1-18.お休(yasu)みなさい【ソウ・グッド・ナイト】

 「僕にできそうな事はあるかな? ディア」


 __自分は今、悪魔に氷山の刃で貫かれ、死んでしまい。

 幸せな白昼夢はくちゅうむを見ているのではないか……?

 と思えるほど、現実味げんじつみの無い瞬間がディアの頭をけ巡った。


 「助けて……あなた……」


 雨の中、初めて出会った時。

 彼に助けを求めた日を思い出し、ディアは涙を流しながら呟いた。


 「おやすようだよ」


 ディアにとって、聞き覚えのある言葉。

 困った時、必ず助けてくれる彼の言葉。

 月明かりにより、笑顔で答える彼のいつもの姿。


 緊張の糸が切れたのか、涙はより一層に止まらなくなる。


 「夢じゃ……ないのよね……?」


 恐る恐る、そして弱弱よわよわしい声。

 ディアは、自分を抱きかかえている男性の頬に触れて確かめた。


 「僕も、夢じゃないかと疑っているけど……。夢じゃないよ、ディア」


 寒い冬から、桜が色づき始めた春の日。

 小雨が降っていた夜。

 まだ少し肌寒い季節の中、男性の頬は温かかった。


 「僕は、生きてここにいるよ」


 ディアは、ひつぎの中に夫を入れた昨夜の葬儀を思い出していた。

 もう目を覚ます事はない、冷たい体温の彼とは違う。

 亡くなった患者を数多く診てきたディアにとって、生死を確認する事は容易たやすかった。

 今、自分が触れている彼の温かさは、生きている事を証明してた。


 「パパーー!! おかえりーー!!! うわーーーん!!!」


 死んだ夫が生き返った。

 そんな非現実的な状況で、意識がまだ回っていないディアの頭に喝を入れたのは、娘の声だった。


 「ディア、降ろすよ? ただいま、マリア」


 抱きかかえていた妻を優しく地面に降ろし

 膝に地面をつけながら娘の視線に合わせて会話をする姿。

 泣きじゃくる娘を抱きしめ、頭を優しくなでる姿。


 「本当に……あなたなのね……。おかえりなさい」


 女性と見間違えそうになる見た目。

 黒い長髪からかすかに見える、ディアがプレゼントした黒いバラのイヤリング。

 黒と赤の線が交差する、和洋折衷わようせっちゅうの着物の服。

 透き通るような青色の瞳。


 「ただいま。ディア。遅くなってごめんね」


 ディアは、目の前の男性が自分の愛する夫。

 ユーサ・フォレスト本人だと確証した。


 「ユーサ……の……アニ……キ……」

 「オトキミ様!! 目が覚めましたか!!?」

 「しゃ、べ、っちゃ、だ、め(傷が開いちゃう)」


 オトキミは、今にも消え入りそうな声でユーサの方に手を伸ばした。

 マリアを抱きしめたまま、声の主に近づき、その手を握りしめるユーサ。


 「オトキミ、アユラ、ガケマル。三人共ありがとう。妻と娘を守ってくれたんだよね?」


 傷だらけの三人の姿を見ながら、何が起きたのか察するユーサ。

 彼らの行動を把握したユーサは彼らを見て頭を下げた。


 「三人が同じ仕事仲間である事を、誇りに思うよ。ありがとう」


 ユーサの笑顔と言葉に、三人が涙を流して返事をした。


 多くの言葉を交わさなくても全てが伝わる信頼された空気に、一同が安堵した。



 「お涙頂戴なみだちょうだいタイムは……終わりで良いか? クソったれな優男が」

 

 

