第3話 霧と麻美……キャンパスライフと旅立ちに向けて
1936年4月9日 北海道・札幌
*)霧と麻美の邂逅
今年度の入学式は二日ほど遅れて開かれた。ありがた~い学長さまの話題はクラークさんの事ではなくて、二宮忠八という人の事を短く話された。
「君たちは二宮忠八という人物を知っているだろうか、奇しくも昨日の八日に七十歳の生涯を閉じられた、冥福を祈りたい。」
「諸君に言いたいのは、かのライト兄弟よりも早くに飛行機の原型を考えて常に飛行機を研究してきた人物……、」
「よって君たちも研究に勉強に大いに励んで貰いたい、以上。」
パチパチ……忠八……と場内からは拍手が湧く。二宮忠八は飛行器の開発を陸軍に進言していたが一笑に付されてしまう。それでも三度も申請したのだが却下され、その後は独自で研究と模型を作り続けていた。
二宮忠八と学長の繋がりは分からないのだが、葬式に行ったのだろうか。
式の後は指定された教室に入って科目の選択と授業の組み方の説明があった。教職課程を組みたい人も一定数はいるのだからと、私には関係ないな~と鉛筆を鼻の穴に入れてくしゃみしていた。
「桜、バッカじゃないの。」
「そうね、今日は急いで帰りたいのよね。」
「うんうん期待しているぞ!」
「麻美には教授を迎えに行って欲しいのよね。」
「どうして桜が朝に言ったのでしょう?」
「三浦助教授の方よ、それと杉田先輩も忘れずにお願いよ。」
「あ~はいは、三浦くんは必ず来るだろうが……ムフ~!」
「フン、良いわよ。」
「馬術部からはキャベツと人参でいいのかな。」
「重いと思うけれどもタマネギもお願いするわね。」
「……? スーパーに行けと申されるのか!」
「そうよ、任せるわ。」
「序でに残りの三千三百文字も塞いでくれたらいいな!」
「目指せ~一万文字ってか。」
「そこ……黙りなさい。」
「はい、」x2
「最後に、多くの科目の選択をしても良いのだが……払えなくなるから注意したまえ。」
「先生~授業料は払いました~。」
「君は……二宮忠八の凧(カイト)ですか、教科書代だよ、一冊が二千円はするだろね。」
「石川海斗です、半分に減らします。」
「卒業する気はないのかね。」
「学割が欲しくて入学しました。」
「多いに学費を払いたまえ。」
ま、旅行の好きな人がいて丸々の八年に亘って日本全国の鉄道に乗って、それから教授になられた方もある。交通学みたいな科目だったかな、面白かったよね。偏に学割を利用したいからだとか、授業料の方が高かったかと考えたら訳が分からない。功績としてはどこぞの国立公園の周縁=公園を設計されたとかだった。
「終わったから帰るね、鍋材をよろしく~……。」
「あ、桜……肉は聞いていなくてよ。」
泣いて笑う麻美を恨みながら私は冷蔵庫のお肉を全部放り込んでいた。日奈久ちくわも細切りのお肉風にして入れてやったわよ。でも遅れて来られた三浦助教授は忘れずに担当を履行されてあり、嬉ピ♪
先輩も来て頂いた時は嬉しかったけれどもね、問題が起きたの、副題の件だな。
私が帰宅して必死こいて軽く掃除を熟して夕食の準備に入った時、そうね~時間は午後の四時を回ったくらいかな、
「ただいま~。」
「お帰り~霧ちゃん。」
「わ~なんだかおご馳走がいっぱい!」
「そうね~私と麻美の入学祝いとね、私の引っ越しのお祝いなんだ。」
「へ~そなんだ。」
「違うよ? 霧ちゃんと会えたお祝いなんだからね♡」
「わ~いありがとう。」
「お客様も見えるからお外で遊ぶか二階でお勉強していてね。」
「うん、二階で本読んでいるね。」
「偉いぞ~出来たら呼びにいくから。」
「はーい、」
そ、ここまでは良かった、良かったけれどもね。麻美が来て私がドジを踏んだものだから麻美が大声で笑ったのよ。すると……、
「お姉ちゃん……。」
「はぁい、なに?」
「この人は、だぁれ?」
あ、また私と同じパターンだと考えて、
「お姉ちゃんの友達よ、麻美と言うのよ。」
「え~……霧ちゃんよね、よろしくね!」
「違うよ、お姉ちゃんはだぁれ?」
私は麻美を押しのけて、
「お姉ちゃんの友達でね、お馬さんが好きなお姫様よ。」
「ふ~ん、バッカじゃないの。」
「こらこら霧ちゃん。馬鹿と言ったらダメだよ。」
