1-14.神秘術:神鉄の処女【ダイヤモンド・ヴァージン】


 急に小雨が降り出した。


 嫌な予感がした。


 不吉な……雨。



 「人間ノ女カ。ドウヤッテ、ココニ?」


 身長が自分の三倍はある巨体。

 腕が四つあり、四つの大きな武器を器用に持つ身体。

 牛と山羊が合わさったような顔。

 顔の半分が骸骨。

 黒いオーラをまとう、人間ではない存在。

 悪魔。


 「いやぁぁー!!! あくまだぁー!! ママぁーー!!」


 確か、言語を話せる悪魔は上位種で、ギルドの手練でも苦戦する、手強い部類の悪魔。


 「__っ!? 階位悪魔アーク・デーモン!?」


 ……と、夫から聞いたことがある。


 「ホォ。我ヲ知ッテイル、トイウ事ハ油断デキンナ。一般市民デハ、ナサソウダ」


 大きな巨体の割に、慎重に物事を見ているけど……私達は一般市民です。


 「オイ、下級共。ソノ女、子供ヲ喰ラエ。好キニシテ良イゾ」

 「AAAAKUUU---!!!」


 __っ好きにして良いのか!?

 と聞こえそうな、下品な雄叫びと、笑みを浮かべ、数十の下級悪魔がこちらを見た。

 

 「AAAA---!!!」


 下級悪魔が数匹、こちらの方に向かってくる。


 「させるかよっ!! ミケゾウ!!」

 「ニャゥ!!」


 オトキミ君の肩に乗っていた、忍者の格好をした猫が下級悪魔の方に飛びかかった。


 「フニャニャ!!」

 「オトキミ様! ミケゾウ!! ナイスです!!」

 「あ、と、は(まかせろ)」


 猫が一瞬で下級悪魔達に引っかき傷をつけた後。

 その傷痕をアユラ君、ガケマル君が攻撃すると下級悪魔達は灰になり全滅した。


 「すごい! おにいちゃんたち!!」


 マリアがそう叫んだ後。



 「消エ失セロ。ゴミ共」




 いつの間にか階位悪魔アーク・デーモンが三人の背後に移動していた。

 悪魔が四つの武器を振り回し、三人を攻撃した。


 「「「ぐっふぁあ、!!」」」


 三人が、血を流しながらこちらの近くに吹き飛ばされた。


 「!! 皆、大丈夫!?」


 オトキミ君達に近づき、傷を診察した。


 「__酷い傷。 早く回復薬を!!」

 

 このまま放置すれば三人の命が危ない。


 着物の袖の中、腰に付けているポーチの中。

 回復薬を万が一の為に備えていたが、パニックになっている状態で慌てふためいてる。


 どこ?

 どこだったっけ!?

 はやく!!


 「フン。ソノ様子ヲ見ルト、女ハ問題無サソウダナ。慎重ニナリ過ギタ」


 慌てている私の姿を見て、階位悪魔アーク・デーモンは安心したのか、大きな武器をこちらの方に向けて、ゆっくりと近づいてきた。


 四つの手には、大きな剣、槍、斧、槌。

 その四つが、真っ赤に染まっている。

  