 しかし、禍々しい悪魔の声が、横槍よこやりを入れた。


 切られた羽の出血がやっと収まったのか。

 ユーサの方を、おぞましい悪魔の顔が睨みつける。

 悪魔の着ていたエナメルスーツが、より色濃く黒い血に染まっていた。


 「……。ディア。オトキミの傷の手当をお願いしても良いかな?」

 「え? あ、うん。わかったわ」


 一度だけ、悪魔を横目で見た後。

 ユーサは、何事も無かったかのようにディアの方を向いて会話をした。

 ディアはユーサの願い通り、オトキミの診察と手当を始めた。

 

 「な……!? こ……この……クソ下等な人間が……我を無視するとは……!! みていろ……羽の再生が終わったらお前なぞ……!!」


 悪魔にとって人間は下等な生物。


 西洋墓標せいようぼひょうが並ぶ夜の墓場という不気味な場所の中ではあるが。

 いつも通りの日常会話をする態度で喋るユーサに、悪魔は怒りを覚えた。


 「ん……パパ……あつぃ……よぅ……」

 「どうしたんだいマリア? ん? マリア? __!? 酷い……熱だ」


 ユーサに全体重を預けるマリア。

 マリアの顔は赤らみ、額からは汗が大量に出始めていた。


 「ハァ……ハァ……」

 

 先程まで

 生きるか、死ぬかの隣り合わせの状況下が長く続いていたせいか。

 父親の腕の中という、子供にとって安心できる場所に環境が変化したせいか。

 緊張の糸が切れたかのようにマリアは、ぐったりと全体重をユーサに預けた。


 「ユーサさん。もしかしたら、マリアちゃんはを使った反動が今起きているのかもしれません」

 「? マリアが? ……説明をお願いできるかな? アユラ」


 アユラは、治療中のオトキミの体を支えながらユーサに事の経緯を説明した。


 「なるほど……神様が言ってた通りマリアは……」

 「……?」


 ユーサが小さく呟いた言葉に、ディアはオトキミを治療しながら反応した。

 

 「パパ……マリアね……バリアみたいな術が……使えたの……」

 「マリア? 無理に喋らなくて良いよ」

 

 虚ろな目をしながら説明をするマリアの声に、ユーサが反応する。


 「あなた、オトキミ君の治療は終わったわ。あと、バリアの事は……多分だけど、使からいただいた宝石、黒曜石の力も関係していると思うわ」


 辛そうに説明をしてくれている娘の代わりに

 オトキミの診察と処置を終え、ディアがユーサに近づきながら事情を説明した。


 「が? なんでマリアに? しかも……黒曜石だって?」

 

 シ・エルの名前を聞いた瞬間、機嫌を悪くするユーサ。

 嫌悪する相手が、自分の愛娘に何かしたのではないかと、更に眉をひそめる。

 そして、自分の右手中指に輝く黒曜石の指輪を装備している事を確認した。


 「えぇ……お守り替わりだって。シ・エル天使長が無償でマリアにプレゼントしたのよ。あなたが作った十字架のペンダントに天使様の加護を付与エンチャントしてくれて……。でも……」


 ディアの視線が羽を再生しようとしている悪魔の方に向けられる。

 