「え~残念だな~お姉ちゃんは馬鹿じゃないけどな~酷いな~。」
「酷くない、……でも馬が好きなの?」
「そうよ~お姉ちゃんね、一番早く走れる馬にも乗れるんだからね、偉いでしょう。」
「お馬さんか、黒い馬がいるの?」
「黒……? 茶色が多いかもね。どうして?」
「夢に出てきた。小学校からも馬さんが見えるよ。」
「麻美、霧ちゃんは桑園小学校に通っているのね、近くだから。」
「あ、窓から見えているわね。そうなんだ、競馬場も広いから遊び場になっているのかな。」
そんなに近くではないのだから、小学校から見えることはないと考える麻美だ。
「私もお馬さんに乗りたい。」
「え!」
私としては霧ちゃんに意表を突かれたようで一瞬だが固まってしまった。でも心から馬が好きな麻美は嬉しく思ったのかな、
「そうか~お姉ちゃんと一緒に乗ろうね~。」
麻美は嬉しさのあまりに右手を出した。
「うん、」「キャッ、」「バシッ、」
うんキャバの言葉がほぼ同時に聞こえて。麻美の差し出した右手に触れた霧ちゃんがいきなりに「キャッ、」と言って「バシッ、」と麻美の右手を叩(はた)いてしまったのだ。
麻美は思わず右手を引いて驚いていて、私はもっと驚いてしまって霧を見つめた。その間六秒くらいの沈黙が続いた。口火を切ったのは霧。
「誰なの、バーカ!」
霧はくるりと反転して二階へ掛け上がる足音が響く。これではいけないと考えた私は努めて明るく言った。
「あらら~私に続いて馬鹿宣言を麻美に頂きました。」
「え~どうしてかな。」
「人見知りしているのよ、私はもっと酷くてね物が飛んできたわよ。」
「ウッ……すご~、」
「そうなんだよ、仲良くなるまでには時間がかかってね、でも夜には仲良くなれたわ。」
「そうなんだ、私はどうしたらいいの。」
「馬が好きと言うから大学の競馬場へ誘ってみたらどうかな。」
「そうね、人参で誘ってみてもいいかな。」
「それ、お鍋に入れる人参よ、食べないで。」
「いいじゃない、これは美味しいぞ?」
「馬……。」
「アハハハ……、」x2
二人して笑っていたら霧が二階から降りてきた。馬に興味があるのかは分からないが、間違いなく馬に乗りたいと考えているのだろう。
「ゥキャー!」x2
驚いた事に今度はぬいぐるみが飛んできた。女は愛嬌よ、はい笑って……、
「こらっ、お鍋にぬいぐるみは入れないぞ!」
「ベー……。」
「お姉ちゃんがこのぬいぐるみを貰ってもいいのね。」
「あ、ダメ~-~-~……、」
「ベー、お姉ちゃんが貰った。」
「イヤ~ダメ~。」
大人が子どもを苛めて泣かせる場面と同じになった。霧ちゃんは本気にしたらしくて大きな声で泣いて麻美に飛びかかる。
「あ、ごめんなさい。うそようそ。返しますごめんなさい。」
「ヤ、お姉ちゃんの馬鹿。」
霧は人形を握って二階へ上っていく。私たち二人は顔を見合わせて、
「なんだったのかな、」x2
私は二度目だからいいとしても麻美は絶対に驚いたよね、驚いたと言いなさい。
「ふ~ん、根性が座っているわよ、喧嘩したら負けそう。」
「え~どうしてそう言う解釈が出来るのよ。」
「うん、何となく、何となくだよ妹を泣かせた気分になったわ。」
もしかしたら麻美の言う妹とは肉親の妹を指していたのだと考えた。私は霧に抱きついて涙を流した事を思い出すも、未だに泣いた理由が知れない。
「麻美……妹が出来て良かったね。」
「お互い様、」x2
この後は二~三枚のお皿が割れたけれどもね、全然……可愛いし怒らないでいたからね。
夕食になって集まった五人は、上座に両教授を据えて次は先輩と麻美が向かい合わせになる。私と霧は下座に座って私はメイドさん業で忙しかった。
う~……杉田先輩。お話しをしたいです~、叶わぬ願いで酒を飲む。あ、ここは涙を呑むだよね。私は先輩に声を掛けた。
「先輩、たくさんのお土産をありがとうございます。」
「あ、そのお肉は桜子さんの家から頂いていたんだよ、こちらこそご馳走になりました。」
智治先輩は嘘を吐いた。お肉やさんから買って来た牛肉なのだが先輩が懇意にしているお店だった。この嘘は私を想っての事だと思いたい。だから先輩としては私に電話を掛けられると不味いのだな。
