不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく
桜乃マヒロ
これからはじまる生徒会
姉弟の日常
私の日常は弟で始まる
—— 九月五日 七時〇〇分 橘柊和 ——
「――えさん」
——声が聞こえる。
聞こえきてしまった。
私の幸せを妨げる声が。
私はただ、いつまでもこのままでいられるだけで、それで十分なのに、どうしてこんな簡単な願いさえ許してくれないのだろうか。
「姉さん!」
ああ、ダメ。どうしても許されないならせめて、あと少しだけ。
そう、せめて――
「あと五分……」
「ダメだよ! そう言っていっつも起きないんだから。ほら、もう起きてね、朝ご飯用意してあるから」
「んー……。わかったぁ……」
はい、ダメでした……。
厳しい弟の声に従って、ゆっくりと目を開く。
目に射す日光を感じて、だんだんと意識は覚醒を始めだした。
……本当はまだまだ眠っていたい。昨日の作業はキリのいいところが全然見つからなくて寝るの遅くなったし。このまま布団の上で横になる幸せを手放すのは耐え難い苦難ではある。艱難辛苦って感じだ。
しかし、可愛い弟が健気にも朝ご飯を用意して、わざわざ寝坊助の私にモーニングコールしてくれたのだ。……これ使い方合ってないな。
まあいいや。とにかく、そこまでされたのに無視キメてぐーすか寝てもいられないだろう。登校で急ぐのもいやだし。
這う這うの体でなんとか上体だけでも起こすことに成功する。
「わ、先に顔洗ってきなよ、ひどい寝ぐせだし、口元によだれの跡が……」
淡々と指摘をしてくる弟に起き上がったばかりの体でだらっとヘッドロックをかけてやる。
「なんだと~? こんなビジンさんの寝顔を勝手に拝見したくせに、その上文句つけようってのか護くぅん~?」
「うわっ!」
「ほれほれ、ごめんなさいって言うまで離してやんないぞ〜?」
「……姉さん、汗臭い」
「ウソっ⁉︎」
すぐさま拘束を解いて護から距離を取った。
え〜最悪……本当に匂うの……?
「ま、嘘だけどね」
「あ〜⁉︎ 酷すぎるでしょ! 私だって女の子だぞ!」
「あっはは、でも、目は覚めたでしょ? ご飯の前に一回顔洗ってきてね〜」
「あ、待てこら!」
してやったりとニコニコ笑顔の愛しの弟、護は部屋から出て行ってしまった。おそらく、朝ご飯の用意のためリビングに向かったのだろう。
本当はまだ眠たいんだけど仕方ない、護と会話してたら少しは目も覚めてきたことだし顔を洗いに洗面台のある一階へ向かった。
朝の洗面所は家の立地の問題であまり日が入りこまなくて少し暗い、スイッチに手を伸ばして明かりを点けた。
……寝起きだから強い明かりが目に痛い。
水道のハンドルを上げれば蛇口から水が勢い強めで流れ出す。
それを手ですくって顔を洗うと冷たい水が気持ちよくて、まだ少しぼやけていた頭がすっきりしてくる。
壁にかけてあるタオルに手を伸ばし、顔を拭う。
それから歯を磨いて、寝癖を整えた。
身なりもそこそこ整ったところで鏡をみて確認してみる。
……ふむ。よだれの跡はすっきり消えてなくなって、いつも通りの整った顔がそこにある。いや、自画自賛している訳じゃなく、見たままの判断、驕っているつもりもない。
そう、本当にいつも通りの顔。
特筆すべきポイントは二つ。
一つ目、母親ゆずりの生まれ持った美麗なパーツが絶妙なバランスでスッとした輪郭の顔に配置されていること。
人から面と向かって綺麗ですねと言われた経験は実のところ少なくない。
反面かわいいと言われた経験はあんまり無いんだけど、私はクールな美人で通っているからであって、別に特別かわいくないわけでは……ない……と、思う。
同じ学校の生徒がよく私の顔の話をしているのも知っている。まあ、顔の話と言っても、その内容は大きく二分するけど。
ちなみに護も私と同じでどちらかというと母親に似た目鼻立ちなのに、なぜか母よりも写真で見るお父さんのほうが似ているように感じる。なんでだろう、優しそうな表情のイメージとか、まだ一年生の癖に私よりも随分と大きくなった背丈にお父さんを重ねたりしちゃうのかな?
鏡に映る私の、まだ一ミリだけ眠気を残した顔は家族の面影を感じさせる、でも家族の誰にも似ていないところが一つある。
それが二つ目。
自分の左頬に手をあててみると、水道の水で冷えてひんやりとした手がきもちいい。触れた頬の感触に違和感はあまり無い、しかし目で見たそこにはしっかりと違和感が残っている。
私の顔の左側の頬から首筋まで。
くすんだ色に変色した肌。
——私の顔には大きな火傷の跡が残っていた。
「まぁ、よだれの跡と一緒に、って訳にはいかないよね~」
消えてなくても、今日もいい感じに様になってるし、全然いいや。
火傷も似合うなんてつくづくいい女だね~私、わはは。
一人笑って、護と護の作った朝食の待つリビングへ向かった。
……おや? 今日は和食かな。
ふと香った味噌汁の出汁と焼いた鮭の匂いで自分が空腹だったことに気が付いた。
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