第21話 グラウンド
放課後、特にやることもない私たちは私の席の周りで適当なおしゃべりに興じていたのだが、黒板上にある時計を確認した恵美が鞄とラケットの入った袋を持って立ち上がった。
「私、部活行かないといけないから。また明日ね」
「もうそんな時間なのね。それじゃあ」
私も時計を確認するとすでに三時半近くだった。
「またねー」
「頑張ってねー」
「ああ、また明日」
由美、薫、一花もそれぞれ手を振って見送る。
「じゃあ私たちも帰るか」
「今日はどこ寄ってく? 私、駅前のファミレスがいいなあ。ほら、最近出たっていう新作のパフェあるでしょ。あれ食べたいんだよねー」
「そんなこと言ってお金あるのか。昨日も買い食いしてただろ」
薫と一花のやり取りを見ながら、私は思ったことを口にする。
「それにしても、私たちの周りって帰宅部率が高いわよね。違うクラスの葉や京も学外のことはともかく、部活はやっていないわけだし」
「類はなんちゃらを呼ぶってやつだね」
由美が得意げに言う。
「分かって言っているでしょ、それ。でも、本当にその通りなのよね。部活やっていたら必然的に同じ部の人と過ごす時間が長くなるわけで、自然と話題だってそのことになるのでしょう。その辺りのことはずっと帰宅部の私たちには分からないけど」
「私たちは帰宅部のエースだもんね」
「それはすごく頼りなさそうね」
「そんなことないよ。帰宅部のエースは帰宅する速度が誰よりも速くて、全国帰宅部協会の名の下で帰宅指導をしているんだよ」
「まるで必要性を感じないわね」
「まあその人レベルになると、むしろ帰宅時間をいかに短くするか突き詰めていった結果、家から出なくなるんだけどね」
「ますます意味ないじゃない」
「でも私たちもいい線行っていると思うから、そのうちスカウトにくるかもね」
「だから何のスカウトなのよ、それは」
由美はそれには答えず、私もそこで話が終わるかと思ったがそこで薫が口を挟んできた。
「ふふっ、でも私の場合はもうすでにエースの座に就いているからね。スカウトされても断らないといけないのさ」
「何を言っているの」
私は本当に薫の言っていることが分からず、思わず眉間にしわを寄せて聞き返す。
「あれでしょ。いつもの薫ちゃんでしょ」
「ああ、あれね。いつものよく分からない自分ルールで喋っているわけね」
「二人ともひどいよ。私、ちゃんと部活入っているよ?」
そこで私たちの間には沈黙が流れる。
「あのね、薫。部活動っていうのは、学習指導要領で定められている学校教育活動の一環としてスポーツや文化,学問等に興味と関心をもつ同好の生徒が,教職員の指導の下に,主に放課後などにおいて自発的・自主的に活動するもので、主に授業外の放課後などに行われているのよ。ここまでは分かるかしら」
「もしかして私のこと、馬鹿にしてない?」
「もしかしなくてもそうだろ。というかなんで灯が学習指導要領の内容まで把握しているんだよ」
「薫ちゃんっておバカだとは思っていたけど、ちょっと私の想像を超えていたのかも。でも大丈夫。一緒に壁を乗り越えていこうね。神は乗り越えられる試練しか与えないって偉い人も言ってた気がするよ」
「私だって部活動が何なのかぐらい分かっているよ」
「それなら尚更おかしいじゃない。こうやって毎日のように放課後に教室で喋っているか、どこかに遊びに行っていて、いつ部活動をしているのよ」
「それはそうだけど、でも私はちゃんと入部しているもん。帰宅部じゃないもん」
「じゃあ何部に入っているつもりなの」
「ソフトボール部」
間髪入れずに、しかも至って真面目な顔で答える薫に対して、私たちは戸惑いを隠せず、一花の方を見る。一花は頭の後ろをかきながら苦笑いを浮かべている。
「薫の言っていることは事実だな。確かに、薫は私たちと違って帰宅部じゃない。実態としては、いつもこうやって見ている通りほとんど帰宅部のようなものだけど。四月の最初の頃はちゃんと行っていた」
「ほらね。私は帰宅部じゃないってわかったでしょ」
