第4話 先輩と三浦教授


 1927年8月24日(昭和2年)北海道・札幌


*)両助教授と霧の帰国


 エストニアから必死の思いで帰って来られた三浦・安部の両講師(以後助教授)、それに乳飲み子のキリという、とある女性から託された女児の合わせて三人で帰国されました。阿部助教授は途中で満洲の父の会社に寄られて両親の死亡を伝え、同じく奥様の実家にもサワさまの死を伝えられたそうだ。


 暫くの間満洲に残る必要があった安部助教授は、両親と妻の葬儀や死亡届けに遺産の相続等の手続きで三浦助教授よりも約一か月ほど遅くに帰国された。養女となる霧は、その一月ほどの間の面倒は三浦助教授に頼んでいたのだが?


「なによ、あんたは~~どこか外の女のこさえた子供を引き取るつもりなの? あ~そうなの。出て行け~~~~~----~!」


 三浦助教授はいきなり乳飲み子を連れて帰宅したから奥さまが怒り、約一週間は修羅場になったそうだ。平伏低頭して経緯を説明してもなお奥さまの怒りは鎮火せず、仕方ないからとキリちゃんを伴って北大へと出て行った。頭を下げる平身低頭では物足りない奥さまだろう。



 三浦助教授は遅れた授業を挽回する必要もあり併せて北大に宿泊する羽目となって、学生から希望が出ていなくても放課後に授業を行うという見上げた根性の姿勢だった。


 霧の育児は学長に頼み込んで許可を貰い、事務員の女性にお願いした処……女性はもう少しで大きな勘違いをするところだったらしい。この学長と三浦助教授との関係も怪しいのだろう、学内で赤ん坊を育てられるような時代ではなかっただろうに。


「えぇ……よろしくてよ♡ 」


 三浦助教授は満面に笑む事務員さんに慌てて事情を説明した事だろうと想像に難くない。それは……、


「三浦助教授は奥様と別れて私に求婚するつもりだわ! どうしましょう……?」


 三浦助教授が帰国された一週間後に安部助教授から三浦助教授の自宅に、子どもの安否を尋ねる為に電話を掛けた事により三浦助教授の無実が判明したとか。


 安部助教授は三浦助教授の自宅に電話を掛けたら三浦助教授は当然に留守だった。


「安部です、三浦くんには赤ん坊のお世話をお願いしています。……は、大変助かっています、特に奥様には赤ん坊の世話で大変に……、」

「あら?……安部教授。ちっとも大変ではありませんわよ。霧ちゃんは大丈夫ですよ、しっかり面倒はうちの ピー がみておりますもの、オホホホーーー。」 

*)ピーは放送禁止用語ではありません。


「ありがとうございます、あと二週間くらいで戻れると思います。」


 これでようやく三浦助教授の冤罪は晴れた。勿論の事だが、奥さまは阿部助教授と電話で話した事は言わないようにと、阿部助教授に硬く口止めをしている。


 それから直ぐに三浦助教授へ連絡して自宅へ帰る許可を出した。夜のおご馳走はスキヤキだったか、う~ん夜も長かったらしい。



「まぁ~可愛い赤ちゃんだこと。飛行船が落としたって? 向こうには大きなコウノトリもいるんですね~。」 


 今更ながらも白々しい事を言われる奥さま。闊達な奥さまはまだまだ遊びたいのだからと、お子様はまだ儲けていない。この霧ちゃんが来たのでそんな気は失せて子作りに励んだかは不明。



 さて一番の問題が安部助教授だが、乳飲み子の霧をどうやって十年も育てることが出来たであろうか。この部分にはとてもとても? 触りたくない。ただ……事務員の女性が独身を貫いただけを伝えておく。


 UPするまでに考えることが出来ましたら? いいのですが……五年は過ぎても進展なし。亡くなられた奥様の実家? は満洲ですから不可能、ならばお母様の実家が一番可能性が高いようです……が?


