1-19.反撃 憤怒の力


 怒りには、あらゆる言葉の表現がある。


 顔に怒りの色が現れる。

 悪鬼あっきのような形相。


「す ぐ らく に し て や る」


 怒りが発する圧力プレッシャー

 それを感じるのは、人間だけではなく悪魔も一緒。


 ユーサの言葉がまるで金縛かなしばりの呪文のように、百体近くの悪魔が動けなくなる。


 __AA!? 何だ? 何故動けない?

 __AA!? どうして悪魔である我らが、人間に臆しているのか?

 __AA!? あの人間は……いったい何者だ?


 ユーサの顔を見た悪魔達が、そう思考する。

 悪魔が恐怖するほどの威圧感。

 真正面からぶつけられる負の感情。


 憤怒ふんぬ


 「き、貴様……ほ、本当に人間か……?」


 強烈な剣幕けんまく

 召喚された雑魚悪魔達だけではない。

 先程まで優越ゆうえつひたっていた冠位悪魔アーク・デーモンでさえ、声が震えていた。


 __アノ人間トハ、戦カイタクナイ。

 __アレハ、怒ラセテハイケナイ存在ダ。

 __戦カエバ、殺サレル。


 悪魔達の視界には、ユーサの背中から巨大な黒い影の幻影が見えた。

 それはまるで、自分達以上の魔力を持つ魔王まおうのような感覚。

 

 たった一人の女性のような見た目をした、貧弱ひんじゃくそうに見える男性に対して、百体近くの悪魔が戦慄せんりつしている。


 「ッチ!!」


 しかし、その悪魔達を召喚した冠位悪魔アーク・デーモンが、その空気を断ち切ろうとする。


 「グ……グズどもがぁAAAAAA!!! た……たった一人の人間に何をしている!!! こ、、こ。こ、殺せえええEEEEE!!!」


 声が震えていることを部下達にさとられないよう。

 誤魔化ごまかすように大声をあげる冠位悪魔アーク・デーモン


 自分達を呼び出した主人の叱責により、金縛りの術が解けたかのように意識が戻る召喚悪魔達。


 「「「GUUU!! GAAAAKUUU!!」」」


 __AA……相手ハタッタ一人。全員デなぐリ、シ、ミ殺セバ良イ。


 そう考えた恐れ知らずな悪魔が数体。

 ユーサの前に立ちはだかり、前衛部隊として牙を向けて襲いかかった。


 「「「……AKU?」」」


 ……筈だった。


 襲いかかった筈の悪魔達の動きが止まった。


 「……十。……九」


 ユーサが数字を呟いたその瞬間だった。

 縦、横、斜め。

 刃物で切られたような攻撃痕が悪魔達の全身に浮かび上がる。


 「「「……A。GAAKッ!!?」」」


 そして、攻撃痕の箇所から真っ黒な汚い血液が溢れ出し。

 バラバラっ……と悪魔の肉片が細かく地面に落ちて、灰と化した。


 「……八。……七」


 一つずつ減っていく数字を呟くユーサ。


 「「「 __ヒィッ!! 」」」


 悪魔達が、ゆっくりと近づくユーサに怯える。


 ユーサが数える数字。

 不気味な呪文。

 まるで死へのカウントダウンを聴かさせれている気分になった召喚悪魔達が一斉に襲いかかる。


 「「「AAKッ!!? AAAAーー!!!! 」」」


 __しかし。


 「……六。……五」


 「AKUッ!!」「GAッ!!?」「AKッ!!?」


 同じことの繰り返し。

 ユーサに襲いかかる悪魔達が先程と同様に体をバラバラされ、灰になった。


 __その繰り返しが続き。


 「……二。……一。……ゼロ」


 ユーサの呟く数字がゼロになった瞬間。


 パリンっ!!