「いえ、そうでしたか、私もお礼を言っておきます。」
「いやお礼の電話は必要ないよ、また農機具を直しておいたから。」
「いつもありがとうございます。……?」
「思い出したかな、たま~に来て修理をしていたからね。」
「あ、あ、あ、あ~お兄ちゃん!」
「油まみれで破けた作業着に帽子、俺だと分からないよね。」
私と麻美が二人纏めて驚きの声を上げる。
「キョー……、」x2
私は頭に血が上って絶賛沸騰中……、顔が真っ赤になってしまって……こんな話しは無かったよね、勝手にお話しを盛らないでくれないかな、スイカズラさま?
「え、なになに……一万超えたからこれ以上の赤裸々は書かないって? それはありがとうございます。」
「それは先輩が買ったお肉の代金が一万を超えた……んだよね、そうよね。」
兎にも角にも宴会は無事に終わった。タクシーを呼んで三人纏めてお帰りして頂いた。霧のお父さんは飲み過ぎて寝てしまうって私は残念に思った。
だってね、
お父さんこと、阿部助教授にはお皿が割れた事を話す必要があると考えていたら霧が、
「パパには言わなくていい、霧はお姉ちゃんと仲良くするからね。」
「そっか~仲良くしてくれるんだ、お姉ちゃんは嬉しいぞ。」
「うん、お馬さんに乗せてくれるように頼んで。」
「分かった、明日にお願いしておくからね。」
「うん、」
そう言った私は霧との約束をすっかりと忘れてしまった。
私は霧にテレビを見ていいよと言った。この頃になってようやくテレビが普及しだした時期で、霧のお父さんとしては、霧を独りにさせているからと高いお金を出して買っていた。
放送も終わる頃だからと、私は霧にお風呂に入るように言ったらよ、
「お姉ちゃんも入ろう?」
「そうね……一緒に入っちゃおか!」
「うん、」
嬉しそうにニコリと微笑むととても可愛い霧。虫歯があれば見えそうな白い歯をしている。そう言えば学校で歯の検査があって先生(ドクター)から褒められたと言うではないか、オマケに賞状と歯ブラシも頂いている。
何処まででも白い肌の二人、でも霧の左胸に薄く十字架のような痣が見えていた。聞くのは野暮だからと聞きはしなかったけれどもね。
「お姉ちゃんはお兄ちゃんを好きなんだね。」
「え~何を言っているのかな~そんなことはありませんよ、このおませさん。」
「じゃ~私が好きになります。」
「うっそだ~い、霧ちゃんとは釣り合いません。」
すっかり長湯をして温まったから霧の痣は消えていたが、逆に私に十字架のような痣が浮かんでいた。いつもは長湯なんてしなかったから今までに十字架のような痣は浮いてこなかっただけ。いやいや今日は杉田先輩とは以前から顔見知りだと言われて血が上ってしまったからだよね。
霧からは見えていたはずなのに何も言わなかったのは、二人して同じ考えからだろう。不思議な事に霧の痣は二度と浮いてくる事はなくて、反対に私の方は浮いたままになっている。
三人とも同じ左胸にだ。マンションに帰って真っ裸で寝ている麻美にも痣が見えていても、私が見る事はないから知らないし麻美も私に言うような事でもなかった。
一度に三人の巫女が会ったから運命が変わり出す。
1937年6月15日 北海道・札幌市
*)キャンパスライフ
北大の校章となったオオバナノエンレイソウがキャンパスの至る所で、白くて可憐な花を咲かせている。花弁の数が三枚というのが何だか可愛く思える。
もう大学の風景にも授業にも慣れきったと言える頃に、学内の広さに嫌気が差すのは何故かな。学長は生徒の健康を考えてくれているのか? キャンパスは……
……広大過ぎるでしょう。
「麻美~……おはよー。」
「おはよう桜。」
「今日も早くから頑張ってますねー。」
「いつも4時に来ているわよ、この麻美さまにストリート横の除草をさせるんだから堪んないわよ。」
「いいじゃないのよ除草は山羊がするんだもの。あ、山羊が向こうに行くわよ早く戻さなきゃ。」
「大丈夫よ、殆ど移動はしないんだからね。」
「この馬、小さくて可愛い!」
「これ、ロバだからね。」
「仔馬じゃないの?」
私はアハハハ……と笑う麻美から小馬鹿にされながらも教室へと向かう。馬の好きな麻美こそ馬鹿なのよ、分かる?