 阿部助教授の父は事業家であるし満洲でも成功していた。息子が家督を継げば幼女の面倒をみる事が出来る家政婦さんだって雇用が出来たであろう。その女の人は満洲の家で家事手伝いをされた老女=老媼(ろうおう)だった。霧が九歳になったから郷(さと)に帰られたもようで、三浦助教授がとある提案をしてきたものだから故国の満洲が満洲国となったのもきっかけで家に帰された。今後も続きを考えておこうか。



 霧は歩き出すのが早かった。一歳になる前から他の赤子よりも早く上手に歩いたし小学生の時には誰よりも速く走った。頭脳も明晰で助教授ですら驚くほどである。感受性が人一倍強くて人間の観察が好きなようだった。老媼(ろうおう)の育て方が良かったに違いない、見本は阿部助教授がいい見本になっている。癖は強いが……。


 これは父の安部教授譲りとも思えるが、血筋ではなくて父親の性格を見て真似たものだろう。癖は強いが……。


 (当時の小学校は尋常小学校(年限:四年)と高等小学校(年限:二年)の二段階)


 二つのおでこがあったので尋常小学校の一年へ入学してから苛められてかなりしょげていた。そこを上手に宥める老媼(ろうおう)だったか、名前を子涵(ズハン)と言うから中国人で、名前負けしない素晴らしい頭脳を持っていた。もし……人狼の巫女だったどうなっていただろう。


 一年生の中盤からは誰にでも好かれるタイプになったが、強制的かどうかなんて父親にはどうでもいいらしいがね。


 二年生になると上級生に敵が多数現れれてもこれらを全て撃破し、上級生を悉く玉砕するから上級生からは永遠に嫌われる。同級生・下級生には大変慕われている。苛めをする上級生を苛める? 正義のヒロインだった。


 育ての親、子涵(ズハン)が霧を声高になって応援するものだから、父親には出る幕はなかったのだろう。中国の人は自己主張が強いようだからね、間違った相手には強くでる子涵(ズハン)だった。だから父の平蔵からも篤い信頼を受けていた。義理堅くて人情深い……信頼が篤い人と評価されていた。残念ながら子煩悩でありながら子を授からない体質だったようだ。


 父の平蔵が死に、行き先もなくて困るならばと寛が連れ帰ってきた。今度は霧の子育てを頼むと行って無理矢理に連れてきたと想像が出来ようか。亭主は子どもが出来ないからと言いながら浮気でもしていたか? すっかりと子涵(ズハン)には嫌われていた。いやいや一家の主にしては稼ぎが少なかったのか、穀潰し系だったとかありそう。


 子涵(ズハン)には裏話がある、それも有名だったそうだ。子涵(ズハン)が銭湯へ行けば当然ながらに他の家族連れも多く寄る銭湯。赤ん坊の子連れは床に子どもを寝かせて急いで身体を洗っていた。するとどうだろうか、子涵(ズハン)が居れば忽ち赤ん坊は子涵(ズハン)に抱かれてしまう。そうなんだ、他人の赤ん坊も慈しみ身体を洗っていたと言うではないか。自然に銭湯に入る時間は長くなるものだから、雇い主の平蔵も困っていたがそこは妻のトミが手助けをしていた。


 子涵(ズハン)の料金は無料となるほどに……銭湯ではありがたい存在だった。



 三年生になると自分独りとその他大勢? という頭脳の持ち主になる。テストは点数を計算して解答するようになった事から察するに、癖は強い……この時期から少しずつズルくなりだしている。


 昨秋に子涵(ズハン)は故郷に帰り、四年生の新学期を少し過ぎて助教授の教え子の桜子がメイド兼下宿で同居するようになる。


 桜子への対抗心がそうさせていたのだろう。


 四年生では天下無敵となりこの頃から北大の父の研究室に行くようになり、小学校からの電話で色々と苦情が出たものと推測されようか。たびたびの父の呼び出しで迷惑をかけた意識が芽生えて、はねっかえりを自ずと自省するようになった。


 霧が日本へ来てから十年の歳月が流れる。




 1937年7月14日 北海道・札幌市



 警視庁の赤バイが北海道大学に乗り込んできて警察官が一人の男を伴って学長を訪ねて来たのだった。警察官の名前は白川と言い連れの男は分からないままであるが、無口で若い男だったとか。


