1-2.破壊神側近・七天使【セブンス・ヘブン】

 【黒い月】が夜空に浮かび

 【月虹】がその月明りにより生まれた。


 その【月虹】は、屋根の代わりになるかのように、天井が無い破壊された古ぼけた教会の上で、七色の円弧アークを描いていた。


 「……っぅ! あ……ぅ……」


 教会内の中央には、虹色に輝く七芒星しちぼうせいの魔法陣。

 魔法陣の中心点には祭壇があり、生贄いけにえにされた女性……に見える若い男性が一人。

 血まみれで、傷だらけでの姿で、苦しそうにうずくまり倒れていた。


 そして、魔法陣の七芒星の各頂点に一名ずつ。

 七名の男女が中心で苦しむ男を見下ろしている。


 あかだいだいみどりあおあいむらさき……と各自が一色で統一された服装をした男女。

 虹色の集団。

 各自がパーソナルカラーで色分けされた服装と同じ色の『片翼』が背中に生えている。


 その姿は、まるで……『天使』

 しかし、片方の翼を奪われ地に堕とされた『堕天使』のような不気味さが漂っていた。


 「ユーサ・フォレスト。君は達の破壊神はかいしんデスト・L・アークシオン様の封印を解く為の条件である生贄いけにえ……人間の姿をした特殊な悪魔・・・・・だったのだよ」


 七名の内『藍色の片翼』を背中に生やした男の声が教会内に響き渡る。


「君の悪魔の体に秘められた力のおかげで、封印を解く為の『黒曜石こくようせきかぎ』が手に入った。お別れの前にいくつか言いたいことがある。ありがとう、ユーサ……君の事は忘れない」

 

 七名の輪を崩すように、『藍色の男』は嬉しそうに祭壇の上で、もがき苦しむユーサ・フォレストと呼ばれた男に話しかけながら近寄っていった。


 「君の存在は、神の側近部隊セブンス・ヘブンの天使。

  第一星天使:ラ・エル

  第二星天使:ル・エル

  第三星天使:ク・エル

  第四星天使:ダ・エル

  第五星天使:アン・エル

  第六星天使:イフ・エル

  そして、ラーク・E・シエル……いや

  第七星天使:シ・エルが覚えておくよ。……さて」

 

 ユーサを見下ろしながら言葉を発する『藍色の男天使 シ・エル』


 藍色と黒色のコーンロウで編み込まれた長髪。

 藍色と黒色の二色に分かれた目元を隠す仮面。

 仮面越しでも分かる中性的な整った顔立ち。

 アイリスの花が刺繍ししゅうされた藍と黒の色でコーディネイトされた軍服コートを羽織る。

 胸元には藍色のサファイアのペンダント。


 彼の右手には『黒曜石こくようせきかぎ』が握られ、左手には『土星のような輪っかがついた大きな鈴』が握られていた。


 「 ー お別れの 時を 奏でよう ー 」



  - カラーン -



 シ・エルは左手に持っていた土星型の鈴を鳴らした。


 「__っ!!?」


 鈴の音が鳴った瞬間、ユーサは声が出せなくなり、体はまるで『時を止められた』かのように動けなくなっていた。


 「この土星型の鈴サタンおとを聞くのはコレで二回目・・・だね。この『黒曜石の鍵』を作るために君の中に秘められた力を使って消耗した後だから、動くどころか、もう口を動かす事すらできなくなったんじゃないか?」


 シ・エルは片翼をまるで手のように自由に靡(なび)かせながら話を続ける。


 「ユーサ。いや森永 典安もりなが のりやす。君の前世では、主人公が死んで【異世界】に【転生】した後……楽して、無敵の力と幸せを手に入れる、夢物語が流行っていたそうだね」

 「__っ!?」


 藍色の片翼の先が、うつ伏せになっているユーサのあごをすくい上げた。

 無理矢理、顔を上げさせられユーサとシ・エルの目線がぶつかる。


 「でも……君はそんな幸せ溢れる夢物語の主人公にはなれないよ。天使である余が断言しよう。だって君は幸せになれるほど……」


 シ・エルは、ニヤけながらゆっくりと質問した。




 「 ぜん  で なに か 


  『とく』を  ん だ の か い ? 」




 シ・エルの言葉を聞き、ユーサが思い出すのは森永 典安もりなが のりやすだった頃の記憶。


 (……『 とく』……なんて)


 「むしろその逆で、前世で悪いおこないをした者は帳尻合ちょうじりあわせで来世では不幸になる。地獄に行く。と聞くが……何か心当たりがあるのではないかね? 森永 典安もりなが のりやす?」