「いや、最初から自分で説明すれば良かっただろう」
一花が得意げにしている薫をたしなめる。
「でも今は行ってないわけでしょ。それはどうしてなの」
薫が籍だけ置いて部活には参加しないような幽霊部員になるイメージはないだけに、理由が気になった。
「あれ、そもそもうちの学校にソフトボール部なんてあったかな。グラウンドで練習しているところ見たことないけど」
由美がふと思いついたように言う。言われてみれば私も見たことがなかった。
「それはねえ、今は休部しているからだよ。去年まではちゃんと活動していたんだけど、新学年になって部員が二人しかいなくて、その先輩たちも受験勉強もあることだしってことで、さっさと引退しちゃったんだ。ほら、さすがに一人だとキャッチボールもできないでしょ。だから休部中」
「休部というか、ほとんど廃部状態じゃない」
「うん。来年までに部員が四人以上集まらなかったら廃部だって先輩たちも言ってた。でもまだ籍は置いてあるし、もしかしたらある日突然八人ぐらい入部するかもしれないからね」
「さすがに、今の時期からそんなに入ることはないと思うけど」
私はまだ驚いていたが、冷静に指摘はしておく。
「でも、どうしてソフトボール部に入ろうと思ったの。薫ちゃんが運動得意なのは知っているけどさ」
「先輩たちが面白そうな人たちだったからかな。ほら、入学してすぐにオリエンテーションがあった後に各部活が勧誘していたでしょ」
春先に体育館で各部の先輩たちが壇上で部活紹介を行い、校舎から校門までの桜並木の下で各部活のブースが設置され、勧誘活動がされていた。灯たちの通っている学校は、それほど部活に力を入れてはおらず、帰宅部の生徒も少なくないわりには盛況のようだった。私たちは全く部活に入る気がなかったので素通りしてしまったのでよく知らないが、後でそういう話を聞いた。ただ、料理部か何か知らないが、美味しそうな汁物の匂いが漂っていたことだけはよく覚えている。
「そういえば、けんちん汁を作って配っていたな。あれは勧誘じゃなくてただの炊き出しだったな。おかげで人は結構集まっていたが」
「ソフトボール部だったんだ、あれ」
「先輩たちは元から部員を勧誘するつもりはなかったみたいなんだけど、今年割り当てられた部費が余っていたから、材料費につぎ込んだらしいよ。ソフト麺もあったし」
「それはまた豪快だねえ」
「ソフト麺?」
私は聞き返す。
「うん。ほら、ソフト部だから」
「ほらと言われても」
「それで許可を取らずにコンロを使ったことがバレて怒られているのを見て、新入生たちも関わらない方が良いと思われたのか、入部希望者がいなかったとか」
一花が補足するように話す。
「本末転倒も良いところね」
「でも先輩たちすごく良い人たちなんだよ。私がたまに会うと、大体飲み物奢ってくれたり、お菓子くれるし」
「薫の入部する基準はお菓子をくれるかどうかなのかしら」
「これでも薫は小学生の頃、ソフトボールをやっていたんだってさ」
「あら、そうなの」
私は薫の方を見る。
「だから言ったでしょ。私、エースなんだって」
薫はやはり得意げな顔をしていた。
「うわっ、砂ぼこりがすごいね」
「ジャージに着替えてきて正解だったな」
「今日体育あったからね」
私たちは教室で体操着に着替えたのち、砂ぼこりの舞うグラウンドにやってきていた。
「あっ、皆来た?」
一足早くグラウンドに出ていた薫の声がしたので、そちらを見ると薫が土で汚れている元々は白かったはずのホームベースや細身の金属バットを抱えていた。
「大丈夫だったの」
「何のこと?」
「グラウンドのことよ。今日はサッカー部が使っていたみたいじゃない」
今は休憩中のようで遠くで給水をとっている練習着姿のサッカー部員たちが見える。
「ああ、うん。体験入部したい人がいるって言ったら、グラウンドの隅っこの方でやるなら良いってさ。一応、去年までは使ってたわけだし、今も休部中なだけで人数増えれば復活するわけだから、そう言えば断られにくいかなって思ったんだよね」
「意外と機転が利くのね」