「すまないが二人の助教授を教授へ推したい、ついては寄付を……、」


 ハイカラなサイドカーの付いた警視庁の赤バイ、もう廃盤になるから寄付して行くのだと言う。どのような裏取引があったかかは不明だが、派閥の支援だとしてもだ、少なからずの金銭が動いた事だけは確かだと言えようか。


「ついては寄付を……阿部くんにして貰いたい。」

「……逆かと思いましたが、こちらかしてみれば内務省から文部省への抜擢、ありがとうございます。」

「ゆくゆくは東京高等師範学校(1952年に廃校)の校長へとなって貰う。」

「そうまでして私に何をさせたいのかね、全く理解が出来ないが?」

「1946年、少し遠い未来になるがそこに双子の姉妹が入学するから見守って貰いたいだけなんだが、どうだろうか。」



 日本で最初に設立された官立の教員養成機関の師範学校である。


 当時の東京高等師範学校は名の知れた大学であった。そこの学長ともなれば国にも影響を与えるほどの力量を貰える。本人の努力次第~と言うものあるが、そこの学長ともなれば教育の総本山とも揶揄されていて日本全土への影響を持つ。教育者としては夢のような地位になろうか。


「そうですか、卒業した師範学校に学長として戻れるならば栄転に等しいですな、アハハ……。」

「いやいや官僚が学長を務めるとか、それは悪ですから優れた民からの抜擢こそがふさわしいのです。」


 1945年に師範学校へ栄転し、1946年に入学した双子に煮え湯か葛湯かすまし汁を飲まされる未来が待っていようとは、それは誰でも考える事は不可能だ。当の白川だって想像も出来ていないのだから。それでいて学舎が壊れたら、それは東京大震災の影響だと言えばいいとか言われてもピンとは来ない。


「赤バイは置いていく、博物館に寄贈しよう。」

「アハハ……でしたら早めに建築しましょうか。」


 その後の北海道大学は順調に大きく肥大していく。


 文字稼ぎも大変だから先に進む。




*)運命の歯車が噛み合う


 ここで機転が訪れて夏休みからは安部教授らと北欧へと両親の墓参りに行く。


 北海道大学では前期の講義が終わりを告げる夏休み前になった。


 北海道大学では異例の期中の人事が発表されて、阿部助教授と三浦助教授が教授へと昇格されたのだった。春ではなくて初夏の人事とかは本当に異例なのだ。


 教授になれば給金が月給制になるこの意味、助教授は講義の回数掛ける金額で給料は出来高払い。この差は大きいよ、特に夏休みに入れば助教授らは何処かで闇バイトを探す必要もあるのだから。


 無類の競馬愛好家の学長は……絆されただけでは、そう只で助教授を教授にするはずも無く……某かの打算が大きく働いたに違いない。そこを穿り返すような性格だと未来は潰える、言わ猿を通すのみだ。



 キャンパス内の芝生では学生達が多く集まって話している風景を見ると、これこそ~……キャンパスライフ~という感じが湧いてくる。高校生の時からの憧れでもあったからね非常に嬉しく思うな。


 キャンパス内をブックバンドで教科書を結んで颯爽と歩く大学生……うん、これだ! これぞ奥さまなのだ!?




 夏休み前のお別れを惜しんでいるのか? なんて女々しい学生だこと。女の私が言うのも変だとは思わない、だって私は意中の人と旅行に行けるのだから超~ハッピー!


 女々しいという言葉は差別用語に分類されてしまい、他の言い回しはないかなと考えてみたが思いつかない。やっとの事で恋人同士になれたものの今は夏休み前、地方出身の男らが主に不甲斐ない態度で彼女から慰みを受けているとは嘆かわしいぞ!


