幕間 友達といちゃいちゃランチ(戦場)

 昼休み、弁当を持ってお気に入りの昼食スポットへと向かおうと席を立ったその時、友人の美咲に声を掛けられた。


「あ、柊和いつもの?」

「ええ」

「今日は私も行っていい?」

「もちろん、かまいませんよ」

「ありがと~! じゃ、一緒に行こ!」


 クラスの中では私のお堅い口調もいつものこと、美咲には気にする素振りもない。

 美咲は手に弁当を持って私の肩を急かすように押した。




——…………。


「んん~~~! やっぱここ落ち着くぅ~!」

「ふぅぅ、うん。ほんとに」


 吹き抜けるさわやかな風を身に感じながら、ようやく気を抜いて油断できると私は一息ついた。


 向かったのは人気のない校舎裏の竹藪、そしてその中にポツンと設置された木製のテーブルとベンチだ。

 私が一年の頃に学校をぶらついていた時、竹藪の中に続く階段とも呼べないような段差を見つけて、軽く探検してみた結果見つけた秘密のスポットだ。


「いっつも気になるけど、ホントなんでこんなとこにこんな穴場スポットが?」

「さあ? ずいぶん昔からあるのはなんとなくわかるけど、全然使えればそれでいいんじゃない?」

「まあね。昔の人に感謝!」


 見つけたときにはブルーシートで覆われていた木製の机と椅子も、おかげで雨風にさらされてもカビ一つ生えていなかった。どころかニスの加工がまだ残っている。


「で? 今日はどしたの?」

「どうしたって?」

「いつもは昼食一緒に食べる友達がいるでしょ?」

「いや、なんか皆学食行くっていうから、弁当の私だけハブられちゃって」

「なんでよ、食堂で弁当食べればいい話じゃん」

「もう……! たまには柊和とも昼ご飯たべたかったの! この言わせたがり!」


 しまった、野暮なことを言ったかもしれない。

 今日は考え事が頭をぐるぐるしてて気が回ってないな。気を付けないと。

 拗ねるようにむすっとした美咲に対して、子供みたいだと笑いながら交渉してみる。


「そっか、ごめん。おかず一つ上げるから許して」

「許す」

「はやっ」

「だってそれ護君のお手製でしょ? 開けて開けて! てか一つ選ばせろ!」

「あ~はいはい、そう急かしなさんなって」


 護の手作り弁当に食いつく美咲。多分何もなくてもいくつか強奪されてたろうなって、これまでの経験で簡単に予想がつく。だって合意の上で持っていかれたときの方が少ないし。

 ていうか、本当は私と一緒にというよりもこれが目的なんじゃないかと思うくらいだ。


「ほれ!」

「わぁぁぁぁぁあ!」


 美咲のそれはまるで宝箱でも開けたようなリアクションだけど、私にもその気持ちがわからないではない。何を隠そう、護の弁当を食べるこの時間は、私の毎日の楽しみとして日々の活力になる程度には楽しみにしているぐらいだ。


 だって、見よこの弁当を!

 今日はハンバーグが中心のメニューで、ミニハンバーグがいくつかと、それに合わせるソースを王道のデミソースからさっぱり目のポン酢など数種類、加えて野菜やデザートのイチゴまで添えて色合いから栄養まで、完全に隙が無い弁当だ。


「ハンバーグだ! 大当たりじゃん!」

「あ~ダメ……あげるのがもったいなくなってきた……」

「ちょっと! こんなの見せられて結局お預けとか絶対許さないよ!」

「ぐうぅぅぅぅ!」 


 加えて恐ろしいのがこの弁当には、というか護が作るこれまでの弁当には、ただの一つも夕飯の残りなどが使いまわされていないことだ。

 楽をするのは大事なことだと思うし、護の夕飯は絶品なんだからたとえ、使いまわしでも文句なんて言いようがない。作ってくれるだけで感謝に堪えない。

 それでも徹底して手を抜かないのが護の矜持を感じさせる。


「ほれ……! 気が変わる前に持っていけ! この泥棒め!」

「自分からくれるって言ったくせに……」

「私のバカめ……!」


 ちゃんと考えてからモノを言えこのバカ!

