1-13.シ・エルの【余の勘《予感》】


 ディアが【虹色の転移窓ヴィヴィッド・カラーズ】にて転移された後の話。


 「ふぅ……。よし。ク・エル、こちらは完了した」


 シ・エルはが嘘のように、緊張感のない大きな一息をつき気を緩めた後、仮面マスクを再び顔につけた。


 「……の方は、もう、よろしいのですか?……」

 「?」

 「……お体の具合は?……」

 「ん? ……ふっ。問題ないよ。今の所はね。では……手筈通りここは任せるよ。余は皆の所に行き、一人ずつ各都市に転移させてくるよ」


 ク・エルは戦闘体勢を解き、悪魔達に背を向けて、シ・エルと向かい合い会話をしていた。

 まるで、大量の悪魔達がいない日常の会話のように、自然体で話をしていた。


 「AAAAAAAーーー!!!! AKUーー!!」


 自分達がまるでいないかのように会話を続ける目の前の人間二名に対して、ビーストテイマーの悪魔が怒りを覚え、狼型の悪魔数体に攻撃の命令を下した。


 しかし、数十の悪魔がク・エルに襲いかかったが、また一瞬で悪魔は大鎌の刃に切り裂かれ灰になった。


 「ーーっAAKU!??」


 悪魔の悲鳴に対して、微動びどうだにしないク・エル。

 戦闘体勢を解き、直立したままのク・エルの周辺。

 そこに、大鎌の刃が一瞬現れたのを悪魔達は見た。


 切り裂かれた同胞が。

 どうやって絶命したのか。

 足りない知能を働かせて、理解しようとするも何も答えは出なかったが……。


 __近づくと死ぬ。


 その一点を理解して悪魔達は恐怖し、動きを止めた。


 「 AAAAAKAAAAAAAAー!!!!!!!!!」


 バシンッ!!!


 しかし、大量の悪魔を従わせる群れのおさ的悪魔が、恐怖している悪魔達に雄叫おたけびを上げて、手に持ったむちを打った。


 __その二人を殺せ!! できなければ私がお前たちを殺すぞ!!!


 と、聞こえそうな雄叫びだった。


 「AAA……。A……。AAAAAAKUUUU---!!!!」


 恐怖しながらも、数匹の悪魔がク・エル達に襲い掛かった。


 「……さすがに、五月蠅うるさいですね。先に始末しておきましょう……」

 「ん? あ、ちょっ。ク・エル」

 「……悪魔は皆、食い潰しましょう。ディア様達がいないのでちょっと本気で……」



 ク・エルが呟いた刹那。

 ク・エルの周りに緑色のオーラが現れる。


 そして、ク・エルの背中に『緑色の片翼かたよく』が産まれた。


 周囲に緑色の羽根が降り注いだ。



 「「「「 __AAKUっ!!? 」」」」



 __人間だと思った女が、天使だった。


 __自分達の天敵である、天使だった。


 突然の事に驚き、悪魔達が慌てふためく。


 「 ≪……底の無しの空へ、堕ちて行け……≫ 」


 ー ジャキン ー


 ク・エルの呪文と同時に、大鎌の金属音が鳴る。


 「 ≪ 【神の奇跡エル・ラーク】 ≫ 」


 ー シューー! ー


 ハエの彫刻が、緑色に光輝きながら台風の目のように風を集め始めた。


 「 ≪ 【果てしない空への風撃イン・ザ・エアー】 ≫ 」


 ク・エルは呪文を唱え終わると同時に、大鎌を一回転しながら大きく振りかぶり旋風を起こした。


 前方にいる悪魔達が、強風と風の斬撃に切り刻まれ絶命。

 

 「「「AA! __ッ!??」」」


 肉壁のおかげで、後方にいた悪魔達はなんとか持ち堪えたが、強風の勢いは止まず。


 生き残った悪魔達は、雲を掴めるのではないか?