 言い回しに「男らしくない」と言うからには女々しいとは男も含まれている。そこんとこ……よろしく。


 平安時代に充てられた「女」という漢字は宮中から見た平民、位の低い女性という意味を持たせて出来た漢字らしい。いわゆる蔑称に値する。だったら女に代る漢字も考えてくれないだろうか、差別用語団体さま。

 当時は、男=おと・こ に対しての女は おと・め=乙女であった。現在とは少し意味合いが違っている。詳しく知りたい方は検索されたし。




 今日は木陰で三浦教授と先輩が仲良く討論している姿を発見した……ラッキー♡♪


「教授、蚊取り線香の成分ですが……、」

「あぁそれな、何でもいいのだがね……、」

「除虫菊はですね……、」


 お互いがお互いとも言葉を言い終わらないうちから話しかけるものだから「、」で会話が途切れてしまう。どちらも自己主張が強いからそうなってしまうらしい。


 喧々とけたたましく言わなければね普通に「。」で終わるのよね。




「せ~ん輩! 今日は部室に行かれないんですか?」

「今日は天気がいいので三浦教授を虫干ししているんだ。」

「あらイヤだ!」

「なにを言うか、私はだな杉田くんを虫から守っているのだかね。」

「はい、いつもありがとうございます、今後もお願いします。」


 三浦教授は私に向かって微笑むのよね、今から揶揄(からか)われるのだわと考えたら、これは甘んじて受ける案件なのですよね~。……二枚舌の三浦くんよ、家では私が阿部助教授の奥さんと言われてからかわれ、大学のキャンパスでは杉田先輩の奥さんと言われるからね。


「杉田さん。さんは、くんの虫だもんな。追い出されたらイヤだもんな。」

「あら? 何を言ってらっしゃるのかしらね~私には理解できませんわ~!」


 私は三浦教授の言った意味が本当に分らなかった。だが、三浦教授の言葉の不足した言語を埋めて行けば下のようになるのだわ、良かった~♪


「杉田さん。桜さんは、智治くんの虫だもんな」という意味だ、ルンルン!


 いやいや、それでは私が虫扱いにされているではないのか? それが元でお話が横道に逸れてしまって除虫菊の話題で盛り上がっていたらしいのよね、私はMOSQ(モスキー)扱いかよ怒るぞ!


 私は杉田桜子、愛称は桜やさくらちゃんとかで呼ばれる事が多い。杉田智治先輩と名字が同じだから嬉しい~♡♪



 ちなみに当大学のキャンパスではこのように屋外での座論会が普通に行われていて、今ではスマホゲームに変っただろうか、昔のキャンパスを見てみたいものだ。(今もね!)



 三浦教授は生物学の専攻で、主に牛・馬の生態や飼育方法と病気等を教えてある。害虫に対しても知識は博識であって牛や馬に付くハエや蚊にも長けてあるらしいのよ。あの牛に集るハエに腕を刺されたら恐怖さえ覚える程の痛さであって、私もね年に数度は刺されている。麻美には耐性が有るのかと勘ぐってみると? やはり苦手だとの返事があった。


 見た目は普通の蠅に見えているが身体に取り付くから直ぐに判るが、追い立てても直ぐに寄ってくるから始末に負えない。肌を露出す時季になれば最優先事項で注意する案件だ。嫌がる牛は時々尻尾を大きく振り回して蠅を追う払い、子どもの時には刺されなかったのか? と疑問に思える。



 三浦教授には逸話が残っていてね、若い時の事が延々と語り継がれているようだ。一度ドジを踏んで馬に蹴られて二週間ばかり入院したことがあったとかだよ。


 本人曰く、ドジを踏んだではなく、馬のしっぽを踏んだんだ”と。


「あれ~? 教授……馬のしっぽに神経はあるんですか?」


と私は尋ねた事を思い出した。しかし尻にぶら下がっているしっぽをどうしたら踏めるのか、それが謎である。夏になり教授の左腕の傷が見えるような半袖のワイシャツ姿だ、きっと踏んだシッポとは牛の事だろうか。


「いやいや奥さん、馬のしっぽの半分は骨と肉が付いているんだよ。」

「まぁ~♡」


 本当ではないらしい馬のしっぽを踏んだ事件、まさかとは思うが奥さまからの反撃だっりしていませんか? じゃじゃ馬だって女の人を例えた言葉ですよね~……若い時? それは結婚された時ではないのですか?



 私をからかった後の話題だが、先輩と三浦教授の話にはとてもついてはいけない。なにやら並行世界の訳の解らない話だった。よく「パラレルワールド」とか言われるあれだ。


 そうね、女の私には永遠に理解出来ない事だわ!