 ユーサの召喚した短剣武器が、まるでガラスを勢いよく叩きつけて割れたかのように、大きな音を立てて消える。


 「「「 Aッ!!?」」」


 無防備になったユーサを見て、悪魔達は同志達の顔を見合わせ、考えた。


 ー イマノウチニ、殺セバ、イイノデハ!? ー


 「「「 ……。AAAAAAーー!!!!!!!」


 下級悪魔達が足りない頭で考えた結果。


 目の前の無防備な人間を、四方八方しほうはっぽう

 逃げ場がない状態。

 ユーサの頭上から、真正面から、側面から、背後から。

 下級悪魔達が一斉に襲いかかった。

 

 その瞬間……。


 《  ー 〇 呪文(スペル) ●秘術(アーク) ◎召喚(ゲート) ー 》


 < パチ! パチ! パチ! パチン!! >

 


 ユーサが左手の指を連続で四回鳴らし。

 手の平に現れた黒い何かを、地面につけた。


 そして次の瞬間、ユーサは姿を消した。


「「「AAッ!!??」」」


 標的が一瞬で消えた事に驚く悪魔達。

 自分達の四方八方しほうはっぽうからの攻撃は、止められない。

 ユーサのいた箇所で、悪魔同士が体をぶつけ合い地面に倒れた。

 その悪魔達の体が山積みにされた地面に。


 が浮かび上がった。


 バチっ__!! ビリビリビリビリッーーーー!!!! 


 魔法陣に入った悪魔達が全員。

 黒い稲妻イナヅマと火花を全身に浴びる。


 「「「AKっ--!! AAAAAAーー!!!!!!!」」」


 悪魔達の身体が激しく痙攣けいれんを起こし、激痛による悲鳴が轟く。


 「罠の術!? ヤツは召喚武器術、以外も扱うのか!?」


 冠位悪魔アーク・デーモンが状況把握をしている間に。

 魔法陣に入った悪魔達が一匹残らず、黒焦げの焼失死体の山と化し、残ったのは死骸しがいの灰だけだった。


 「Aっ、AっAっ、、AっAっ、、、AAAAーーーー!!」

 「__っ!? お、おい!! な、何をしている!!? っAAAAーー!!」


 目の前にいた同胞達が、訳も分からず灰になる不気味な光景。

 残りの悪魔達は、恐怖のあまり我を忘れ、ゲートを使いその場から消えていった。


 「こ、、こ、、こんなの……ありえないっ!! 我の許可なく、だと!!?」

 「召喚獣は……」


 いつの間にか姿を現したユーサ。

 慌てふためく冠位悪魔が、声をかけられた方を向く。


 「自分のレベルを遥かに超えた対象を見た時に、があるんだけど……初めてみたのかな?」


 気がつけば、二メートルも無い間合いの距離で話しかけられた事に冠位悪魔アーク・デーモンが構える。

 

 「あ、、あ、、こんな、、事が、、」


 召喚術において。

 召喚された獣は、制限時間が過ぎる前に、召喚者の許可なく召喚前の場所に戻る事はできない。

 

 冠位悪魔アーク・デーモンは、そういう理(ことわり)だと信じていた。

 理由は、今まで召喚獣が強制退場するほどの強者と出会った事がなかったからだ。


 しかし__多くの悪魔が、戦意喪失せんいそうしつしつ戦線離脱せんせんりだつをしたこの状況。

 百体中の約八十体近くが灰の山。

 召喚された残りの悪魔達が、恐怖のあまり還っていき、一体もいない事実。


 「召喚術は、よりも、の方が……だったっけ?」


 数分前の強気な発言のげ足を取りながら、呆れた顔で悪魔をあわれれむ無傷のユーサ。


 「ぐ……おのれEEEーー!!」


 冠位悪魔アーク・デーモンの両腕が、質量保存の法則を無視して大きく不気味に膨れ上がる。


 「グズ共を使わなくても、我が自ら殺してくれるわAAAAーー!!」

 

 冠位悪魔アーク・デーモンの両腕が鞭のように不規則な動きでユーサに襲いかかる。

 横に、縦に、斜めに。

 死角などない無数の乱撃が繰り出される。 


 その場に響き渡るのは、冠位悪魔アーク・デーモンの両腕が空を裂く音。

 地面、コンクリートが破壊される音。

 当たれば、五体満足無事では済まない音が、響き渡るのだが………。


 「GUUUぅ……!! 何故だ!!? 何故当たらんっ!!!?」

 

 冠位悪魔アーク・デーモン猛攻もうこうは、一つもユーサには当たる事はなかった。


 パチ! パチ! パチ! パチン!!


