1-11.【虹色の転移窓《ヴィヴィッド・カラーズ》】




 「……来たか」


 シ・エル最天使長が、そう呟きながら嬉しそうに笑っていたのを見てしまった。


 不気味な笑顔だった……。


 何故かは分からないけど、恐怖を感じ、少しだけ震えている自分がいた。

 落ち着きを取り戻すため……なのか。

 無意識に、自分の右耳に付けている『紫色のアネモネ』のイヤリングを触っていた。


 「ママぁ……どうしたの? だいじょうぶ……?」


 マリアの声が、私の止まった時間を動かしてくれた。


 「うんん。何でもないわ、マリア。ママ……ちょっとビックリしちゃっただけ」

 「ママも、この、おおきなおとが、こわいのー?」



     



 耳が痛くなる大きな警報音。



 《 《 『結界石』破損! 『結界石』破損!! 》 》



 「ブンが言っていた通りになったねぇ……これは沢山患者が増えそうだし、街のいたる所の避難所で怪我人を診ないといけないわねぇ……」


 ナザさんが、吹かしていた煙管きせるを白衣の内ポケットにしまった。

 患者さんを治療する為に、孤児院の院長から病院の院長に切り替わるスイッチだ。



 《 《 『加護』の機能低下!! 『加護』の機能低下!! 》 》



 「ナザちゃん。シ・エルが言うように、ワタシ達は急いだ方が良いかもしれないわね」


 今度は、トムさんが長いステッキを手品のようにどこからか出して身構えていた。



 《 《 悪魔! 悪魔!! 魔物! 魔物!! 侵入!! 侵入!! 》 》



 「マジかYO……まじかYO! 悪魔が入って来ちゃってるじゃん! トムちん!! ウチも手伝うよ!!」


 トムさんに話しかけながら、ブンちゃんも両足に隠していた武器を確認して、戦闘態勢に入った。


 「あら? ありがとうブンちゃん。『人魚の涙ブルー・ティアーズ』の姫君こと、エースであるブンちゃんがいるのは心強いわ」

 「えへへ。そんなぁ~褒めるなYO~トムちん♪ 報酬は二割増しで良いYO~♪」

 「トム。報酬が出たら先ず保護者であるアタシに連絡しな。このバカ娘の借金をもらいにいくからね」

 「あぁあぁん!! ババアぁ! 何勝手な事言ってんだY……!!」



 ピコーン ピコーン ピコーン ……



 ブンちゃんのベルトに付いているガラスのコップが、青色に輝きながら震え、やまびこのような音を鳴らし始めた。


 「ブン、鳴ってるよ。早く出な」

 「わかってるYO、ババア! ウチが連絡に出てる間に、トムちんと報酬の話をつけんなYO!!」


 ブンちゃんは、ガラスのコップを水道がある所に持っていき、水道の蛇口をひねり、水道水を出した。


 ジャー……。


 水道水を流したまま、コップの中に水が溜まり始める。

 溜まってきた水に、左手の人差し指を入れて、右の手の平で右耳をおおった。


 「……シ・エル様。アレはいったい……?」


 「ん? あぁ、アレは水の都市『キサナガ』の選ばれた者だけが扱える、遠く離れた仲間達と秘密裏ひみつりに連絡を取る秘術具アーク・アイテムの一つだよ」


 ク・エル天使長が小声で、シ・エル最天使長に質問しているのが聞こえた。

 改めて、自分の耳の良さに驚く。


 「彼女は、ギルドのトップクラスの水の秘術士ウォーター・アーカーだからね、持っていてもおかしくない思うよ。水道水を通せば、どんな遠くにいる仲間達とも連絡が取れるんだよ」

 「……なるほど。人魚マーメイドが多く住む都市ならではの連絡手段ですね。……私達の連絡手段リンクと同じようなモノでしょうか?……」

 「あぁ。一般的に使う連絡手段は『トモマク』産の電話だからね。『トモマク』の電波局を通すから、ギルドの機密情報が漏れないように、ああやって我々の連絡手段リンクと同様、独自の連絡手段を使っているのだろう」