「私は三浦教授が十年前に体験された事故の出来事が本当とは思えませんわ。」

「いやいや杉田の奥さん、本当の事だよ。」

「はい信じました!」

「桜は随分と単純なんだな、アハハ……。」


 三浦教授は私のことを杉田さんと呼び、先輩には杉田くんと呼ぶのだ。


 だが私と先輩が仲良く腕を組んで歩いていると、私には「奥さん」と呼ばれて茶化される。私の方はルンルンなのだが迷惑なのは先輩だろう、横には黒髪が靡く美女がいるからさぞかしガールハントが出来ないだろうね。……させませんわよ絶対にね。


 勿論一方的に纏わり付くのは私の方だよ。最初の頃は腕を組みにいけば振り解かれていたのが、現在では大学内でも公認の事実になってしまって私の努力が実ったのよ。



 三浦教授は続けて、


「当時の事故の新聞記事があるから読んでみたまえ。」

「嫌です~教授、第一に私は読めませんよ。」


 先輩が記事一面の文章を掻い摘んで読んでくれた。表向きはそうだが小さな手書きの原稿があるから多分いろいろと聞いても理解出来はないだろう。


 杉田先輩の言葉には熱がこもる。でも愛情は籠らない、あ~不幸だ! でもね、私の名前を桜と言って呼び捨てにしてくれるのは嬉しいな!


 北欧のヴェヘンディ開拓村の収穫祭で打上げ花火の最中に突然空襲があり。大型の飛行船が突如として頭上に現れ爆発炎上し墜落した。


「ここからが重要だ桜、よく聞いてくれ」

「うんうん……桜だよ~。」


 これで先輩の出鼻がくじかれてしまって少し熱が冷めた感じがして……ごめんなさい。


「数発の花火が上がった処に飛行機の五機が見えたそうで、十年前の旧帝国のマークが印されていたんだな。飛行機の直ぐ後ろには大型飛行船があって機関部分が炎上していた。花火の煙でぼんやりにしか見えていなかったが、どうも花火が直撃したんだよ。」

「ふ~ん……。」


「な、桜。おかしいだろう? 共に帝国軍の十年前の飛行機と飛行船だよ。変とは思わないか。」


「飛んでいても不思議ではないはずよ。」

「大いにおかしいよ帝国は1917年の革命で滅んでしまっているんだ。そんな事があっているのにその十年後に軍用機が飛んでるはずはないよ。」


 旧世代の軍用機ですら今でも飛ぶのがロシアなのだから少しも変だとは思わないのね、でも先輩の言葉はたてておかなくてはね。私は優しくて思いやりもあるのだから。


「十年前? そうですね、経費削減にしても変ですよね。それにマークは普通に描き直しますよね。」


 先輩の話はまだ続く。


「それから飛行機は旋回して地上爆撃を行った。これが大惨事の始まりで村人全員で収穫祭を楽しんでいるところに爆弾が落とされたんだから。」

「それで? もっと詳しく。

「直ぐに飛行船が爆発して逃げ惑う村人の頭上に墜落したんだよ。」


 阿部教授のご家族が亡くなった瞬間だ! 誰も阿部教授の事には触れずにいた。


「ここからがさらに不思議なんだ。爆発した飛行船が残骸もろとも消えてしまったんだよ、どうだい。」


 だから教授と先輩は、この事象が並行世界と繋がり双方の世界が見えたんだ”と説明しだした。理屈を並べての口論調では本当に私はついていけない。口論は女の方が強いのは周知の事実であっても中身のある口論には女の方が断然弱くなってしまう。


「なので桜、並行世界はあるんだ。惨状の跡地は草木も生えていないから何がしかの痕跡が見つかるはずだ。いまだに地上部は並行世界と繋がっていると思うぞ。」


 並行世界? 閉口しているのは私なんだが……な。


 並行世界はあるとは信じないが、信じないゆえ理解が出来ない。音頭取りならばできる。(一言いったら藪蛇が出てきた。)