そう言えばロバには絆すロープが繋がれていなかった事を思い出すものだから、それにね立て札にロバの愛称が書かれてあったので麻美をからかう。
「ねぇ麻美、サルバンテスは放置してもいいの?」
「いいのよ、あれでも頭が良くて賢い……セルバンテスよ。」
「違った、ロシナンテだったわね。」
「あ、……、」
ロバの名前はロシナンテと言うのだが、私はわざとサルバンテスと言っておいたら、それに釣られて麻美はセルバンテスよと言った……馬鹿だからね。
間違えた理由はだ、麻美はもう別な、とある事で頭を悩ませていたから。
それは数日前まで遡る。
「なぁ頼むよ、黒くて大きい……立派な馬なんだよ、やっと居場所が分かったんだから今回は絶対に捕まえたい……、」
三浦助教授と麻美の父の話を小耳に挟んだのが、この物語の発端=序章とも言える。麻美の耳は特別製(ロバ)でどんな小声で話していても聞こえてしまうとか、これはもう生きた盗聴器だな。
「うっそだ~?」
その黒い馬は麻美の命の恩人だった、麻美の父は十六年前に見た黒い馬を人を雇ってまでして探していた事を麻美は知らないで今日に至っている。
「本当なんだよね、十六年ぶりに姿を現しただなんて信じられん。」
麻美としてはこんな美味しい話に乗らない選択肢は無かった、速く走る競走馬をこよなく愛する性格は親譲りだと思っていたらしいのだが事実は異なる。麻美は三浦助教授と父が話していた「とある黒い馬」に、これに大きな興味を持ったものだから、それが正(まさ)しく麻美が偶に夢で見た馬そのものに思えたから。
「阿部くんも一緒なんだから……阿部くんはエストニアへ墓参りするのだし…………、」
私は小さい時に大きくて黒い馬に乗っていた……この思いが麻美の心を突き動かす。父親と三浦助教授から話を聞くことは不可能……ならば第三者から攻めるのが鉄則よ。
上記の事を数日掛けて計画を思案した麻美は行動にでる。立案ではなくて思案だな。
麻美の切り替えは早かった、もうすぐ民俗学の授業が行われる教室に近づいてきたからだった。阿部助教授を前にしては直に頼めない用件だから、どうしてでも先に依頼だけは済ませておかねばならなかった。
それは、
「桜、お願いがあるんだけど、叶えてくれる?」
「何よ、損な事はいやよ。」
「今回のお願いは損することはないわよ。ちょっとだけあの先生に尋ねて貰いたいだけだからさ。」
「あの馬面教授でしょう? 見返りを要求されるから……やっぱり損だよ。」
「そうなんだ。いやいやでもでも大切な事だからさ! 頼むよ、ね?」
「…………。」
「今日も男爵芋とか持って行くからさ~、ね?」
麻美は何時もの事を言っているよ、馬術部の馬のエサを手土産にして偶には阿部宅を訪問していた。馬のご飯とも言える野菜や果物も、私にしてみれば魅力的な……我が家のエサに見えてしまう。
「なぜに私は麻美に釣られてしまうのかしら。」
「可愛い奥さまだからよね?」
「まぁ~!」
授業中からも頻りに麻美が訊け訊けとうるさいから、民俗学の授業が終わって直ぐに麻美の目の前で助教授に尋ねることにした。
「放課後のセミナーまで待てないのかしら?」
と言うも、私が阿部助教授に訊くまで麻美はしつこく言い寄るに違いないから。そんなこんなで麻美はロシナンテの事はすっかりと忘れてしまって、ロシナンテは広い北大の校内を三日間も彷徨う事になった。
麻美は……すれ違う学生に「ロバを見なかった?」と問えば「南三条西四条で見かけたわよ」と返事が返ってくるのだ。すると麻美は「ドンキーじゃないわよ、アホンダラ!」と陰で言っている。これでは見つからないはずよね、……馬鹿だから。途中の二行は修飾語だから意味はないのよ、分かった?