 あれが、人の血であるとすれば。

 今からあの血の一部になるかもしれない。

 ……と恐怖を感じる。


 「……ディアさ……ん……俺達の事は良いから……早く……逃げ……」

 「__オトキミ君! 喋っちゃダメ。今、治療するから」

 「ダメ……です。貴女に……何かあったら……ユーサのアニキに……あの世あっちで……顔向け……できない」


 肺が損傷しているかもしれない。

 吐血しながら苦しそうに答えるオトキミ君。


 重症な中、涙を流しながら彼が訴える姿。


 生死を彷徨う中でも。

 夫の事をそんなに大事に思っている事。


 夫が、こんなにも仲間に慕われている事を知れて嬉しくなる。


 「顔向けできないなんて、考えないでオトキミ君。生きましょう、絶対に死なせない」


 オトキミ君達を死なせては、夫に顔向けできない。


 必ず、救ってみせる。


「ママァ……おにいちゃんたち……だいじょうぶ? なおせる?」


 悪魔に襲われている絶望的な状況でも、自分よりも目の前の相手を心配する娘。


「大丈夫。ママが治してみせるよ。ママはナザ病院で一番の薬師なんだから」


 心を落ち着かせ、冷静に患者の容態を診るナザさんのように診察する。

 どんな困難でも『大丈夫』と答える夫のように、気持ちだけでも口にしてこの場を乗り越えようと思った。


 「液状のポーションだと誤嚥ごえんする可能性があるから……呼吸ができるなら」


 ポーチから、アンプル。

 小さなタバコのような吸入器を取り出して、オトキミ君の口に咥えさせた。


 「はい、どうぞ、オトキミ君。……ゆっくり息を吐いて……コレを吸って……!!」


 スゥー……キュー!!


 アンプルの中入っている薬が空になった音が聞こえた。

 喘息の患者さん用に作っていた回復薬のアンプルが役に立った。


 「良かった! 吸えた! アユラ君とガケマル君も……同じぐらい重症なら……」


 急いで残りの二人にも、同じように薬を吸入させ、無事吸入できた。


 三人共少しずつ顔色が良くなっているのがわかった。


 「ハッハッハッハ!! ナンダソノ音ハ? 死ヌ前ニ、演奏デモ聞カセテクレルノカ? 自分達ノ鎮魂歌レクイエムヲ奏デルノカ?」


 相手は、私が何かをしようと問題ないと思っているのだろう。

 襲いかかる事なく、悪魔は大声で笑い、さげすむ。

 時間を稼ぐ為に、その油断を味方にするしかない。


 あとは……。


 「ママ、すごい。てぎわがいいなの」


 包帯を巻いている時間はないので、三人の傷で出血が酷い部分に回復テープを貼った。


 「終ワッタカ? ドウセ回復シテモ、無駄ナ事。コノ状況デドウスルノダ?」


 巨体の影が私達を包んだ。

 手を振り回せば、相手の武器が私達に届く距離だ。

 まるで、さい河原かわらの石積みをしている状況だ。



 「きゃああぁぁーーー!!! ママァーーーー!!!!!」



 マリアが腕の中で泣き叫ぶ。


 その姿を見てニヤニヤといやらしく、じっくりと見下ろす階位悪魔アーク・デーモンと目が合った。


 「大丈夫だよマリア。ママが必ずなんとかするから」

 「……ほんとう?」

 「うん。だから……ママが合図したら……」


 マリアに小声で呟いた。



 「ン? 女。ナンダソノ目ハ?」



 怯えるであろう相手が、平然とした顔で自分を見ている事が癪に触ったのか。

 私の顔を見て、不満を漏らした。


 __まだ。この距離じゃない。


 「ごめんなさい。生まれつきなの、この赤目は。昔はよく言われていたわ。『不吉な赤目』ってね」

 「『不吉』? ハッハッハッハ! 正ニ今、ソノ通リダナ!」

 「いいえ。『不吉』な目に遭うのは、私ではないわ」


 こんな状況。なんて事はない。

 ……そう見えるように、気丈に振る舞いながら相手をただ真っ直ぐ見た。

 マリアを抱く手が震えているのを隠しながら。



 「……デハ。誰ガ、『不吉』ナ目ニ、合ウノダ??」



 即座に私達を殺さない。

 取るに足らない私の挑発に乗り、慢心しながらゆっくりとニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。


 着物の袖に隠していた、一本の医薬品が入った瓶を握りしめた。



 「さぁ……誰なんでしょう……ねっ!!!」


 

 握りしめた瓶をできるだけ早く、思いっきり巨体の両足に向けて投げた。


 __パリーーーンッ!!!



 「ッ!? コレハ……水……??」



 瓶の割れた破片すら悪魔の巨体には刺さらず、ただ瓶の中に入っていた液体が悪魔の両足にかかった。


 「フッ! ハッハッハッハッハ!! ナンダコレハ!? コレデドウ『不吉ナ事』ガ起キルンダ!? 女!!」


 痛みすらない為なのか。

 階位悪魔アーク・デーモンは私のした行為が、蚊に刺された程度レベルの反抗と思っているのか、笑っている。


 今だっ!!