私は素直に感心する。
「ふふっ、私はなんといってもエースだからね。もっと感謝してくれていいよ」
「別に私たちが頼んだわけじゃないけどね」
私たちが風の強いグラウンドに出てくることになったのは薫が「私の華麗な美技を見せてあげるよ」と言い出したからである。
「だってこうでもしないと、私がソフト部のエースだってこと信じてないでしょ」
「一人しかいない部活なら、そりゃエースにだってなれるよね」
「ふん、もういいもん。私が投げるから適当にバッターやってよ。あっ、一花はキャッチャーね。防具は一式揃っているから」
「はいはい」
一花は面倒そうにしながらも、ミットなどを受け取る。
それから私たちは張り切る薫の指示に従い、どうにか即席のソフトボールグラウンドができあがった。
「よっし、それじゃあ私がピッチャーやるから二人のうち、どっちか打席に入ってよ」
薫は白線で描かれた円の中で肩を回してほぐしている。
「まあここは私でいいよね、灯ちゃん」
「そうね。私が立ったところで、ボールにバットを当てられる気がしないし」
文化系帰宅部の私は観戦に徹することにする。
「なんかこのバット、細くない?」
「ソフト用のちゃんとしたやつだからね。野球で使われるものとかよりも細いんだよ」
由美の疑問に一花が答える。
「ソフトボール、詳しいんだ」
「いや、そうでもないよ。ただバットを使ったことは結構あったから……ごめん、今の忘れて」
「何に使ったのかは聞かないでおくね」
由美はそのままホームベースの右側に立つ。
「あれ、左打ち?」
薫が聞いてくる。
「私、どっちでも打てるんだよね」
由美がスポーツ全般得意なのは今更言うまでもないが、左打席の方が一塁ベースに近いから出塁するには有利なのだと由美が話していたのを聞いたことがあるし、それは由美の足の速さを生かす意味でも相応しい選択なのだろう。
「今は守備をする人がいなくて当たればヒットになっちゃうから、あんまり意味ないけどさ」
「確かに意味のない話だね。だって、ボールが前に飛ぶことはないだろうからね」
さっそく両者の間に火花が散っている。
「言い合っていても仕方ないし、さっさと始めよう」
「それもそうだね」
薫はグラブを顔に近づけ、右手で持っていたボールを隠すように握り直す。その様子は意外なほどにさまになっていた。
「げほっ、げっほ。ご、ごめん。ちょっと待って」
そう思ったのも束の間、どうやら薫はロッカーに長らく放置されていたグラブを顔に近づけたことで埃を吸い込んでむせた。
「さあ、始めようか」
少し待ってようやく落ち着いた薫は、今から始まったと言わんばかりに仕切り直す。
「今度はちゃんとこっちまでボールを届かせてよね」
由美はわざと煽るように言う。由美は勝負事になると容赦ないところが、昔からある。薫はいつになく真剣な顔でグラブの中のボールだけを見ている。この緊迫した空気は、由美の家でやったビリヤードのとき以来かもしれない。
薫の身体が少し屈められるのが見えた。そして見えたと思ったら、右腕が振り下ろされた勢いで一回転し、その手から思い切り球が放たれると瞬く間にホームベースに辿り着いていた。
「ファ、ファール」
一花はキャッチャーミットに当たって横に転がった球を捕りながら宣言する。しかしその声は戸惑いを隠せていない様子だった。
「よく合わせられたな」
一花が驚いた様子で言う。実際、由美の反応は相当なものであった。しかし私としてはそちらよりも驚くべきことがある。
「次は前に飛ばすよ」
由美は自分のバッティングフォームを確かめながら素振りをする。
「いや、そんなことより、薫の球」
「悪いけど今はちょっと静かにしてて、灯ちゃん。そうじゃなかったら、私のことを全力で応援して。チアガールの衣装とか着てくれたらもっと嬉しいよ」
由美の有無を言わせない様子に私は口をつぐむ。
二球目もやはり並外れて速く、今度は真っすぐ一花のキャッチャーミットに収まった。どうやら偶然ではないようだ。
