1-28.【生きる意味を照らす《シャイニング》心の光《レイ》】


 「ディ、、ディア?」

 

 断頭台に頭を入れられて視界が視えにくくなっていたせいで、弁護側にいるディア達にユーサは気づかなかった。


 「夫は、人間です!! 純粋な人間でなくても、悪魔に間違われる特殊な人間。亜人なのではないでしょうか!?」

 「ほう。特殊な人間? 亜人? それはどういう事かな? フォレスト婦人」

  

 サラキ・エルが大きな戦斧バトル・アックスを持つ信徒に対して手を前に出した。

 武器をしまうように指示をした。

 その指示に従い、処刑人の信徒は武器を下げた。 


 弁護側の意見を聞き入れ。

 審議を行い。

 審判を下す。

 それまでは、処刑を止める事ができる規定(ルール)だった。


 「私は、亜人です」

 「ほう。か」


 ユーサの住む世界では、純粋な人間以外の亜人が存在する。

 エルフ、ドワーフ、ホビット、ネオアンドロイドなど、様々な種族が共存している。

 その為、種族間での争いや差別なども問題となっている。

 

 亜人を。と呼んで、差別用語のように軽視するのは、人間だけではなく天使にもいる。


 「……亜人の中でも絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅである、ヴァンパイアの末裔とも言われています」

 「ほう。長年生きてきたが、亜人の中でも珍しいヴァンパイアに会えるとは思いもよらなかった」


 サラキ・エルは、ディアの姿を物珍しい骨董品こっとうひんを見るように、品定めするような仕草をした。


 「ヴァンパイアと言えば、吸血鬼もの鬼とされる人種だったな、そうなると

 「魔族? 興味深い……とはどういう事ですか?」

 「ほう。知らないのか? 君の娘は【悪魔の子】、という可能性が高いという事だよ」

 「!? どうしてそうなるのですか!?」

 「え? マリア、、あくま、、なの?」

 

 ディアの横からマリアのか細い声が、ユーサの耳に届いた。


 「ほう。君がその娘か……おい。とらえて確認しろ」

 「!? やめてください!! 何故、そんな事を!!?」

 「悪魔と純粋な人間の間には、子供は産まれない。長く生きている我らですら、知る限り聞いた事はない」


 武装した信徒達が、弁護側にいるディアとマリア達に近づいてきた。

 信徒達に近寄らせないように、ディアがマリアを抱きしめた。


 「ただ、デミの中でも、特に、魔族に近しい種族との交配により、【悪魔の子】が産まれる可能性が天文学的な確率で起きるという伝承がある」

 「……だからといって、マリアに……子供に酷い事を言わないでください!!」

 「酷い? 我らの仕事は疑う事から始まる。あくまで可能性の事を言っている。現にフォレスト婦人、その娘を授かるのに苦労したのではないか?」

 「……それは」

 「フォレスト婦人は、医療者だったね。このザキヤミでは、少子化対策に関して尽力じんりょく的であり、不妊治療に対する秘術なども発展している。その為、子を授かりにくいケースは、ほぼ稀になっている事はご存じだろう?」


 ディアは黙っていた。

 事実、娘を授かるのに二年近く不妊治療を続けていたが上手くいかず、特殊な秘術に頼ったからである。

 

 「だからこそ、その子供が【悪魔の子】かどうか興味がある。協力してもらう」

 「!? やめてください!! 離してください!! マリアは!! 私達の娘は悪魔ではありません!!」

 「いやぁああーーー! こわいよぉーー!! パパぁー!!!!! たすけてー!!!」


 その瞬間。


 ピキッ__!!


 その場にいた全員に悪寒が走った。

 冬が春になり始めているが。季節による気温変化とは違う寒気。


 それは、ユーサがいる断頭台の所から、強力なが発生していた。


 「なんだ。その目は? ユーサ・フォレスト」

 「………………。」

 「気に入らん。ユーサ・フォレスト。貴様からは、やはり悪魔の目、魔力を感じる。我の天使としての勘が言っている。もし、死んで灰にならなければ、我が責任を取る。処刑しろ」

 「ハッ!!」

 「待ってください!!? そんなのあまりに横暴です!!」

 「いやああーー!!!! パパァーーー!!!」

 

 信徒により振り下ろされた戦斧が、ユーサの首を狙った。


 ガキンッ!!!