《  ー 〇 呪文(スペル) ●秘術(アーク) ー 》


 悪魔に聞こえないように、小声で呪文を唱えた。


《  ー ◎私だけの氷世界アイス ー 》


 呪文を唱え終わったと同時に、水のかかった箇所を指さした。


 カチカチカチカチッ!!!!


 「__ッ!!? 氷ノ……秘術!! 貴様ッ! 氷ノ秘術士ダッタノカ!!!」


 階位悪魔アーク・デーモンが叫びながら、私達を殺そうと武器を振り回そうとするが。


 もう遅い。

 マリアが私の腕から離れ、背中にしがみついた。

 私の両手が空いた事により、オトキミ君達三人の服を掴む事ができた。

 急いで、その場を離れた。


 ブンッ!!


 危ない。

 大きな風圧が全身にかかるが、無傷。

 なんとか武器の間合いから離れる事ができた。


 「オノレ……女ッ!! モウ許サン!!! __ッ!? 足ガ、動カン! ナンナンダコノ氷ハッ!!!」


 悪魔が怒りを露わにして叫ぶ。

 氷は地面から足、膝、腰、下から上へゆっくりと悪魔の身体を侵食した。


 たまたま小雨が降っていたこともあり、地面が水の池を作っていたのも運が良かった。

 今回ばかりは、雨が役に立った。

 凍る速度が普段よりも速い。

 成人男性を三人、引きずりながら走れるのかは不安だったけど、火事場の力というのか階位悪魔アーク・デーモンの武器が届かない距離まで離れる事ができた。


 「……ディアさん。ありがとうございます。もう、動けますから手を離してもらって」

 「オトキミ君!?」


 掴んでいた衣服が手元から離れた。

 階位悪魔アーク・デーモンから私達が見えないよう、三人が壁になるように立ち上がった。


 「オトキミ様、ディアさんの回復薬は凄いですね……もう動ける。助かりました。ここからは俺達がお守りします」

 「ま、か、せ、て」

 「ディアさん。情けないですが相手が階位悪魔アーク・デーモンなら部が悪いです。ココは急いで離れましょう! 殿しんがりは俺達がします!」


 三人共、まだ本調子ではなさそうな様子だが。

 こちらの不安を取り除こうと笑顔で話しかけてくれた。

 ここは、戦闘のプロの人達の指示に従おう。


 「ありがとうオトキミ君、アユラ君、ガケマル君! マリア、今のうちに逃げるよ!!」

 「うん! ママ! はやくはしってー!!」


 私達が悪魔に背を向けて、走ろうとしたその瞬間。



 「逃ガスカッ!!! 《  ー 〇 呪文(スペル) ●魔法(マジック) ー 》 」



 巨体な悪魔が武器を地面に突き刺し、四つの腕を前に突き出しながら呪文を唱え出した。


 「 《  ー ◎真紅の悪魔火(クリムゾン)! ー 》」

 