 「あの悪魔が奪ったの……」


 ユーサは一度だけ悪魔の方を向いて、視線をディアの方に戻した。


 「そうか……ディア、教えてくれてありがとう。……そんな事があったのか」


 そして、ここにはいないシ・エルに対して、沢山の疑問が浮かぶユーサ。


 __シ・エル。自分を殺した張本人。

   その張本人が、何故、娘に天使の加護が付いた宝石を渡したのか……。


 ユーサは脳内で、理由を考えていた。


 __宝石。……使は……確か……。


 そして、何かが喉まで言葉が出そうになっている、もどかしい状態に陥っていた。

 ユーサの中で、何かを紐解ひもとこうと思考が続いていた、その時。


 「パパ……ごめんなさい……」


 か細い声で自分を呼ぶ娘の声に反応して、ユーサは言葉を飲み込んだ。


 「パパがつくってくれたペンダント……あくまに、こわされちゃった。ごめんなさい」

 「マリア……うんん。良いんだよ。また作ってあげるね」

 「やだ……あれが……いいの。……だって」


 苦しそうになりながらも、駄々をこねるマリア。

 ユーサは、何故娘が自分の作ったペンダントに固執こしつしているのか不思議に思った。


 「……だってパパが、おたんじょうびにくれた……せかいでひとつだけの……たからもの、なんだから」


 ー ほらマリア。 これは世界で一つだけのパパが作ったペンダントだよ ー


 自分の言った言葉を思い出して、娘が悲しくなっている事に少しだけ後悔をするユーサ。


 しかし、その反面、自分のプレゼントを大事にしてくれている事を嬉しくも思い、娘がよりいとおしくなったユーサは、マリアを抱きしめた。


 「わかった。直してあげるから安心して」

 「ありがとうパパ……あと、もうひとつ、ごめんなさい。……マリア……うまれてきて、ごめんなさい」


 マリアは、言葉を躊躇ちゅうちょしながら泣いて謝った。


 「マリア、うまれてきちゃ、だめなこどもで、ごめんなさい」

 「どうしたんだいマリア? マリアは産まれてきちゃダメな子供じゃないよ?」

 「ほんとに……? マリア、パパからそう、いわれたような……」

 「パパはマリアにそんな酷い事は言わないよ。怖い夢を見たのかな? 大丈夫だよ。マリアが生まれてきてくれて、パパは嬉しいよ。幸せだよ」


 娘の頭を撫でながら。

 娘の不安をかき消すために、抱きしめながら。

 ユーサは、優しくささやいた。


 「ほんとに? よかった……」


 先程の悲しみに満ちた涙ではない雫がマリアの頬を流れる。

 不安が安心に変わり、喜びに満ちた寝顔に変わった。

 

 「うん。本当だよ。だから……マリア」


 ユーサは、そう囁きながらマリアの頭を撫でる手に意識を集中させた。


 「お やす み な さ い」


 ユーサの手の平から、黒いオーラが現れた。


 黒い。

 禍々しい悪魔のオーラとは違う、穢れを隠すような。

 眠りにつく為に、夜を教えてくれる優しい暗闇のような黒いオーラ。


 マリアは父親の腕の中。

 心地良さそうに寝息をたて。

 穏やかに、眠りについた。


 「あれは………………?」


 離れた場所で、切られた羽の再生が終わり体勢を整えた悪魔が呟いた。


 「ディア、マリアをお願いしていいかな?」

 「ええ、わかったわ。……あなた、気をつけて階位悪魔アーク・デーモンよりも強い悪魔よ」

 「え? そうなの? ディア」


 マリアをディアに預けて、ユーサは悪魔の方を向きながら答えた。


 「僕にとって、あの程度の悪魔、何の問題にもならない。だよ」

 「!? 何だと貴様!! 不意打ちが決まったからって調子に乗るなよ、下等生物が!!」

 「不意打ち? 何も理解していない君は……下等生物よりもさらに劣っている生き物という事で良いのかな? 君は本当に階位悪魔アーク・デーモンよりも強いのかい?」

 「__っ!! キ、、キサマアAAAAー!!!」


 一触即発いっしょくそくはつの瞬間。

 人間から屈辱的な挑発を受けて、上位種の悪魔とは思えない声が響き渡る。

 切られた箇所の羽が完治したのか、悪魔は大声を上げて羽を広げた。



 「《  ー 黒き悪魔よ……黒きえた獣達よ……。 ー 》


  《  ー 〇 呪文(スペル) ●魔法(マジック) ー 》


  《  ー ◎ 人間を喰らう愛ケダのない獣悪魔達モノ ー  》」

 

 「ユーサさん!! 俺達と戦う時よりも……」

 「数、が、多、い(倍はいる)」

 「お前ら雑魚相手には遊んでいたからなァッ!! 本気で殺してやるよ優男やさおとこっ!!!」


 悪魔が、オトキミ達と戦う時よりも多くの獣悪魔を召喚した。

 獣の姿をした数十、百を超えるかもしれない数の悪魔。

 殺気立つ数多の視線がユーサにぶつかる。


 「なるほど。さっきの悪魔達の手ごたえに違和感を感じたのは、だったのか……ならこちらも…… 《  ー 〇 呪文(スペル) ●秘術(アーク) ー 》」


 パチ! パチ! パチ! パチン!


