3-(3)ペルセウス座流星群
プラネタリウムの担当決定会議は合宿二日目の夜に行われ、ぼくは大場さんのアドバイスに従って銀河投影機に手を挙げた。岡田真毅も同じ投影機を希望したので、彼と二人で担当することに決まった。
その夜も、翌日の昼間から夕方にかけても雨混じりの天気が続いた。あきらめて寝た、三日目の晩だった。
「おおい! 晴れてるぞっ!」
大声に飛び起きた。腕時計を見ると、午前零時を過ぎている。上着の袖に腕を通し、懐中電灯をポケットに押し込んで、
「必ず晴れると思ってたよ」
笑顔の大場さんに出会った。奇妙なものを抱えている。一辺が三十センチ強の木箱二つを、一メートルほどの金属パイプ数本でつないだ物体だ。
「それ、何ですか」
「望遠鏡だよ。ドブソニアン」
川越が訊いた。
「でかいですね。自作ですか」
「二年かかったけど、合宿ではよく活躍しているよ」
「でも、これ望遠鏡に見えないですね」
ぼくは違和感を口にした。
「必要最小限の部分しかないからね。アメリカのドブソンという人が考案したんで、ドブソン式という意味の名前がついたんだ。これが本体なんだけど、別に架台があって、外で組み立てるんだよ。手が空いてたら、運ぶのを手伝ってくれないかな」
同意すると、大場さんは部屋の中からさらに大きな木箱を持ち出してきた。こちらは上面と背部、前面の一部が開いていて、下には水平に回転する機構が付いている。川越とぼくが望遠鏡本体を横向きにして持ち、大場さんが架台を運んだ。
ラウンジに出ると、西尾さんと佐久間が立ち話をしていた。西尾さんがぼくらに言った。
「ペルセ群の観測会をやるよ。ここで簡単に説明してから、外に出る」
「これを設置したら、戻ってきます」
答えたぼくに、佐久間が言った。
「戻ったら、銀マットと寝袋を持って来て」
玄関で、大場さんはヘッドライトのスイッチを入れた。減光のため、前面を赤いセロファンで覆ってある。足元に気を付けろよ、と言われた。
大場さんに続き、そろそろと玄関から遠ざかる。戸口から漏れる光の範囲から脱け出て、建物前の道路に降りたところで夜空を仰いだ。
軽い
「おい、駐車場に着いてからにしてくれよ」
前を行く川越がたしなめた。ごめんとつぶやいて前方に視線を戻す。大場さんのヘッドライトが照らす範囲を除き、すべてが黒い液体に浸ったような闇の中だ。ロッジ前の坂道で皆が機材を設置しているのが、赤い光が動くのでわかる。坂道を下った先には駐車場があり、大場さんはそこでドブソニアンを設置するつもりだった。
赤い光点を頼りに、駐車場にたどり着いた。ドブソニアンの設置を手伝い、大場さんが最終調整をするのを待つ間、川越と星空を見上げた。
「いい空だのお」
川越が感に
夜半を過ぎて、ペガススや
大場さんのドブソニアンで星雲や星団をいくつか見せてもらった後、ペルセウス座流星群の観測会に参加するため、いったんロッジへ戻った。川越とぼくを含めて十名ほどが集まり、西尾さんからグループ計数観測の説明を受けた。要は時間を計りながら流星を数えるのだが、一人の視野では空全体を見渡せないため、複数の観測者にそれぞれ、見る空の範囲を割り当てるのだ。観測者は流星の明るさや出現位置などを記録係に伝える。
再び外に出て、駐車場の片隅を観測場所に確保した。西尾さんと佐久間が交代で記録係を務める。地面に銀マットを敷き、寝袋を広げている途中で早くも、
「飛んだー!」
という一人の声が上がった。
「まだ記録の用意できてへん」
西尾さんが笑いながら言う。
流星群の放射点――そこから放射状に流星が飛ぶように見える点がペルセウス座にある。佐久間が星座の位置と、星の結び方を教えてくれた。踊っているような形のギリシア神話の英雄は北東の空で、見やすい高さに昇りつつある。
放射点から流星が飛ぶように見えるのは、地球がそちらの方向へ動いているからだ、とロッジ内の説明で聞いた。太陽系を回る彗星の軌道と地球の軌道が交差すると、彗星の残した
寝袋に入って横になり、星空と向かい合う。数分から十分ほどの間隔を置いて、誰かの声が上がる。
「流れた。
時折、弱い風が顔を撫でていく。仰向けのまま天を眺めるうち、時間の経過に従い、星が動いていくのがわかった。意外に速い。
――地球が動いているんだ。――
そのことを、ぼくは生まれて初めて知ったように思った。
ああっと何人かの声が上がった。ぼくの担当する空の範囲を貫き、明るい流星が軌跡を描いたのだ。西尾さんが大声で呼びかける。
「須崎、報告しろ」
しどろもどろになりながら初めての報告をする。
「群。ペガスス。マイナス一等。色の変化あり……」
今のは大きかった、きれいだった、と周囲の声が続く。
隣の川越が言った。
「ペルセ群は火球も多いし、見ごたえのある流星が多いっていうんだよ。今のは典型的だな。良かったなあ」
うん、良かった、と相槌を打つ一方で、ぼくは流れ星の美しさとは違うことに気を取られていた。今、あの光が向かってきた方向へ、ぼくらを載せた大地が動いているということ、その証拠をこの目で見たということに、うたれていたのだった。
――星空を見たい。――
それから長年の間、ぼくの中に幾たびもよみがえり、消えることなく残り続ける思いが初めてはっきりと結晶したのは、この時だった。
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