 金属が割れる音が鳴り響く。


 ユーサは、力任せに断頭台の一部を壊した後。

 振り下ろされた戦斧の刃を、上下の歯による咬合力。

 噛む力だけで、白刃取りをして刃を受け止めた。

 

 ガチガチガチガチガチッ!!!!


 戦斧を持つ信徒の両腕が、プルプルと震え、歯と刃の接触音が鳴り響く。

 信徒が力を込めてユーサの口を切断しようとするも、いくら力を込めても戦斧が動く事は無かった。


 バリンッ!!!


 「「「ヒッ____!!!?」」」


 ユーサが歯で、戦斧の刃を破壊した音がした。

 その場にいる市民は、人間には不可能なありえない行動に恐怖を感じ、言葉をなくした。


 戦斧を持っていた信徒なのか、そのありえない光景を目のあたりにしていた市民なのか。

 誰の声だか、分からない恐怖に満ちた悲鳴があちこちで聞こえた。

 

 「ほう。抵抗したな。おい、首輪の電気を最大出力で流せ」

 「え? あ、。ハッ!!」

 「___っ!!!?」


 ビリビリビリビリッ!!!


 そして。


 「ど゛、、り゛、、け゛、、せ゛、、、」

 「ヒッ!!?」


 ユーサの首輪から、強烈な電気が流されている筈だった。

 しかし、ユーサは何事もないかのように、ただサラキ・エルを睨み言葉を続けていた。


 「ディ゛、、ア゛、、と゛、、マリ゛、、ア゛、、に゛、、」


 ボンッ!!! パラパラ……。


 ユーサに取り付いていた首輪が、オーバーヒートした機械のように煙を出した後、爆発音を立てて壊れた。

 

 「あや、、まれ、、、」


 恐ろしい表情で、サラキ・エルを睨むユーサ。

 初めてユーサの怒りの表情を見る市民と信徒が、恐怖で動けなくなった。


 「ほう……ありえない。天使である我が、冷や汗をかくとは………やはり、貴様は悪魔か?」


 サラキ・エルの言葉が大衆をあおる。


 「ほれ見ろ、あんな事できるなんて、やはり人間ではない」

 「怖い、、、早く処刑してよ!!!」

 「この街から出ていけーーー!!!」

 「処刑しろーー!!! 処刑!! 処刑!!」


 処刑コールが、広場中に広がった。

 エスカレートしていく、市民の騒ぎは興奮状態にあった。

 そして、市民の影に、不自然にが現れていた。

 