それから二球ほどストライクゾーンを外れたボール球。由美はしっかりとストライクゾーンを見定めており、次に来たボールは軽く弾いてファールにした。そしてまた際どいところでボールがカウントされる。
「ツースリー」
ソフトボールは野球と同じように、三つのストライク、空振りをするかストライクゾーンに入った球を見逃す回数が三回に達するとバッターのアウトになり、逆に四つのボール、ストライクゾーンに入らずバッターのバットも振られない球が四回カウントされるとフォアボールになる。つまり、由美が打った球がフェアゾーンの外に落ちない限り、次の球で決着がつく。
グラウンドには風の舞う甲高い音だけ。やがてはそれも収まり、全てが静まり返った。
薫はおもむろに腕を振り上げてから先ほどよりもさらに早く大きく回り、その手が身体の前に出るところで球が放たれた。
「うわっ」
私は思わずそんな間の抜けた声をあげてしまう。そしてその声が空に消えるよりも先に、一花のミットから弾けるような音が聞こえてきた。
「私、小学生の頃ソフトボールやっていたんだよね。一度だけだけど、全国大会にも行ったことがあるんだよ。まあそこでは一回戦で負けちゃったんだけど」
「どうりで上手いわけだ」
「一花も知っていたんだ」
「言わない方が面白いと思ってさ。私としては由美の運動神経の方がよほど驚かされたんだけど」
「いやあ、全然だよ。最後の球なんかど真ん中だったのに手が出なかったし」
「あれは凄かったわね」
私には同年代の人がどれくらいのスピードで投げられるのか分からないが、本当に速く思えた。
「まあ私が本気を出せばあれくらい余裕のよっちゃんだよ」
薫は珍しく褒められているからか、すっかり気分を良くしている。
「いや、余裕ではないだろ。なんせ、薫は速球を投げる時はほとんどコントロール出来てないからな」
「あっ、一花ちゃん。それは言わない約束でしょ」
「それはホントなの?」
「本気を出すとほんのちょっとだけ制球力が控えめになるだけだよお。全国大会のときも相手の監督に何度もぶつかりそうになってちょっとだけ乱闘騒ぎにもなりかけたぐらいでさ」
「監督って普通はベンチにいるはずよね」
「だから今回はかなり運が良かったわけだ。由美は愚か、灯に当たる可能性もあったわけだし」
「さすがに私のところまでは来ないでしょ、と言いたいところだけどその話が本当なら油断できないわね」
「じゃあ、次は灯ちゃんがバッターね」
「この流れでまだ続けるつもりなの」
「だって私がエースだってことを証明しないといけないでしょ。全員を討ち取らないと」
「いや、もう十分わかったから」
「それにやっと肩が温まってきたんだもん。もう少し投げさせてよー」
「そうは言っても、私はバットを振ることすらロクにできないんだから打席に立っても意味ないでしょ」
「えー」
薫は顎を突き出して不満を訴える。
「まあまあ灯ちゃん。たまには付き合ってあげるのもいいじゃない」
そこで意外にも由美がそのように言う。
「ほら、私たちも薫ちゃんの言い分を聞かないで決めつけていたところもあったわけだし、そのお詫びというかさ」
私は少し迷ったが、「そう言われたら、やるしかないわね」と答えた。
「やったー、滅多滅多にしてあげるから覚悟してね」
薫は少し品の悪いにやけ顔で言う。
「あっ、薫ちゃん」
由美は私に背を向けた。
「何?」
薫はその顔のまま返事する。
「私の灯ちゃんの身体に傷一つでも付くようなことがあったらタダじゃ置かないからね」
「……は、はい」
薫の顔に浮かんでいた笑みは一瞬で剥がれ落ちた。
「やっぱり運動した後のハンバーグステーキは格別だね」
ホットプレートの上でジュウジュウと音を鳴らしている熱い肉の塊を、薫は美味しそうに頬張る。
「学校帰りにハンバーグを食べる女子高生ってなかなかいなさそうよね。ましてやまだ夕方なのに」
「店員さんも怪訝な顔していたもんね」
私たちはあれから一時間以上もソフトボールのようなことをしていた。そして、その大部分は私のバッティング練習であった。すごくゆっくりな球であればバットを当てられるようになったことは私としては大きな進歩といえるが、それが役立つ機会はおそらくないだろう。そんな風に私は考えていたのだが、薫は言う。