 天使長様達がよく分からない事をおっしゃっている。

 分かったのは二つ。


 一つは、私のような一般市民は『トモマク』産の電話を使わないと遠く離れた人と会話ができないけど、ギルド職員、天使長様達は独自の連絡手段を持っている事。

 二つ目は、天使長様でも、隣の都市の事とか知らない事があるんだなぁ……と驚いた事だ。


 まぁ、ワタシも隣の都市には行った事が無いから。

 ブンちゃんが、孤児院に帰って来た時に使っているのを見てたから、知っていたんだけど。


 「はい、こちらブン・リー。緊急連絡の確認……HAぁ? 急いでギルドに戻って来い? 何でYO?」


 最初は、丁寧な口調で話していたのに、急に普段のブンちゃんに戻った。

 口調からするに凄く不機嫌な様子だ。


 「HAぁっ!!? 『キサナガ』の『結界石・・・が破壊されて・・・・・、都市中に悪魔達が侵入してきて、パニックになってRU!!??」


 ブンちゃんが発した言葉に、皆が驚き、緊張が走ったのが伝わった。


 「……シ・エル様。まさか、この『ザキヤミ』だけではなく、各都市で同じような騒ぎ・・・・・・・が起きる事も……想定済みだったのでしょうか……?」

 「あぁ、【余の勘予感】通りに事が運んでいる。このままでは、更に悪い方向に進む。急がないといけないね」

 「……!? では早く市民の救助に……!!」

 「待て、ク・エル。今はもう少し、待ってくれ。合図をしたら……手筈通てはずどおりに頼む」



 天使長様二人が、また何かを小声で言っているのが聞こえた。

 同じような騒ぎ・・・・・・・……?

 手筈通り・・・・……?


 この二人は、こうなる事が分かっていたの……?

 神様から授かった奇跡により、その予想をしていた……?


 ……。


 根拠はないが。

 何か不思議な感覚。

 違和感・・・が、私を包んでいた。


 怒りなのか、恐れなのか分からない感情により。


 気付いたら天使長様達から、距離を取っていた。


 「いやいや、ふざけるNA! 今『ザキヤミ』にいるんだけDO!! 『キサナガ』から百キロメートル以上は離れてるんですけDO!! それでもすぐ戻って来いというのKA!? このブラック企業ギルドが!!」


 誰と話をしているのか分からないけど、普段以上に機嫌が悪くなっているブンちゃん。

 物理的な距離の問題を無視して「すぐ職場に戻って来い」と言われれば、誰でもそうなるのはわかる。


 「あ、なるほど。『キサナガ』まで余の力で送ろうか? 水の姫君」

 「HE?」


 シ・エル最天使長が、連絡中のブンちゃんに近づいて、突然不思議な申し出をし始めた。


 「あぁ……うん、ごめん。こっちの話だYO。今『ガーサ』の最天使長様が、ウチを今すぐ『キサナガそっち』まで送るとかなんとか、手品みたいな事を言ってるんだYO」


 ブンちゃんがシ・エル天使長の方を振り向きながら、見えない連絡先の相手と会話を続ける。


 「手品ではないよ。ではお見せしよう。余の【神の奇跡エル・ラーク】を……『キサナガ』の近くで良かったよね? だったら、秒で連れていける」

 「HE? 秒? 今なんTE?」


 シ・エル最天使長が、腰につけていた大きな土星型の鈴を手に取って、何もない方向に鈴を向けて……。


 ー カラーン ー


 鈴を鳴らした。


 「 ≪『時』を同じくして、いろどられた、窓の向こうへ≫」


 ー カラーン ー


 「 ≪ 【神の奇跡エル・ラーク】≫」


 ー カラーン ー


 「 ≪ 【虹色の転移窓ヴィヴィッド・カラーズ】≫」


 シ・エル最天使長が、呪文を唱えた終わった瞬間。


 何もなかった空間に、虹色に輝く窓。

 そして、オーロラのような美しいカーテンが現れた。


 「この窓をくぐり抜けて行けば……『キサナガ』は、すぐそこだと思うよ」

 「なるほど、シ・エル。その手があったわね」


 「あぁ。ただ申し訳ないが、何度も続けて・・・・・・唱える事はできない・・・・から、トムとナザ院長は、直接ここから現地に向かった方が早いと思うよ」

 「なんだい、そりゃぁ? ババアには走れっていうのかい、最天使長さんよぉ」

 「何をおっしゃるのやらナザ院長。充分お若い、と余は思いますよ」


 トムさんと、ナザさんは、この奇跡を知っているのか、安心したように話をしている。


 「……よろしいのですか? シ・エル様。……このような形で【神の奇跡エル・ラーク】 を使って……?」

 「あぁ、構わない。トムのご家族の為だ。多少のペナルティ・・・・・は受け入れるよ」


 ペナルティ・・・・・……?