麻美が言うには阿部助教授も同行すると言うのが気になっているが、どうも阿部助教授の最終目的地の行き先はエストニアらしいと分かったから。
麻美の調査によればだ、阿部助教授は毎回の休暇を利用して海外へ民俗学の調査に出かけている理由は、助教授の内にしか自由に海外旅行へは行けないからだと。教授になれば結構な柵が増えるとかなんとか。そんな話を半分は聞いたかな、もう半分は夢現で忘れている。そう考えたらたよ、しがらみ=柵という漢字が何となく、なんとなくだが理解が出来る。
「競走馬の奔放さに柵は邪魔よ。」
「麻美、また言っているんだ。」
「自分は自由に生きるんだからね。」
「モンゴルにでも行けば!」
「あ、いい、それいいかも……!」
麻美は直ぐにこれだもの、単純よね、馬鹿だから。お互い様! という声が私の頭の中で共鳴してくるのは何故?
「阿部教授、また遠征に行かれるんですね。」
そう言って私は声をかけた。(エサに釣られた馬鹿だからね。)
「あ、さくらちゃんもか。」
「子供ではありませんわ、ちゃん付けは止めてください。」
「あ~そうでした、すまん・すまん。」
どうも養女の霧ちゃんと同類に見られているらしかった。だってそうでしょう、霧ちゃんに合わせておままごとをしていたら、そう見られるよね。寛の脳内での妻扱いには参ってしまうわ。
一応謝りはするが、大学の人が居ない自宅では名前すら呼んでもらえないでいきな要件だったりする。こうなると私は教授のお嫁さんみたいに思われているらしい。ま~私としても悪い気はしないから許している。そんな事を言う教授は一人しかいない。
気さくな教授はだらしない性格なのだから人の扱いにも気兼ねも無い、無頓着で所謂……いい加減=ズボラだと思う。それは独身生活が長いからだろうとは思っていたが、小さな同居人がいるのでどうも違うみたい。
夫へ規律を守らせる妻がいないとこうなるのよ、という立派な見本みたいに思えるのは私だけだろか。
「だがね~今回は両親の墓参りだ、直ぐに帰ってくる予定だよ。」
阿部助教授は三十二才の花の独身、と入学前はそう思っていた。しかし教授は十年前かな? 一度にご両親と奥様を亡くされてありその命日が近いのだ。しかし……どうして両親のお墓が遠い北欧のエストニアに在るのかが理解出来ない。(そう言えば私、教授からはご家族の死因とかは全く聞かされていなかったっけ?)
「霧ちゃんのご両親の命日でもありますしね。」
「ちょっと麻美~。」
「良く知っているね麻美ちゃんは。」
霧と言う女の子は阿部助教授のお兄さんの娘さんらしい、それと、教授のご両親と奥さまの命日が同じだとも聞いた。理由を尋ねたくてもよ、こんな一度に……ご家族が一度に亡くなられた理由なんて訊けないよ。
そこいら辺の事は口が重い阿部助教授は話さないが、三浦助教授から大きな事故で亡くなられたんだと、麻美と一緒になって簡単に聞いている。いや、丁寧に聞かされたと思うが私たちの頭がついていけなかったのね。その理由は並行世界が説明されたからだ。
「いや今度の旅行には杉田君と三人で行く予定だよ、あれは頼りにできるし。」
麻美の開口一番が、
「先生ずるい~杉田先輩ばかり贔屓にして。桜に贔屓はしなくてよいですから麻美にだけ、私にだけでも贔屓にして下さいな。」
「いやいや、さくらちゃんには贔屓にしないといけないのだよ。」
そう言われたらよ、ここは私がしゃしゃり出てキツく言う必要があるというものだ。だって何時何処で贔屓にされたのかが全く思いつかないのだからだよ。
「誰が教授の世話をするんですか? 私以外の女性を同伴させたりはしませんよね? まさか十才の霧ちゃんに教授の世話をさせたりしませんよねぇ?」
「世話妬き……女房なんだ……、」
教授? それは自惚れではありませんかね、世話妬きではありません世話焼きです。
麻美は、それこそ気後れしてはなるまいぞと思ってか感情をむき出しにしてきた。それに私は世話女房だなんて考えた事もないんだぞ。ま~家事に苦労はするし、如何にも所帯じみてしまった女子大生なんだと見えなくも無いかな?