 悪魔の四つの腕。

 その手の平から巨大な火の玉が四つ現れ、大きな一つの塊となった。

 火の玉の温度により、悪魔の周辺の氷が溶けた。


 そして、次の瞬間。


 「悪魔ノ炎ヲ、喰ラエッ!!!」


 氷が溶けて、足が自由になった悪魔が足腰を使い、こちらの方に豪速球を投げてきた。

 大きな火の玉が熱風と共にこちらにやってくる。


 「危ない!! ディアさん! マリアちゃん!!」


 私達が避けられない事を察してなのか。

 オトキミ君達が火の玉を食い止めるように、私達の盾になり燃え始めた。


 「オトキミ君っ!? きゃあぁ!!!」


 オトキミ君達を燃やす火が、私達にも燃え移り、そして私達は吹き飛んだ。


 「ママっ!!!」


 空中でマリアを抱きしめながら守るようにうずくまった。

 受け身が取れないまま地面に衝突して、転がった。


 「ぐぅ!!?」


 小雨のおかげか。

 濡れた地面に転がったせいか、燃え移った火が少しずつ消えていった。


 ……痛い。


 身体中のあちこちが痛い。


 頭からは出血、関節部位はどこも痛い。


 頭が、視界が、ふらふら……する。



 「ママっ……」


 腕の中のマリアは傷つかなかったようだ。

 良かった。

 ただ、衝撃にやられたのか、意識が少しない。

 軽い脳震盪のうしんとうを起こしているかもしれない。

 


 「フッハッハッハッハ!! 魔法ヲ使エバオマエラ人間ハ、カス同然。ドケ! 雑魚共!!」



 遠くの方で、悪魔の声と鈍い音がした。


 声がする方を見た。

 オトキミ君達が倒れて無防備なところを階位悪魔アーク・デーモンが蹴飛ばしていた。


 「サテ……女。貴様ハ許サン。武器デ殺サン」


 ドスン。ドスン。


 と、巨大な足音と共にゆっくり近づいてくる。

 まるで死のカウントダウン。

 足音の音が大きくなり、止まった。



 「コノ手デ引キチギリ、ナブリ殺シテクレルワ」



 目の前には悪魔の大きな腕が二つ。

 その二つが、私を取り囲み影を作った。

 私の顔を握り潰そうとしていた。



 「いやああああああーーーー!! ママからはなれてええぇぇーー!!!!!」



 腕の中のマリアが叫んだその瞬間。

 マリアの黒曜石のペンダントが。

 光始めた。


 「ナ、ナンダ!!!」


 シ・エル最天使長からもらった黒曜石の宝石が光り始めた。

 白と黒のオーラのようなモノが私達を包んだ。


 「マダちからヲ隠シテイタノカ、コノ親子ハ……モウ良イ、一瞬デ、握リ潰シテヤル!!!」


 大きな悪魔が四つの腕を使い、オーラを壊そうとするが……。


  「グアァァァァァアーーーーーーー!!!!!!!」

 

 階位悪魔アーク・デーモンは、耳が痛くなるような悲鳴をあげた。

 ギリギリギリギリ!! ビリビリビリ!!

 オーラに触れた悪魔の手が灼熱で焼かれるように焦げ、皮膚が剥がれていく音をたてる。


 「ナ、ナンダ!? コレハ!?? 何ヲシタ!!」

 

 先ほどまでの威勢はなく、階位悪魔アーク・デーモンが慌てふためき距離をとった。


 「ママァ……なにぃ……これ……?」


 マリアが恐る恐る自分の周りを囲うオーラを指差して尋ねてきた。

 私達は無傷なまま、何事もないようにただ立ちすくんだ。

 

 すると……。


 「それは……神秘術ディー・アーク神鉄こうてつ処女しょじょ。ダイヤモンド・ヴァージン」


 墓場の奥の方。

 小雨が降る夜の暗闇に紛れて、声が聞こえた。


 「いたずらな神が人間に授けた、神秘を超えた秘術。神秘術」


 少し声の主が、ゆっくりと近づいてくるのがわかる。


 「そして……それは、新しい神の依代よりしろに授けられるとされている。ここにいたのか?」


 どこかで見た事がある、女性のような見た目の……男性。


 「パパ!? パパなの!!?」

 「えっ?」


 マリアがパパの名前を出した瞬間、心臓が跳ねた気がした。


 「探したよ……」


 そんなはずはない。



 「我々が欲している、目標ターゲット

 

 見に覚えのある顔立ちの人が、暗闇から現れた。



 「パ……パ……?」

 

 そこには、顔が半分骸骨の……夫に似た姿をした人型の悪魔がいた。

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