「もっと練習して上手くなれば、うちのクラスも球技大会で優勝を狙えるチームになるかもしれないね。私と一花のバッテリーで相手の打線を完封して、灯や一花が塁に出て私が返す。うん、完璧なプランだ」
「球技大会?」
私は聞き返す。
「学期末の試験後に球技大会があるだろ。あれの種目でソフトボールもあるらしい」
それに対して一花が答えてくれる。
「まさか、そのためにわざわざ私に練習させたわけ?」
「当たり前じゃん。なんたって帰宅部、じゃなかったソフト部のエースとしては絶対に負けられない戦いだからね。先輩たちとも当たるかもしれないし。残念なのは由美ちゃんが違うクラスなことだね。いてくれたら鬼金だったのに」
「私は灯ちゃんと戦う気にはなれないから、別の種目選ぶよ。ほら、リレーとか」
「いや、球技大会でリレーはないだろ。球使わないし」
「ああ、そっか。他に何があるんだろ」
「まあ、由美なら何でも活躍できそうだな」
一花はホットプレートの隅に避けてあったニンジンをフォークで刺して口に放り込む。
「いや、その前に私は出るなんて一言も言ってないけど。もし出たところで、足手まといになるだけよ。それに球技大会ってそんなに張り切るものなのかしら。中学の時なんかは、女子は皆和気あいあいとやっていた覚えがあるんだけど」
「甘いよ、灯ちゃん。私は戦いに飢えたビーストなんだよ。この比較的平和な現代社会において、戦わないといけない場面は思った以上に少ないからね。それに、活躍すれば私に対する皆の反応も良くなるでしょ。そしてあわよくばそれからの学校生活を左団扇で過ごせるように……ぐへへ」
「普段の薫の行動に対しては皆、生暖かい目で見守ることも多いものね」
私は薫が張り切っている理由をようやく理解した。
「でもそれこそ勝ちたいのであれば、私よりも他の運動部の人に出てもらった方が良いと思うけど」
「いや、これから毎週練習すれば大丈夫だよ。灯ちゃん、今日だけでも結構良くなってたし」
「そ、そうかしら」
普段褒められないことで褒められたら悪い気はしない。
「それにせっかく出るなら皆で出て勝ちたいでしょ」
薫が私の目を見てくる。
「薫」
私は思わず感動させられてしまう。しかし彼女はさらに言葉を続ける。
「それに、ほら。うちってバレーボール部の人とかが多いから、たぶん他の運動得意な人もそっちに入れて勝ちに行くと思うんだよね。だからそういう人たちを説得するよりも、運動音痴を育てた方が手っ取り早いかなって。ほら、灯ちゃんの普段の体育の様子を見て誘おうと思う人はまずいないでしょ」
薫が舌をぺろりと出す。
「……まあ、運動音痴なのは事実だけど」
「えっ、あれ、灯ちゃん。今、ちょっと私に感心してなかった? どうしてそんな冷めた目をしているのさ」
「薫ちゃんはいつも口を滑らせているよねえ」
「そういうのをやめるだけで、同級生からの扱いも変わる気がするんだけどな」
一花は呆れ顔で言う。
「ええ、じゃあこれから毎週放課後にソフトボールの練習に付き合う約束は」
「するわけないでしょ。そもそもそんな約束してないし」
私は隣の薫に背を向ける。
「そんなあ、一花ちゃんも何か言ってよ。一緒に甲子園目指そうとか」
「ソフトボールに甲子園はないだろう。それにさすがに毎週練習するなんて、いつぞやのビリヤードのことを思い出して頭痛くなるし」
その後もしばらく薫は喚いていたが、私はずっと無視し続け、一花と由美は注文していた新作パフェを味わいながらその感想を言い合っていた。
「ごめんよ、灯ちゃん。私が悪かったから。機嫌直してよー。ほら、もう冷めかけているけどニンジンとコーンあげるから」
私が向いている先のガラス窓には、いつまでも私の背中越しに薫の哀愁漂う姿が映っているのだった。
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