「先生?……私も連れて行ってください、のけ者は嫌ですからね。」
麻美は阿部助教授の事を先生と呼んでいて、これは高校の先生が阿部助教授に似ているから。麻美が先生と呼ぶのは、きっと麻美は高校のあの先生を好きだったからだと私は睨んでいたら違ったみたい。
どうも……だんだんと小馬鹿にした呼び名の「先生」みたいな気がしてきたんだから。
麻美ったら阿部助教授には色目も使わないし眼中に無いらしい。性格が似ているだけでは乙女心は刺激されないのかな? 阿部助教授はハンサムでは無くても渋みがある中年男性だから私は好きだよ、ま~四番目にはなるけどもね。
友人の麻美が二番手に付けてはいるが、だったら一番は誰だろうね。
「で、麻美も同行してよろしんですよね?」
私は麻美も大事だからと擁護に回ると、するとどうだろうか阿部助教授も目が回り出していて、別名が「目が泳ぐ」とでもいうのか阿部助教授は嘘がつけないのだからか、ついつい大事な秘密を話してしまった。
「サークルの顧問の三浦くんと、石川くんも来る予定だよ。」
「あ~~~~!」x2
三浦助教授と石川海斗くんは最近になってくっいたみたいで、私たちは気がついていなかった。
阿部助教授は旅費の確保に家宝の幸福の壺を3個も売却していたし、丁寧にも玄関の傘立ても無くなっていたのだった。教授は信心深い性格ではないのだが、ご家族が亡くなられたのは信心が足りない所為だと諭されたらしくて壺と傘立てを買わされたらしい。
北区北7条西*丁目に、その四個を十万程度で買い戻しさせていたが、別の教授はその四個を教団から九十万円で購入したとかしないとか。
見返りは有能な学生を回して貰う事で、どうしても進展しないゼミの研究の天才的な人員が欲しかったらしい。あの……カイトくんだ! すると、あのアベックの相手は教団の使徒?
海斗くんは本当に必須科目は進級に必要だから減らしていなくても、選択科目は半分にいや三科目だけにした強者だ。生徒は組んだ科目の一覧を学生課に届ける義務もあるが、そこはちゃんと規定の単位分は埋めておかねばならない、でも受講はしないんだな。
この北海道大学にも魔の宗教が入り込んでいるし、ススキノにも充満しているとかしていないとか。
三浦助教授は石川海斗くんを連れて行くのには理由があって時期に暴露される。
三浦助教授は旅費の工面は数か月前から考えていたというし、その段取りは遅れも無く進んでいた。三浦助教授は文系の講義も出来る様なとても優秀な獣医さんなんだよね。大学で使う教科書も執筆が出来る程の才能があるのだから、二匹目のドジョウを狙っている。
「大学で使う本を書いて金を得る、そこはま~いいとしよう。でも本を指定して買わせるとは言語道断だよ。」
それは学生たちのもっぱらの噂話で、そんな噂が出るのは本の価格が高い所為からだ。
「俺も旅費の算段はしているよ。石川海斗くんを助手にしてさ、シベリアの紀行文を本にして売り出して、その本の原稿料の前払いを貰う手筈さ。」
三浦助教授にはもっと別な方法で旅費を出して貰える確約を取り付けてもいるのだと踏んで、相手は学長と麻美の父の瀬戸さんと睨んでいる。麻美はその情報を父から盗み聞いた事も副次的な発端になっていて、そのような事は全く知らないでいた私が騒動に巻き込まれたと言えるかもしれないかな。
「先生? 学長先生も噛んでいますよね?」
麻美からの極めつけが暴露されたら、後は芋づる式に秘密がドンドンと教授の口を衝いて出るのは悪い癖だろう。根が優しいのは悪い事ではないのだが、これも時と場合によっては墓穴を掘るものだよね。
それも特大の墓穴が、良く「正直者が馬鹿を見る」とはこのことだろう。
「学長も出資してくれるとさ。なあ、麻美くん。」
「麻美! それは何なの? 私は知らないわ教えなさい!」
「うんとね、三浦助教授がシベリアへ人狼の調査で行った事があってね、」
「それは過大な盛り話しとして知ってるわ。」
「そこで出会った黒い大きな馬を捕まえに行くのだって。」
「大きな黒い馬?……ですの?」
「あ、そうだった。私の父も行くのだわ。」
「野生の馬が捕まるの?」
「そうね、無理だと思うよ。第一馬は頭が良いもの。」
麻美に追随して私も適当なことを言う。するとどうだろうか、阿部助教授は観念したように?