 「ユーサ・フォレスト、見たまえ。君の今の行動は人間にはできないそうだ。少なくとも君は人間ではない。というのは確定ではないか?」

 「……。……!?」

 「正義とは、何が正しいか正しくないか、ではない。なのだよ。天使である我ではなく、大衆が君を悪魔と決めている」


 人間ではない。

 その言葉と大衆の言葉に、少しずつ、静かに、怒りの表情を隠すユーサ。


 「そして、二つ目の容疑。今回の事件の首謀者は君という疑いだが……」

 「……。」


 ユーサは、「違う」と声に出したいが、

 このままではあらぬ誤解が進み、取り返しがつかなくなるのではないか? と焦りを感じていた。


 「違います! 今回の事件の犯人は、悪魔側の王が原因です!」

 「ほう。何故そんな事を君が知っているのかな? フォレスト婦人。やはり君達は……」

 「私達を襲ってきた、魔王の正妻と名乗る、サキュ・B・アーク。という悪魔が、天使達への宣戦布告と言っていました!」

 「ほう。それは……本当か? 証人はいるか?」


 サキュ。の名前を出した瞬間。サラキ・エルの表情が変わった。


 「はい。ク・エルさん……ク・エル天使長に確認していただければわかると思います」

 「ほう。なるほど。コレは急いで確認したい所だが……残念な事に今、ク・エル天使長は不在だ。こちらに呼べない」

 「え? 何故ですか?」


 サラキ・エルの言葉にディアが固まる。


 「ク・エル天使長は、天使の素顔を市民に見せた罪と、君達をかばった事により悪魔側に寝返ったと容疑で拘束されている」

 「__っそんな! 酷い!!」

 「公平な判断だ。因みに君達の仲間のオトキミ・ズー。アユラ。ガケマルも君達に洗脳されている容疑で同じようになっている」

 「ク・エルさんも、オトキミ君達も、命をかけて市民の為に戦っていました! いくら天使さまでも酷すぎます!!」


 ディアが、涙を浮かべながら抗議した。

 昨日の死闘の中。

 ク・エルの天使として市民を守るための務め、信念。

 オトキミ達が生死を彷徨いながら自分達親子を守ってくれた姿を近くで見ていたディアにとって。

 彼女達の想いを踏み躙っている最天使長が許せずにいた。


 「__デミが、何を偉そうに」


 しかし、サラキ・エルは冷たく遇らう。


 「貴様らが聖戦ジ・ハードでの天敵サキュの指示に従い、今回の事件を起こした黒幕である可能性を我は見過ごさない。現にユーサ・フォレストは、人間ではない。我らを貶める悪魔だ」

 「そんな……証人が必要と言われ、その証人もそちらの都合通りになるのは……横暴すぎます!」


 ディアの納得いかないという主張が、市民の一部にも伝染したのか。

 市民の中でも、サラキ・エルに対する不満の声が聞こえた。


 「では……質問を変えよう。審判を下すのは、我らだ。ユーサ・フォレスト。そもそも貴様は何故生き返ったのかが問題だ! 貴様をを答えよ!!」


 ユーサの表情が絶望に歪むのをサラキ・エルは見逃さなかった。


 「答える事ができるのであれば無実の罪で釈放する。ただし!! 答えられなければ、


 厭らしい笑みを浮かべ、サラキ・エルは続けた。


 「さあ! やましい事がなければ、答えられる筈だ!! 何故一度死んだはずの貴様が生き返った!! アンデッドの悪魔か!? 天使か!? 答えよ!!」

 「……!?」


 ユーサが答えられない事。

 ユーサの声が出せなくなっているのも含めて、結局サラキ・エルは、最後にこの質問をして、ユーサが答えられない状況に追い詰める事。その目的で首輪をつけさせていた。


 「フォレストさん。。。答えられないという事は、やはり悪魔の化身なのか!?」

 「アンデッド!? 魔物!? 魔人!?」

 「答えられないって事は、もう自分が悪魔だって認めているもんじゃないか!!」


 サラキ・エルの言葉に、集まった市民が再び同調し始めた。

 ユーサの表情が変わる。


 「あなた……」


 ディアはユーサの表情を見て、何か事情がある時のの顔だと気づいた。

 

 「皆さん! 例え夫が悪魔であっても、誓って、市民の皆さんに危害を加える事は絶対ありません!!!」

 

 悪い意味ではない。

 何かを隠さないといけない訳があるのだろう。

 ……と思い、信じたディアは、サラキ・エルではなく集まった市民に向けて声を出した。


 「私達が住むザキヤミでは、七割近くが輸入品で生活が成り立っています。夫は、皆さんが安全に、豊かに、幸せに暮らせるように、輸入されてくる荷物を運ぶだけではなく、強盗や悪魔から荷物を守る事にも毎日尽力してきました」