 唇をかんで三つしかないハンバーグのうちの一つを差し出す私に対して、美咲は満面の笑みで自分の弁当箱を受け皿に差し出した。


 そうしてなんだかんだ幸せな弁当に舌鼓を打っていると、美咲がため息をついた。


「いいなぁ……なんで私の家に生まれてくれなかったんだろ、護君」

「ふふ、これが運命というものなの。諦めなさい」

「正姉の余裕むかつくぅぅぅ!」

「なにその単語……正妻みたいな……?」


 いるのか? 偽姉が。

 偽姉なんてお姉ちゃん許しませんけど?


「私もなんとかして義姉に……」

「あんた姉妹いないんだから無理。うちは親もいないから親同士の再婚の線もない」

「つっこみづらい家庭環境を持ち込まないでよ!」


 まったくもうと言いながら美咲は弁当をかきこむ。


「護の姉になるには最低でもそれくらいかき回す覚悟がなきゃね……というか」

「……まみよ?(なによ?)」


 目の前で弁当をもぐもぐして腑抜けた面をしているバカたれに核心を突く一言を。


「姉なんて回りくどいこと言ってないで彼女を目指せばいいでしょうに」

「……………………」


 もぐもぐしていた頬が動きを止め、視線はすーっと私から横に逸れていく。

 ただ、その顔は少しづつ赤くなって。

 まったく本当に……。


「姉だなんだと回りくどい言い方するけど、結局は好きなんだから」

「ち、違うし……」

「嘘だね」

「ホント違うって!」

「違いません~。一年以上見てれば誰だって分かりますぅ。というか美咲って見ててめっちゃわかりやすいからね。護が鈍いだけで」

「違う違う違う!」


 段々駄々っ子みたいになりだした美咲は、手と首をぶんぶん振って否定する。


「私がなりたいのはお姉ちゃんなの! か、彼女とかそういうのじゃないし!」

「なんでそこまでして姉にこだわるわけ? そこが全然わかんないんだけど」


 美咲が護を好きなのは間違いない。私の眼がよほど節穴でもない限りそんなことはありえない。まず間違いないと確信してる。

 美咲だって私相手にまさか本気で誤魔化せると思ってないだろうに、それでもず~っとこの調子だ。

 何か理由があるんだろうけど、私としては好きならそうと教えてもらわないと困るのだ。

 もし……万が一、本当に護にそういう相手ができるなら、私だって……心の準備くらいほしい。


 美咲は頬を膨らませながら恨めし気に私を睨む。

 それからまさかの行為に走り出す。


「ぬあああああああ!」

「うわっ⁉」

「あむっ! もぐもぐもぐもぐ」


 私の弁当箱から最後の一個になったハンバーグをかっさらって、それと一緒に自分の弁当箱のご飯をかきこんでしまった!


「ちょっと‼ 私の楽しみにとっておいたハンバーグなのに‼ なんてことを‼」

「ふんすっ……!」


 ごっくん、と、音が聞こえてきそうな動きを美咲の喉がしてみせる。

 う、うそでしょ?

 そんな……こんな残虐な行為が許されてたまるの?

 私、もう白米とソースしか残ってませんけど……?


 戦慄する私をよそに、美咲はびしっと私に指をさした。

 

「ていうか! 柊和にそういうこと言われるのが一番むかつく!」

「はあ……? なんでよ?」

「なんでも! 私先帰ってるから!」


 そういって、いつの間にか食べきっていた弁当をまとめて、美咲はその長いポニーテールを揺らしながらぷんぷんと去って行ってしまう。

 激怒といってもあれはあまり後に引きずらない怒り方だと付き合いで分かったからそう焦ることはなかったけど、結局わからないことが増えるだけの結果に終わってため息をつく。


「私に言われるとって……? 全然わかんないし……」


 わかんないものはわからない、私はあきらめて次のことを考える。

 ハンバーグを奪ったのは切腹物の重罪だけど、どうやら怒らせたのは私らしい。

 怒らせたお詫びに、今度コンビニスイーツでも捧げるとして、今度は何をささげようか。ケーキはこの前買ったし……ブリュレかな、私も食べたいだけだけど。


 甘いもののことを考えながら、残った白米を一人さみしく食べるのだった。









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