしていた。
全身が姿が見えるようになったところで高いところから鋭い目で睨みつけてくるソイツは、間違いなく
(ファイアレッドドラゴン……)
である。
高さはクリプスの数倍……十数倍……もっとあるだろうか。こんな巨大生物に殴られでもしたら、ひとたまりもないだろう。
横幅は十数倍どころか、数十倍かもしれない。
「ははっ」
巨大なドラゴンを前に、なぜか笑いが出てしまうクリプス。
こちらの装備は貧弱な使い古したノーマルソードと、使い古したレザーアーマー。
ここに来る前は『もしかしたら……』なんて淡い期待もあったが、実物を見ると全く勝てる気がしない。
「最後に挑む伝説にしては、大きすぎたかな……」
ボソッとつぶやいた。
「――また人間か。最近よく来るが、人間とはそんなに暇な生き物なのかの?」
「ヒマじゃない。人生をかけてきてるんだ!」
「人生を賭ける、か……。その賭けに勝てた人間を見たことはないがのう」
「ま、俺の場合は人生最後の場として来たんだけどな」
「自殺願望者か。そんな奴は初めてじゃな。ここまで来られる時点で、相当強いのじゃがのう」
「でも、あんたに勝てる気が全くしないよ。伝説のドラゴンに挑んで果てた男として、頭の片隅で覚えていてほしい」
クリスプはソードを抜いた。
これから死ぬというのに、妙にリラックスしている。いい意味で力が抜けていた。
おかしい。なんだか死ぬという気がしない。
いや、死を覚悟した後というのは、こういう気持ちなのだろうか。体験したことがないから、分からない。
「よかろう。わっしのブレスで焼き尽くしてくれる。ありがたく思え」
「行っくぜぇ!!」
これから死ぬと言っても、何もせずにはやられたくない。
クリスプは叫びながら、ファイアレッドドラゴンへ斬りかかりに行った。
と言っても、クリスプとドラゴンの距離は結構ある。走っても、レッドドラゴンのところに行くまでに時間がかかった。
それでも距離が少しずつ詰まっていく中、レッドドラゴンは大きく息を吸い込んだ。
そして、その大きな口をゆっくりと開く。
クリプスの目で、鋭い歯がハッキリ見えた。
(いっそ、食われても良かったかな? そんな体験した人いないだろうし)
クリスプはドラゴンのところまでたどり着くことすら出来ず、全身にブレスを浴びてしまった。そのまま、ひざから崩れ落ちてうつぶせに倒れてしまう。
「……ふん。運動にもならなかったのう」
ファイアレッドドラゴンは、倒れたクリスプのところへとゆっくり歩み寄ってくる。
「さて……」
ファイアレッドドラゴンは倒れて動かなくなったクリスプに向かって、手を伸ばした。
だが、
「くっさっ!!」
クリスプは倒れたまま叫んだ。
「ん?」
「くっっっっっっっさっっっっっっっ!!」
クリプスがもう一度叫んだ。
ファイアレッドドラゴンは聞き違いかと思ったが、どうやらまだ生きていたようだ。
「生きているのか? わっしのブレスを浴びて」
「いや、これシャレにならんって! 死ぬかと思ったぞ!」
クリスプは床に手をついて、身体を起こした。
全身を見回したが、異変は無い。
「ばかな……わっしの灼熱のブレスを浴びたのじゃぞ?」
「いや、灼熱どころか生温かい感じだったけど」
クリプスは平然と答える。
「なに……? ふむ。確かに高温なら、カーペットに異変も起きておるな……」
どんな時も冷静なファイアレッドドラゴン。
「というか、生温かいのか?」
「ああ。そして臭い。死ぬほど臭い!!」
「そうなのか? わっしはよく分からないのじゃが」
「多分、みんなはあまりの臭さで気を失ってたんじゃないかな?」
「おぬしは平気なのか?」
「俺の親父は息が臭かったからな。小さい時からそんな親父の英才教育で、臭い息は平気なんだ!」
嬉しくない思い出だが、親父の残してくれた役に立ちそうも無い能力だった。まさかこんなところで役に立つとは。
「そうか……」
「なぁ、ファイアレッドドラゴン。今まで倒れた人はどうしていたんだい?」
「ん? 部屋の外にポイッじゃ。おぬしもそうしようと思っていた」
「ああ……」
部屋入口の向かいに骨が積み上がっていたのは、この臭いブレスで死んだか、気を失ったまま死んだ人たちなのだろう。死因が臭い息とは、かわいそうに。
「わっしのブレスを耐えた人間は初めてじゃが、まさか灼熱ブレスではなくて、臭いブレスだったとは……」
「気付けてよかったな、ファイアレッドドラゴン」
「時に人間。口の臭いが気になる時は、どうしているのじゃ?」
「俺の親父みたいに気にしないのもいるが、気になる人は歯の手入れをしているな」
「そうか……。しばし待て」
ファイアレッドドラゴンがそう言うと、全身が光り出した。
そのまばゆい光は、段々と小さくなっていく。
やがて人と同じぐらいの大きさまで小さくなると、光は散った。
「うむ。これでよかろう」
「は、は、裸だよ!」
その場にいたのは、燃えるような赤く長い髪が特徴的で、クリプスよりも少し背が高い女の子だった。
その赤い髪よりも特徴的なのは、全裸だということ。
クリスプはつい、両手で目を隠してしまう。それでも目に焼き付いた出るところの出た曲線的な身体は、今後忘れられそうもない。
「なんじゃ? さっきまでも裸だったではないか。おぬしも、わっしの裸をずっと見ていたであろう?」
ややハスキーな女の子の声だが、口調はさっきのファイアレッドドラゴンだ。この女の子がファイアレッドドラゴンなのは、間違いなさそうだ。
「ドラゴンと女の子じゃ、同じ全裸でも意味が違うよ!」
「そうか?」
「今のあんたは、どう見ても人間の女の子……ていうか、女の子だったんだな」
「わっしはメスドラゴンじゃぞ? 言ってなかったか?」
「言ってないよ! ちょっと待って」
クリプスは立ち上がると、目を逸らしてなるべくファイアレッドドラゴンの裸を見ないようにしつつ、近付いた。
そして羽織っていたマントを脱ぐと、
「とりあえず、これを……」
クリプスはジャミスにマントを着せた。
だがその時、ふわっと臭ってきた。
「うっ……これは」
クリスプは顔を歪ませる。
ファイアレッドドラゴンから臭ってきたのは、口臭じゃない。
体臭だ。
さっき浴びたブレスよりも、強烈に臭い奴。
クリスプはブレスを浴びた時以上に全身の力が抜け、ひざから崩れ落ちた。
「おい、人間! 人間! にんげ――」
床にうつ伏せで倒れたクリスプの耳に、ファイアレッドドラゴンの声が聞こえてくる。
だが、その呼びかけは段々と遠くなっていった。
もうちょっとかっこいい最期を迎えたかった人生だった。
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