 指を高速で鳴らす音が、コンクリートの破壊される音に紛れる。


 「GAAーー!! この羽虫がAAAAーー!! さっさと、くたば……GUUBBUUOOッハッ!!?」


 冠位悪魔アーク・デーモンの両腕が止まる。


 同時に、冠位悪魔アーク・デーモンの口から真っ黒な血が地面に向けて噴出する。


 ユーサの右腕が肘まで見えなくなるほど、冠位悪魔アーク・デーモンの脇腹にめり込む。

 腕が内臓にまで届いているのではないか、と思うほどの激痛。

 生死を彷徨さまよう、強烈な一撃クリティカルヒット

 

 そしてユーサは、めり込んだ右腕を離し。

 もう一度同じ強さの拳を、隙だらけになった冠位悪魔アーク・デーモンの顔面に打ち込んだ。


 「AAAA、GAAAAっーーー!!!!」


 冠位悪魔アーク・デーモンの顔が、不細工に歪む。

 車に跳ねられたボールのように、バウンスしながら地面に叩きつけられ、醜く痛々しい顔に変わる。


 「な……何故……我を……?」

 「素手じゃない。これも召喚武器だよ」


 幽霊に攻撃が当たらないように、悪魔は特殊な力ではないと攻撃できない。

 しかし、冠位悪魔アーク・デーモンはダメージを受け、顔に痛々しい殴られた攻撃痕が残っていた。


 「大きな音を立てて攻撃していたから、気づかなかったのか?」


 ユーサの右拳には、黒曜石のが握られていた。


 「なっ!? ……そんなモノで我が……バカな……!! 天使でもない人間に、これほどのダメージを……!!?」


 何度も立ちあがろうとするが、膝から崩れ落ちる冠位悪魔アーク・デーモン

 冠位アーク。と言うには品も、格もない無様な三下の姿。


 「こいつは、人間ではない……。HAッ!? まさか……」


 地面に這いつくばりながら、近づいて来るユーサの顔を見て、何かに冠位悪魔アーク・デーモンが気づいた。


 「貴様……ではないな?」


 冠位悪魔アーク・デーモンの言葉に、ユーサの動きが止まり、顔付きが変わった。


 「フッフッフッ……やはりそうか、貴様……」

 「僕は、人間だ」


 ユーサは言葉を発すると同時に、穏やかで優しい顔つきに戻った。


 「自分の事を……人間だと思っている」

 「嘘をつくな! 貴様のその強さは人間の秘力ひりょくではない! 魔力まりょくを感じる!! 何故それほどまでに、弱い人間に力を貸す!?」

 「……弱い? 人間?」

 「そこで倒れている無様な小僧達や、この都市に住む人間達の事だ。何故だ!?」


 冠位悪魔アーク・デーモンがディア達の方向を指差しながら喚く。


 「弱くなんかないさ。充分に強い。僕の大事な家族と仲間だよ」


 ユーサが、ディア達の方を見ながら、冠位悪魔アーク・デーモンに答えた。


 「オトキミ達が頑張って戦っていなかったら、僕の家族は殺されていたかもしれない」

 「……ユーサのアニキ」


 倒れたままのオトキミが、ユーサの言葉に反応して涙を流しながらつぶいた。


 「ディアが最後まで諦めずにいたから、マリアは無事だった」

 「あなた……」


 ユーサの言葉を聞き、ディアがマリアを守るように強く抱きしめた。


 「相手が自分よりも強い敵だと分かっていて立ち向かう事は、決して弱くはない」

 「む、虫唾むしずが走る言葉を、、ペラペラと!!」

 「逆に質問したいんだけど……君は、本当になのか?」

 「何……?」


 悪魔の顔つきが変わる。

 しかし、ユーサは、お構いなしに呆れた顔で視線を送る。


 「昔戦った事がある、僕の知っている冠位悪魔アーク・デーモンとは思えない。君からは、強さを感じない。上級グレーターの方が強く感じるんだけど? 何故かな?」

 「__ッ!? 少し攻撃が当たったからと、良い気になるなよ! 優男!!!」


 冠位悪魔アーク・デーモンが、怒りに任せて叫びながら立ち上がる。


 先程の瀕死状態から、少しだけ回復したのか。

 不気味な形をした両腕をユーサの方に向けて戦闘体制に入る。