 神様から授かった【特殊な力】には、先ほどの【予感】とかいうのと同じで、厳しい条件があるのだろうか?


 無宗教で育った私は、まったくさっきから話についていけていない。


 「あぁ……とりあえず、連絡を切るWA。なんか知らないけど、『キサナガそっち』に行けそうだから。じゃあまた後で」


 ブンちゃんは連絡を切る動作をした後、流れていた水道水を止めて、コップの水を全部飲み干した。

 「あ~~美味い!」

 と、オヤジ臭い事を言いながら、コップをベルトに付けて、虹色の窓の前に立った。


 「本当に……コレ、大丈夫なんだよNA? 『ガーサ』の最天使長さんYO」


 「ブン。大丈夫さねぇ。そのまま入れば、気づいたら『キサナガあっち』に着いていると思うから。帰り賃いらずの交通機関さねぇ」

 「え? マジDE? 後で教会から多額の請求とか来ないよNA? 最天使長様の【奇跡】だよ?」

 「多分・・ねぇ。ほら。さっさと入んな」

 「おい、多分・・ってなんだババア。先ずババアをこの目が痛くなるような色した窓にブチこもうKA? ……おい! 押すNA! ちょっ! ババアやめっ!! 心の準備ぃぃぃぃぃー!!」


 虹色の窓の前で、不安になりながら一歩目が踏み出せないブンちゃん。

 その背中を、さっきからずっと蹴りながら押しているナザさん。


 「ナザ院長を入れられたら困るな、水の姫君。この窓は一人専用・・・・で、一度使うと再使用に時間が結構かかるんだ。早めに入っていただけると助かる」

 「そ、、そうは、、! 言われて、、、MO!! 不安なもんは、、、不安なんだYO!!」


 虹の窓にギリギリ接触しない距離を保つブンちゃん。


 「因みに、お代はいらないよ。無料で『キサナガあちら』にお届けしよう」

 「え? マジKA? なら入るWA」

 「あんたの不安は、入る・・方じゃなくて、お金がかかる・・・・・・方だったんかい! このバカ娘が!!」


 なんでこんなに守銭奴しゅせんどに育ってしまったのか!

 ……と嘆くナザさん。


 私は、その理由・・・・を知っているので黙っている事にした。


 「ちょい待っTE!一分いっぷんだけ頂戴、最天使長様! あとババアも蹴るのをヤメRO!!」

 「構わないが、どうされたのかな?」


 ナザさんの足を避けて、ブンちゃんがこちらに近づいてきた。


 「ディア。ウチの目を見て、よく聞いて」


 そして、両手を私の頬に優しく添えた。


 「マリアを守れるのは、アンタだけだからね」


 まっすぐと、私の目を見つめて、今までの雰囲気とは違う、真面目な声で語りかけてきたブンちゃん。


 海のように青く透き通った綺麗な両目。

 その瞳に、不安げな顔をした、よく知っている女性の顔が映っていた。


 青い瞳に映ったのは。

 『紫色のアネモネ』のイヤリングを触っている、不安げな女性。


 そのイヤリングを触る仕草が、不安や恐怖におびえている時にする仕草だと。

 私は知っている。


 マリア。娘。

 娘を守れるのは、アンタ。


 アンタ。私……だけ……。


 ……守りきれるか、心配だけど。

 守らなければならない。



 「うん……。わかった。ありがとう……。お姉ちゃん」

 「よし! お姉ちゃんとの約束だZO!!」


 真剣な顔から、いつもの元気な笑顔に変わった。

 ブンちゃんなりの私への応援であり、厳しさでもあり、優しさでもあるのを感じた。

 私にとって大事な家族。

 この人に、呆られないよう。

 強い人にならないと、ダメだと思い、願う。


 「ブンおねえちゃーん。マリアはー?」

 「マリアもだYO♪ お姉ちゃんの代わりにママをよろしくNE♪」

 「うん! わかったー!!」


 マリアとハイタッチをして、約束をするブンちゃん。

 さっきまでの不安な気持ちでいた自分がいなくなったのを感じた。


 「あっ。そうDA。大事な事を忘れていTA」


 そう言いながら、ブンちゃんは手首に巻いていたリボンを外して、私の髪の毛を結び始めた。


 「やっぱり、女の子はいつでも可愛くなくちゃNE! ツインテールは最強YO! 元気印のみなもとYO! んん~ウチながら完璧かんぺき!! 可愛い!! 可愛いは最強YO!!」