 と思えるほど浮上した。


 「「「AAAAーーー!!! GUUHUッ!!!!」」」


 重力が戻り、百近くいた悪魔達は最後の悲鳴をあげたまま高速で地面に叩きつけられた。


 汚らしい灰を残し、百近くいた悪魔達は、一瞬で全滅した。


 「……悪魔は残らず、皆殺し。喰らい尽くすまで。やはり下級では話にもならない……」

 「ク・エル、お見事……だけど。余も斬撃を喰らって痛いのだが。治してもらって良いかな?」


 壁側まで吹き飛ばされ、両腕の傷を見せてシ・エルは訴えた。


 「……何故避けなかったのですか? 私も力を温存したいので、ご自身でどうにかしてください……」

 「そうか。『最良さいりょう』の天使様である君の『治癒のカレス・オブ・神奇跡ヴィーナス』を久しぶりに感じたかったのだが。仕方ない」


 シ・エルは、傷を拭いて自分で応急処置をし始めた。

 

 「……そんな理由で奇跡を使うつもりはありません……」


 呆れたように呟き、背中に生やした翼が消え、戦闘態勢を解いたク・エル。

 胸元のエメラルドの宝石を取り出し、灰のある方向にかざした。


 スゥーーーーーーーーー。シュウーーー……。


 すると悪魔達の灰が、ク・エルの持っていたエメラルドの宝石に吸収されていき。

 あたり一面は、何事もなかったかのように元の状態に戻った。


 「んん〜良いね。この悪魔達を掃除した感じ。まるで掃除機で汚部屋を綺麗にした時のような爽快感だ」


 エメラルドの宝石の色が鈍色に光るのを確認した後、ク・エルは宝石を胸元に戻した。 


 「……シ・エル様。それより、本当にディア様とマリアちゃんは大丈夫なのですか? 本当にシ・エル様がおっしゃった通り。……『安全な場所』なのでしょうか?……」

 「ん?  ク・エルは普段不愛想なのに、相変わらず子供に対しては、異常に優しくなるねぇ」

 「……何か、問題ありますか? 質問の答えをいただいてもよろしいでしょうか? ……」


 __れられたくない部分を、れないでもらっていいですか?

 と、聞こえそうな圧力。

 普段以上に、言葉の圧を上げてシ・エルをにらむク・エル。


 「二人に関しては大丈夫。結果的に、は安全な場所だと思うよ」

 「……は? ……」


 怪しい笑みを浮かべたシ・エルに対して。

 __また何か企んでいるなこの人。

 と呆れた顔をするク・エル。


 「……シ・エル様。いったい何が起きるのですか? これから……」

 「ふふ。答えられない。と言ったけど、まぁ教えられる事とすれば『が大怪我をする』ぐらいは……言えるかな」


 シ・エル様が左頬を痛そうに触りながら答えた。

 急に何を言ってるんだこの人は? ……という顔をするク・エル。

 

 「……確か、は、答えられるとの事でしたね……」

 「因みにク・エル。余は、に殴られると思う?」

 「……答えを教えていただけるのですか? その問題は……」

 「フハハハ。『答えられない』が、答え。かもしれないよ」


 答える事が出来ない無理難題を出して、嬉しそうにからかうシ・エルに対して、呆れるク・エル。


 「……私。ですかね? 一回だけでも、シ・エル様の顔を思いっきり殴打してみたいと思っていましたので……」

 「んっ? んっ? ク・エル?」

 「……ん? 冗談ですよ。シ・エル様……」


 驚いた顔をしたシ・エルの顔が嬉しかったのか、少し嬉しそうに顔を隠すク・エル。


 そして。

 

 「……では、持ち場に戻ります。手筈通てはずどおり、街中の悪魔を処理して行けばよろしいのですね?……」


 ク・エルは、シ・エルに背を向けて、武器を構えた。


 「ん? ああ、よろしく。余は終わったら、こちらに戻ってくる」

 「……承知しました……」


 緑色の女天使は、一瞬で屋根を超えて消えていった。


 「フ……フフ……フッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!」


 ー カラーン ー


 一人孤独な空間の中。

 シ・エルは大声を出し、笑いながら虹色の転移術を発動させた。


 「だろうね……。余の頬を殴るのは……」


 虹色の窓に手をかけ、シ・エルは誰もいない空を見上げ、呟いた。


 「その瞳に、余をもう一度、映して欲しい……」


 左頬ひだりほほを触り。

 ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


 「余の勘が、叶う日まで、あぁ……早く、時よ、流れよ……」


 シ・エルは、虹色の窓と共に消えていなくなった。

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