 「__っ!?」


 思い当たる節があるのか絶望したユーサの顔を見て嬉しそうに「アッハッハッハ!!」と高笑いを始めながらシ・エルの口は饒舌じょうぜつになる。


 「前世で冴えない人生を歩んだ君が!! 家庭に居場所がないほど嫌われていた父親の君が!! 仕事も上手くいかず上司に見放され、部下には見下されてばかりだった君が!! 一人寂しく死を迎えた君が!! 成功体験ばかりする夢物語の主人公のように!! 幸せになれると信じていたのかい!? アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」


 藍色の天使が、天使とは思えない下品な大声を上げながら笑い、続ける。


 「君の【異世界転生】は、前世の悲しみや後悔が報われる幸せな物語ではない!! 余達の破壊神様はかいしんさまの封印を解く、この『黒曜石の鍵』を作る為に必要な『生贄』として生まれ変わった物語であり、君にとってココは、天から地に落とされる地獄だったのさ!!」

 「__っ!?」

 「今まで気づかずに過ごしていたようだが、ユーサ・フォレストが 人間の姿をした悪魔・・・・・・・・・である事が何よりの証拠さ!! 全く……どんな罪を犯せばそんな可哀想な来世を送れるんだい? アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」


 シ・エルの言葉にユーサの顔が苦しくゆがむ。


 「……コホン! まぁ、長い付き合いのよしみで、君が『人間の姿をした悪魔』だった事は言わないでおくよ。そして、君の遺体は、普通の人間としてご家族の元に届けておくから安心してくれ。君の大事な、大事なご家族にだ。最後に……そうだなぁ……何か言い残す事はあるかい?」


 すまない。言い過ぎた。

 ……と言いたげに急に正気に戻ったのか、咳払いをしながら気を取り直し、今度は優しく話しかけるシ・エル。


 「あぁ……そっか……悪い。何か喋りたくても、余の力のせい・・・・・で喋れなかったね! 君は死に際の一言も言えないまま死ぬみたいだ!! アッハッハッハ!!!! 残念だったね!! 『家族と最後にした会話』は何だったんだい!?」


 嫌味と共に再びシ・エルの高笑いが教会内に鳴り響いた。


 『家族と最後にした会話』


 その言葉に対してユーサは

 ディアという名の妻と

 マリアという一人娘の

 三人で幸せに過ごした数時間前の事を思い出した。


 数時間前、ユーサは娘のマリアが四歳になった誕生日のお祝いをしていた。

 誕生日会を終えたその日の深夜。

 家族が寝静まった中、ユーサは仕事の依頼と称してシ・エルに呼び出され、今に至る。


 その為。

 『家族と最後にした会話』は、娘の誕生日会が終わり、就寝前にした会話だった。


 〜 「パパ! もっといっしょにあそぼうね !」 〜


 朦朧もうろうとした意識の中で、娘の声がユーサの脳内で再生される。


 〜 「マリア。パパは明日もお仕事だからもう寝ましょう?」 〜


 今度は、娘に優しく諭す妻の声が脳内で再生される。


 〜 「そうなの? う〜ん……わかった! じゃあ……あした・・・!! あした・・・のよるね! パパ! やくそくだよ!!」 ~


 明日・・

 という当たり前にやってくる日常。

 絶対に訪れると思っている無垢な笑顔。

 心が洗われる優しい一家団欒いっかだんらんの声が、ユーサの脳内から離れなかった。



 ユーサの前世。森永 典安だった時の後悔。


 - (家族と向き合おう) -


 と決意した時に【死んでしまった】自分。


 そして、ユーサ・フォレストとして転生した後。

 前世の妻、あいに似た女性と出会い、恋に落ち、結婚した。


 産まれてきた一人娘のマリア。

 前世の娘、真理(まり)と似たような名前を、妻が名付けた偶然。


 『運命』


 自分が【別の世界】に【転生】したのは、『運命』だと思った。

 今度こそ『幸せな家庭を築く事』を夢見て、できる限りの努力をした日々。


 ……しかし、ユーサの命は終わろうとしていた。

 

  〜 「パパぁ……だいすきぃ……」 ~


  〜 「ウフフ。良かったわね、あなた。いつも忙しい中、マリアの為にありがとう。私も大好きよ。おやすみなさい」 〜


 ユーサが思い出した家族との最後の記憶は、娘の寝落ちした時の愛らしい寝言と、妻の愛が込められた言葉だった。


 「……ぅ。……ぁ」


 小さなうめき声があがる。

 気がつけばユーサの頬は濡れていた。

 身体は、時が止まったかのように動かせない筈なのに、涙は頬を伝い流れていた。


 家族にもう会えなくなる寂しさ、からなのか。

 娘との約束を破ってしまう申し訳なさ、からなのか。

 やっと手に入れた幸せを理不尽にうばわれる悔しさ、からなのか。

 