 ユーサは呪文を唱えながら、右手の親指を小指、薬指、中指、人差し指とスライドさせて指を連続で四回鳴らした。


《  ー ◎召喚(ゲート) ー  》


 ユーサの右中指のはめられていた黒曜石の指輪が四つ音に反応したのか、黒いオーラが現れ、ユーサの掌に集まりブラックホールのような穴となった。


 シュー……バチッバチッバチッ! ……ジャキン!!

 

 穴の中から突如、黒い火花が発生した。

 その火花が結晶のような輝きを帯びた短剣に変化して、現れた。


 「それは、召喚……武器……? フッフフハッ!! AっHAHAっ!! なんだ! そのお粗末そまつな短小はっ!!?」


 黒く輝く黒曜石の結晶でできた短剣。

 実態があるのか、無いのかわからない半透明の物体。

 武器というよりも、もろく壊れてしまいそうな宝石の芸術品のよう武器。


 しかし、芸術品というには違和感を感じる造形。

 ユーサの右手に、まるで男性の睾丸のようなガードがついた短剣が握られていた。


 「しかも、召喚術の中でも……武器っ!!!? アッハッハッハッハ!! 攻撃にも、おとりにも使える召喚獣ではなく……武器っ!!? アッハッハッハッハッハ!!!! この数の悪魔をどうやってそれで凌ぐのだ!?」


 同じ召喚術を使う自分との優劣をつけたいのか、悪魔は大声を上げる。


 「召喚武器は実体化する時間が数秒間しかなく、実際にある武器の数ランク下の威力と強度の為、鍛冶屋で鍛えた実物の武器に数倍も劣る能力であり……しかも、攻撃すると攻撃痕こうげきこんが残り身元が割れる為、暗殺者アサシン達からもみ嫌われているハズレ能力術ではないか!! アッハッハッハッハッハAAAAAっ!!!」


 百対一。

 数多くの獣悪魔を呼び出し、大群たいぐんを引き連れた将軍のように優勢になった事による余裕が生まれたのか、勝ち誇った顔をしながら悪魔が大声で笑い続ける。


 「ご丁寧に説明してくれてありがとう。それじゃあ、よくわかったよね?」

 「アッハッハッ!! ……あ? 何がだ?」

 「これはボロック・ダガー(睾丸こうがん短剣)と言って、精鋭部隊ハイランダーが使うダークの前身となる武器なんだ。致命傷を負って死にきれず苦しんでいる人を、速やかに楽にしてあげる短剣。別名キドニー親切な・ダガーとも呼ばれるんだけど……」

 「……何が言いたいんだ? 人間」


 ガードの部分に睾丸のような楕円形だえんけいの丸みを持つ短剣を見せながら説明するユーサ。


 「お前が言う……この短小で、充分って事だよ」


 ユーサの発言の仕方は。

 相手を、大群を引き連れた歴戦の将軍ではなく。

 お山の大将気取りをする相手に勘違いを訂正するような厳しい口調だった。

 そして……。


 ユーサが、悪魔達の方に刃を向けたその瞬間。


 ゾワッ……。


 その場にいた悪魔全員が、身動きが取れなくなれなくなった。

 ユーサの女性のような顔が、悪魔を超える恐ろしい顔に見えた後。



 「す ぐ 楽 に し て や る」



 ユーサの言葉が、悪魔じぶん達への死の呪文に聞こえたからだ。

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