 私の少しクセのある白い長髪を、起用にツインテールにしたブンちゃん。


 「わぁー。ママかわいいー!」

 「あら。確かに、いつものディアちゃんらしくなってきたわね」


 夫の葬儀の準備やら何やらで、髪を結ぶ気力が無かった。

 ブンちゃんが孤児院で教えてくれた、元気が出る髪型。

 あの人・・・が……可愛いとめてくれた髪型。

 いつも、普段通りしている髪型。


 ツインテール。

 私のクセのある髪では、自動で巻かれてしまう毛先。

 ブンちゃんとはちょっと違うタイプのツインテール。


 「ブンおねちゃん。マリアにはー?」

 「マリアは髪がショートだから、コレを上げるね」


 ブンちゃんが、どこからかカチューシャを取り出してマリアの頭にセットした。


 「かわいいー! ありがとうー!」

 「フフフ。どういたしまして」


 似合う? 似合う? っといった感じで喜ぶマリアが、余計に可愛い。

 ウチの娘、マジ最強。(ブンちゃんの言葉がうつった)


 「いつも思うんだけどさぁ……ブン。ディアは、アンタと違ってもう母親なのよさぁ。母親がツインテールっていうのはどうなんかねぇ? 服装もブンと同じで……地雷系じらいけいファッション? だっけ? なんか年相応・・・じゃ、ないんじゃないのかねぇ?」


 マリアに可愛いと言われて浮かれていたら、心に何か刺さった気がする。

 ナザさんの言う事も、ごもっともです。

 もう少しで、二十代後半です。私。

 年相応・・・とはなんでしょう。


 「何言ってんだYOババア! 女の子はいくつになっても、可愛いを忘れちゃいけないNO! そんな感じで忘れるから、エルフなのにババアなんだYO」

 「エルフは関係ないだろうさ。アンタもいつか、そのみにくいババアになるだよ」

 「なりませんー! ウチが長寿ちょうじゅで有名なエルフだったら、ずっとピチピチでSUー! __グホッ!!? ……痛っ!!? 何すんのYO暴力ババア!!」


 ナザさんが、グーの拳でブンちゃんの右頬を殴った。痛そう。


 「ババア、怪我したから回復薬ポーション頂戴。できれば高いの。ババアからの傷害なんだからYO」

 「残念だけど、バカにつける薬は売ってないからさっさと行きなっ!! 最天使長さんが待ってるよ!!」


 街の外では、不協和音の避難警報が鳴っているにも関わらず。

 部屋の中では、雰囲気を壊す会話が繰り広げられていた。


 「んじゃ。いっちょ行ってきますKA!」


 結局ブンちゃんが、ナザさんの白衣から傷テープを手際よく奪っていた。

 呆れてため息を出す、ナザさん。

 その後、覚悟を決めたのか虹色の窓に手をかけようとしたブンちゃん。



 「信じて……良いんだよね?」



 凛々しい顔立ちで、こちらの方を振り向いて、私と目が合った後。

 普段とは違う真面目な声で、顔で、二人の天使長さんを見るブンちゃん。

 それに答えるように、頷きながらニコリと優しい笑顔でシ・エル天使長が答えた。


 __数秒だけ、時が止まったような気がした。


 そして、ゆっくりと。


 虹色のカーテン。

 虹色の窓の中に吸い込まれていくように。

 ブンちゃんの身体と、虹色の窓が消えていった。


 「すごぉーい! ブンおねえちゃんがきえたー!!」


 マリアと同意見だ。

 一瞬の出来事だった。


 これが、神様の奇跡なのか?と。


 秘術や魔法とは違った神秘的な何か。

 まるで自分だけ違う世界にいるような感じだった。

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