「しょうがないね~明日の放課後に部室で旅行の日程と調査項目を報告するよ。各自は自分の調査したい事を決めて来るんだよ。」
阿部助教授は美保黒観念菩薩……違うか、弥勒観音菩薩のようなスタイルで、右手で指二本を丸めていた。要は……お金を持って来いと言っているのだ。少し違ったかな?
翌日の七月十六日に阿部助教授の研究室に集まる。これが後に発足した「オカルト研究」の通称、オカ研の結成へと繋がる。
「出立日は八月一日で、これは決定だ。準備を疎かにするなよ。」
「は~い!」
「瀬戸くん、出立と出発の違いは分かるかね?」
「いえ、でも……同じです。」
「さくらちゃんはどうだい。」
「出立は旅に出る意味で、出発は今から行く事です。」
「よ~し、モンジャ焼きを食いに……出発するぞ~。」
狭義には出発とは目的地に向かって出て行く事を意味している。
日程は決まった。すんなると決まるのが可笑しいのだと誰もが考えていない、何故に考えないのだ。
「三浦教授は、その、なんだ。先に出て馬を捕まえてから合流の予定だ。だから日程が少し狂うかもしれんが、各自は自由研究を行ってくれ。これは学業の単位として扱う! と学長が命令を下している。」
「ああ、それと民俗学の実地研修扱いで、学長さまが旅費を出して下さるそうだ。みんな! 頑張れよ。」
「は~い!」
これでオカ研の実地研修の項目が決まれば、後は持って行く物の段取りになる。夏休みなっても連日登校して項目の討議が行われた。
三浦助教授のあれは逆賄賂だろうな、壺と傘立てはとある出版社へ寄贈されていた。
「先生、お邪魔しま~す。」
「おう来たのか、上がれや。」
「麻美~それだけ?」
「重いから持てないわよ。」
麻美がキャベツを持参して家にやってきた。阿部助教授を交えて台所で馬鹿話ししながら夕食の準備をしている処だ。
霧は麻美が来たと知るや二階から飛んで降りてきた。麻美はとても大変だった。
「ね~お姉ちゃん、早くお馬さんに乗せてよ~。」
「麻美、肉を解凍しておいてね。」
「んも~二人の相手は出来ないわよ~……。」
なんだかんだと言いながらの女の子の話題は尽きない。ふとした事から三浦助教授の家の事に話題が飛んだ。
阿部助教授曰く、
三浦助教授にはとても綺麗な奥さまがいらして、教授はどうも頭が上がらないらしく、北大の講義でも話題には乗せないみたいだ。実情は愛妻家ではなくて全く面白くはない恐妻家なのだから話題に出すとすれば、夫婦喧嘩でお茶碗が飛んだ割れたの類いしかないらしい。
現代になれば携帯電話が飛び交う……らしい。
「三浦くんはね、女の子よりも動物の方が好きなんだからね。」
「あ~道理で……分かりましたわ、お子さまはまだですのね。」
「麻美、今、それになんの意味があるのかしら。それは千切りにしておいて。」
「え?……何もないわよ。桜、三浦助教授の家に行って晩ご飯を作るのよ、手伝いなさい。」
「え?……どうして?」
「もち、奥さまに焼き餅を焼かせる為に……だよ?」
「夜は仲良くなって……合体?」
「キャッ、嫌だ!」
「な~君たちは下世話が過ぎると思うのだがな?」
呆れる阿部助教授だったし、霧は皆の会話を聞くしかなかった。
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