 理由は一つではない。

 沢山の想いが込められた、涙だった。


 傷だらけで、大量に出血した体が少しずつ寒く感じる。

 悲しみに打ちひしがれ、身体だけではなく精神も傷ついた事により観念したのか、ユーサは死期を悟った。



 その姿を見て

 先程まで嬉しそうに高笑いをしていたシ・エルは、ユーサのあごから藍色の片翼を離して呟いた。


 「悲しみ・・・により……怒り・・けたか……つまらん。そんなものかね君の心は? 命は? なぁ……ユーサ・フォレスト」


 シ・エルは先程まで歓喜の声を出していたが、突然遊んでいたオモチャが壊れてしてしまいきょうめた子供のような顔に変わり、その場を離れた。


 「ク・エル。介錯かいしゃくを頼むよ。楽にしてあげなさい」

 「……はい。シ・エル様」


 シ・エルと入れ替わるように、緑色の女天使が、ユーサに近づいた。


 膨らみをもったミドルボブの緑色の髪型。

 目元を隠した緑色の仮面マスク。

 首元には、緑色のエメラルドの宝石がついたチョーカー。

 赤色の彼岸花ひがんばな刺繍ししゅうされた緑色の着物の上に、緑色の軍服コートを羽織り。

 背中に『緑色の片翼』が生えた女性。


 緑が目立つ女天使。第三星天使:ク・エル。


 ク・エルは、手に持っていた竿状の長い棒きれで、ユーサを祭壇から地面に叩き落した。


 ガタンッ!!


 聞いただけでも痛くなるような音をたてながら、ユーサは受け身も取れないまま地面に叩きつけられ転げ落ちた。


 転んで仰向けになったユーサの視界に、天井の無い教会にあるモノ・・・・が目に入った。




 それは__綺麗な【黒い月】と【虹】だった。




 ー (【月】と……【虹】……) ー 


 ユーサは頭の中で、二つの単語を思い浮かべ、その二つを結びつけ、ある事を思い出した・・・・・・・・・



 【月虹】__自分の願いを・・・・・・……叶えてくれた虹・・・・・・・



 「ディ……ア……、マリ……ア……、しあ……わせ……、に……」



 時を止められたかのように動けなくなっていた身体。

 唇に意識を集中させ、ユーサは必死に唇と喉を動かしていた。


 しかし、何かを言葉にしようとするが、上手く口を動かせずにいた。


 __こんなつたない言葉では【月虹】も願いを叶えてくれないのではないか……?


 そう不安になりながら。

 それでも、ユーサは最後の力を振り絞り【家族の幸せを願う呪文・・・・・・・・・・】を完成させようとしていた。


 

 「……貴方あなたの最後の願いは、自分の事よりも、家族の事・・・・なんですね……」

 


 月明りにより無機質な金属が一閃の光りを帯びて輝いた。

 緑色の天使が大鎌デスサイズ持って現れた。


 ユーサの呪文を遮るかのように

 大鎌の鋭い刃が、ユーサの空と願いを切り裂いた。

 

 __この人達……天使・・じゃなくて、死神・・だったのか。


 目の前の大鎌の刃のせいで【月】と【虹】が見えなくなり。

 ユーサは観念したかのように、そう頭で呟いた。


 しかし……。


 「……こういう時は『死にたくない』とか自分の事を考えたり。……死に際まで追い込んだ『私達を許さない』とか目の前の相手の事を考えるのが、……普通なのではないですか?」


 ユーサは、緑色の天使が、何故このような質問をするのか。

 何故、震えた声で、そんな悲しそうな顔・・・・・・でこちらに話しかけているのか。

 理解できずにいた。


 緑色の女天使、ク・エルの顔が見えるのはユーサだけであった。


 「どうしたんだい、ク・エル? 手が止まっているよ? まさか……」

 「……いえ、何でもありません、シ・エル様。……さよなら、ユーサ・フォレスト……」


 緑色の天使の震えた声が、何かを決心したかのような声に変わった。


 大鎌の刃が、ユーサに襲い掛かる。

 首を切り落とされたのか、心臓を貫かれたのか分からず、ユーサの目の前が一瞬で真っ暗になった。


 意識が一瞬で闇に転じる。

 眠りに落ちるのではなく、二度と目覚めることはできない暗闇。

 ユーサは、この瞬間を知っていた。

 森永 典安の時、第一の人生の時、一度味わった事がある恐怖。


  ― 死 ―  


 「ユーサ・フォレスト。いや、森永 典安もりなが のりやす

  君の幸せな異世界転生は、ココで終わりだ。

  さぁ 安 ら か に 眠 り た ま え」


 暗闇の中

 遠いところでシ・エルの笑い声が耳に入った後……。

 ユーサは、死を迎えた。

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