「先輩、私と先輩が別々の並行世界の人間だとしたらどうなるんですか?」

「そりゃ知り合えずにいるよ。」


 私は心のなかで「そんな~」と叫ぶ。


「先輩。そこは『そりゃ』では困ります、結婚も出来ないじゃありませんか。」

「僕は一生独身だよ、どうして君と結婚しなきゃいけないの。」



「杉田くん、そんな回答では奥さんが可哀そうだ。」

「俺は独身でいいのですよ。」

「おう杉田さん、智治くんはまだ望みがあるぞ!『どうして君と結婚しなきゃいけないの』と、君という言葉が聞こえたよ。」


 私は嬉しくなり語気を強めて、


「そうですよ教授! 私たちの平行な世界を幸せになるよう取り繕って下さい、それは阿部教授には不可能なんです、三浦教授でないと出来ないんですから。」


「あ~仲人か、確かに阿部くんには出来ないな。」


「はい!」と元気に私は返事をしたらね呆れられたな。


「次元の違う平行世界の話しかで出来んのか君たちは。」


 と三浦教授は言うのだ。三浦教授はまともに私たちの縁を取り持ってはくれそうに無いのかな。


 杉田先輩は藩種と収穫の機械化作業を主に、大規模農地の運営方法や農作業の手順の効率化の研究をしている。特に農業機械には精通していて、大学に居残るのは色々な機械に触って改造と実演する事ができるからだろうか、他人のお金で出来るから最高だ。


 機械の修理改造で帰りが遅いともれなく安部教授が付いて来るが、もしかしたら逆かもしれないが。


 私が一目惚れした先輩です。



「霧ちゃ~ん。」


 私は霧が一人でキャンパスを歩いているのを見つけて声をかけた。するとニッコリと笑って私たちに近づいてくるのよね。


「霧ちゃんお帰り、今日は遊びに行かなかったの?」

「うん、さくらお姉ちゃん。お父さんが暇してるから来いって。」

「杉田のお兄ちゃん、一緒におっかない研に行こう。パパが待ってるから。」


 パパ? 先輩にはお父さんの事パパと言うんだ。私にはお父さんとしか言わないな~。


 霧を先に先輩は二番手で私が最後にオカ研の部室に入った。三浦教授はご自分の研究室に戻られている。


「お父さん、杉田のお兄ちゃんを連れて来たよ。」


 安部教授はなにやら眼つきが光ってる、なんだろう。


「……杉田くん、どうしたんだい。」

「教授から呼ばれたと聞いてきました。」

「え!……あ~要件をど忘れしたようだ、ごめん。」


「教授、私が居るから忘れたのですね!」

「や~……さくらちゃんも!」

「இஇஇ……?」


 きっと今度の旅行の件だとピーンと来たね! このままでは私は外される運命は嫌だと頭の回転が速くなる。


「実はね、霧を連れて両親のお墓参りに行きたいんだよ、十年の節目もあるから満洲にも行きたいしその前に大きな捕り物があるから手伝ってくれないか。」


 阿部教授の両親のお墓は満洲に残されてあるような言い方だが、エストニアには霧の両親を弔っているような言い方にも聞こえる。


「満州の家と親父の会社の精算もしておきたいからね、社の重役に何でも押しつけて買い取らせるつもりだ。」

「お墓を移転させるのですよね。」

「そうなるね、俺にも先祖という意味が判ってきた年頃ないいだな。笑うな!」

「アハハ……でしたら早めにしておきませんと、教授はお尻が重たいんですからね。」

「結構な金になるはずさ、無価値になる前に売りたいだけだ。」


 家の売買はとうに済んでいたらしいが、名義変更がされていなかったらしい。当時の売却代金で今度のエストニア行きの工面をしたいらしい。でも現実には親の遺産を継げなかった、出来なかったという落ちがある。


「あの馬を捕えるのですね、行きましょう!」

 

 と先輩は二つ返事で了承している。誰だって海外旅行は魅力的だろう、凡人の私には機会が無ければ行こうとも思わないのだから。


「新婚旅行……いいな!」

「莫迦なお姉ちゃん……。」

「ギャボ!」


 阿部教授には、戦争という文字が浮かんでいたかのような考え方をされてあったのには驚いたし、同じく杉田先輩も怪訝な顔をされてあったのを覚えている。


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