 広場の喧騒けんそうは無くなり、市民達が鎮まり始めた。


 「私が作ったお薬を遠くの患者さんに届けて、患者さんからの感謝のお手紙を届けてくれたり。夫は、遠く離れた人の気持ちを繋げる仕事に誇りを持っていました」


 ディアは涙をこらえ、市民の顔を見てユーサの事を語り始めた。


 少しずつ、がディアを包み、人々に想いを伝えていた。

 市民の影に潜んでいた、不自然に歪なオーラが消えていく。


 「確かに……そうだよな。俺達が豊かに暮らせるようになっているのも、運搬業者、ギルドのおかげだよな」

 「ウチもフォレストさんに助けられたから分かるよ。あの人は、人を騙すような人じゃない」


 サラキ・エルの言葉にあおられてユーサ達を罵倒していた市民達が、ディアの言葉に耳を傾け始めた。


 「__ッチ! 審判をくだすのは、最も神に近い存在である我だ!! 疑いを真実にして!! 悪魔を排除するのが我らの務め!!」


 市民達がディア達に心を揺さぶられる中、ユーサに石を投げるかの如く、言葉を強めるサラキ・エル。


 「さぁ答えよ! ユーサ・フォレスト!! 無実の罪であれば、神の名を答えられる筈だ!!! 答えなければ、とみなし!! 処刑する!!!」

 「……えっ?」


 荒々しく声荒げるサラキ・エル。

 先ほどまでの余裕は無くなり、最高位の天使長の姿ではなかった。

 

 「いくらなんでも、酷くないか?」

 「あれが天使のやることかよ」

 「なんだかいつもの最天使長様じゃないみたい……」

 

 市民の声からも、サラキ・エルの評判が下がる声が続いた。


 「__っ!? なんだ貴様らぁ!! 愚民どもがぁー!!! 我を侮辱した者は死刑に処す!! 殺せ!!!」

 「え? いや、でも……」

 「命令が聞けぬ信徒ならば、貴様らは我が直々に処分する!!!」


 サラキ・エルの暴走が始まり。

 信徒は市民達に襲い掛かり。

 市民は泣き叫びながら逃げる。


 ユーサの裁判は、どこに行ったのか。

 黒い雲が太陽を隠し光を遮る。

 天気だけではなく、その場にいる者達の気分までよどみ始める。

 広場が混沌と化した、その瞬間。


 「見ていられない。…… ー 願いを 今 誓いに 変えて ー 」


 一人の老人が空に向けて、巨大な光の光線を放った。


 「 ≪ 【神秘術ディー・アーク】 ≫ 」

 

 老人の指先から、白く青白い光線が雲を突き抜け、太陽の光が広場に現れた。


 「 ≪ 【生きる意味を照らすシャイニング・心の光レイ】 ≫ 」


 曇り空が、晴れに変わった。

 その光に魅せられて、荒れ狂った市民と信徒の心も澄んでいった。


 「サラキ・エル最天使長。なのではなかったのですかな? 市民の皆様は、ユーサ君を悪魔とは思っていないようですが?」 


 西洋の教会に似つかわしくない。神社の神主かんぬしが姿を現し、ユーサに近づいた。


 「貴様は__!?」

 「私は、ジル・D・レイ。彼と同じ神により、召命を果たす為に生き返った神秘術師ダルカーである」


 青色の髭を生やした老人。

 ユーサの葬式をした、神主のジルが姿を現した。


 そして、付き人の派手な格好をした祈祷師きとうしが、ユーサの首の治療を始めた。


 「我らの主ウィーッシュよ! ユーサっさん!!」

 「ギアド……!?」

 「ギアド・D・スターアスト。星の力で、ユーサっさんを守る為に、参上したっスよ! オレ達が来たんだもう大丈夫」

 「ギアド……ありがとう」

 「ユーサっさん、お帰りなさい。後はボスに任せましょう」


 ギアドの顔を見て、肩の力が抜けて身体を預けるユーサ。


 「この……異教徒共が!? 何をしに来た!!!」

 「彼を生き返らせた神の名を知りたいのでしょう? 私が代弁しよう。私達デイ教徒の神の名は……」


 ユーサの治療を一瞬で終わらせたジルが、サラキ・エルに向けて続ける。


 「救世主メシア様の名前は……デイ様。である」

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