 「なら。僕の家族も仲間も、弱くない事を証明する」

 「なんだと……? どう証明するのだ?」

 「僕が攻撃をしなくても、君は倒される」

 「GUUAAーーー!!! 減らず口を!! 死ねNEEEEーー!!」


 冠位悪魔アーク・デーモンの両腕が、巨大な鞭のように不規則な動きでユーサを攻撃する。


 横、斜め、縦。

 常人から見れば、目で追えない速度での攻撃。


 「ぐ、ぬ、、ぐぐ!! あ、、あたらん!!」


 先程と同じ光景。

 冠位悪魔アーク・デーモンの攻撃がユーサに当たる事はなかった。

 違う点があるとすれば、悪魔が押している状況。

 バックステップとスウェーを駆使して、ユーサは逃げるように下がっていった。


 「逃げるな!! タタカエ!!」

 「……分かった。じゃあここで、終わらせよう」


 冠位悪魔アーク・デーモンの言葉に合わせて、ユーサが動きを止めた。


 「!!? バカめ!! 止まっていれば貴様などボロ雑巾ぞうきんよ!! 死NEEE!!!!」


 冠位悪魔アーク・デーモンが、静止したユーサの頭目掛あたまめがけけて、両腕を振り下ろそうとした瞬間。


 ドンッ!!!!!!!


 「グッア゛ア゛ア゛!!!」


 冠位悪魔アーク・デーモンの背中に、何か小さな物体が当たり強打した。

 あまりの勢いにより、冠位悪魔アーク・デーモンの背中が仰け反った。


 「な、、何が、、」

 「コン!」

 「あれは、キチュネ!? オトキミ君のキチュネが攻撃したの?」

 「コン! コン!!」


 ディアが白い狐の召喚獣に気付き、狐の名前を叫ぶ。

 オトキミが最後に召喚した召喚獣のキチュネが、ディアの声に反応して鳴く。


 「へ……。へへ……ありがてぇ……ユーサのアニキ。役に立ったぜ」

 「オトキミ様。流石です!!!」

 「イ、け、て、る!」


 オトキミは倒れたまま、右手の人差し指を曲げたまま挙手をして呪文を唱えていた。


 召喚獣であるキチュネを呼び戻して。

 主人のかたきつかのごとくく。

 狐の召喚獣は、冠位悪魔アーク・デーモンの急所目掛けて、超特急で突進して渾身の一撃を繰り出したのであった。


 「ぐふッ!! は、走り去って……。逃げたのではない……のか?」

 「へ……。別に、逃げた訳じゃ、ないさ」

 「流石だよオトキミ。ウチで一番の獣召喚秘術士だ。……あ、そうか。悪い。さっきの言葉、訂正するよ」


 ユーサが何かを思い出し、急所を大怪我して悶絶中の冠位悪魔アーク・デーモンに告げる。

  

 「君の言うとおり、確かに召喚術士は、の方が優れているね」

 「ぐッ……。急所に当たったとしても、この程度で……雑魚の攻撃で我は死なんぞ!!」

 「そうでもないよ」


 ドンっ!! 


 「何を……、ッーー!!!!」


 大きな音が鳴る。

 キチュネが、冠位悪魔アーク・デーモンの背中にもう一度体当たりをした音だ。


 背中からの勢いで、冠位悪魔アーク・デーモンが頭から地面に倒れこむ。 

 そして、冠位悪魔アーク・デーモンの顔が青ざめた。


 「これで、僕の言ってた事が分かったか」


 そこには、ディアが最後の抵抗で唱えた氷の秘術。


 「あ。私の……」


 氷山ひょうざんが、鋭く健在していた。


 「氷山!!? ア゛ア゛ア゛!! AAAAAAAA———!!!!」


 体力を消耗した悪魔に、起きあげれる力はなかった。

 冠位悪魔アーク・デーモンの顔に氷山が刺さり、ゆっくりと真っ黒な血が氷山を包む。

 抜ける事がない鋭い痛みを受け、断末魔を上げながらダメージを負う。


 「人間ぼくたちは、弱くない。悪魔きみは自分が思っているほど強くないよ」


 ユーサの言葉を聞き。

 冠位悪魔アーク・デーモンは、声を失いながら。

 ゆっくりと絶命して、【黒い灰】だけ地面に残った。

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