第12話 駅
「聞いてよ、灯ちゃん。今日の占いで一位だったのに、全然良いことないんだよ。さっきの授業でも丁度ぼーっとしていた時に当てられて、何も答えられなかったし」
「それはどう考えても由美の自業自得だと思うけど」
「いつもはその授業寝ちゃっているのに、今日は起きていたんだよ。むしろ褒められて然るべきじゃない」
「はいはい」
私たちはいつも通り定期券の入った財布をかざして改札口を通り抜け、ホームへ続く階段を下りていく。
「あっ、葉ちゃん」
由美はホームへ降り立つと、ちょっと離れたところでギターケースを背負って立っている同じ制服を着た少女に声をかける。彼女は華奢で背も低く、ギターを背負っているのか背負わされているのか分からないほどであった。
「おおー、由美さーん」
どことなく間延びした声で返事をしながら振り返る。声だけで由美だと分かったらしい。そしてその小さな身体に似合った童顔をこちらに向けてくる。
「今日もスタジオに練習しに行くの?」
由美が尋ねる。
「うん。ライブ来週あるんだよー」
「へえ、そうなんだ。頑張ってね」
「頑張るよー、最近わりといいかんじなんだよねー」
彼女は呑気でどこか牧歌的にも思える様子でのほほんと答える。
「あー、この人がもしかしてー」
「そう、幼馴染の木下灯ちゃん」
私は相手が誰か分からないがとりあえず会釈をする。
「あっ、灯ちゃん。この子はね、隣のクラスの牧野葉ちゃん。美化委員会の仕事で一緒になって仲良くなったの」
美化委員会とは、当番制で階段や特別教室の掃除、並びに掃除用具の管理を任されている係のことだ。各クラスで二名ずつ選ばれて、それは一年間続く。自分の部屋の片づけはロクにしない由美が委員に立候補したのは、一学期に二、三度しか当番が回ってこないわりに放課後に数十分あるのみでほとんど負担にならず、一応ではあるが内申書にも書いてもらえる特典まで付いているからだ。さらにこの委員を引き受ければ、たとえば明らかに仕事量の多い文化祭実行委員や持ち回りで朝早くに登校して校門で生徒の服装等をチェックしなくてはいけない風紀委員などといった、部活をやっていない人に回されがちな他の面倒な委員を任される心配もない。ちなみに私はそれらのことを知らずに立候補しそびれてしまったので、どうにか目立たずやり過ごすほかない。
「どうも、ギター大好き葉ちゃんでーす。由美ちゃんとはこの前デュエットをさせていただきましたー」
ちょっと変わっている子なのかもしれないと思うには十分な自己紹介であった。
「そうそう。階段掃除をしながら一緒に歌ったんだよね」
「ええ、あれはベリーグッドでした。由美さんの歌声はパワフルで素晴らしいです」
牧野さんは浸るように満足げに頷く。
「えーと、私はA組の木下灯よ。よろしくね」
「女性としてはなかなか低めの格好良い声ですね」
褒められて悪い気はしないが、それが初対面の人への感想なのかと首を傾げたくなる。
「そうでしょー、ウチの灯ちゃんもイケてるざますでしょー」
由美は一体誰目線で話しているというのか。ただ由美がそうやって楽しそうに話しているのを見る限り、相当気が合ったらしい。
「もしかしてバンドをやっているのかしら」
「そういえば灯ちゃんも音楽わりと詳しいよね」
「いえ、別に詳しいなんてことはないと思うけど」
映画の主題歌やサウンドトラックをたまに購入する程度なので詳しいということはないと思ったが、そういえば姉の愛は仕事の関係なのか趣味なのか良く分からないが、最近流行のバンドやグループの曲を部屋で流しており、私も曲名などは分からずとも耳にしていた。
「うん。ギターとかベースとかキーボードとか、あとは電子ドラムも家にあってー」
バンドの楽器編成というのは大方がギター、ベース、ドラムなどが主体だったように思うが、そう考えると彼女はほとんど何でも出来ることになるのではないだろうか。
「すごいわね、それは」
「んー、そうかなー。うーん、でも確かにー、ちょっとすごいかもー」
なんとも独特なテンポな話し方だ。ますます彼女の演奏している様子が気になる。
「どんな演奏するか気になるよね」
私の考えていることを察したのか由美が言う。
「あれ、そういえばライブって言っていたけど、文化祭はまだ先だし、軽音部って普段どんな場所で演奏しているのかしら」
私はふと疑問に思う。うちのクラスには軽音部の生徒はおらず、新入生歓迎会や文化祭以外ではいつ演奏する機会があるのかも知らない。すると牧野さんは何故か「んー?」と首を傾げる。そこで由美が教えてくれる。
「ああ。違うよ、灯ちゃん。葉ちゃんは部活動じゃなくて学外でバンドを組んでるの。親戚のお姉さんが作ったバンドに入っているんだって言っていたよね。定期的にライブハウスで演奏していて、しかも自主制作の音源だっけ、そんなのを配信したりCDで販売したりしている、えーとインなんとかバンドで」
「ああ、インディーズバンド」
「ぴんぽーん」
牧野さんは急に大きな声を出すので、私は思わず周りを確認してしまうが相変わらず人の姿はほとんどなく、すぐそばのベンチにも誰も座っていない。
「えっ、でもそれって相当すごいことよね。かなり真面目に音楽をやっているのね」
インディーズバンドというのはただのアマチュアとは違い、音楽でお金を稼いでいるということになるはずだ。宣伝などはもちろんメジャーレーベルに比べれば出来ないだろうが、その分自分たちの取り分が多く、中にはメジャーのバンドよりも稼いでいるインディーズバンドもあると聞いたことがある。もちろんそれはごくわずかで、実際はピンキリなのだとは思うが。
「でしょー。私も話を聞いた後でちょっと調べてみたんだけど、CDとかもわりと売れているみたい」
どうしてか由美の方が得意顔をして見せ、本人は首を傾げている。
「他のメンバーの人は皆社会人とか大学生なんだよね」
「私は売上とかそういうことはあんまり良く分からないんですよねー。お姉ちゃんが誘ってくれただけで、ほとんど何もしていないですしー」
「でも演奏はしているわけでしょ」
「うん。バンドではギターとコーラスをやっているんだー」
「一度聴いてみたいよねー」
由美が彼女の担いでいるギターケースを指差して言う。
「ああ、それじゃあ今やりましょうかー」
「えっ、ここで?」
私も思わず聞き返す。
「そう。ほら、暇じゃない?」
「いや、電車がもうすぐ来る……」
その時ちょうどホームのアナウンスが聞こえてくる。
『まもなく到着する予定の電車は、線路内に落下物がありました影響で十分ほど遅れております。ご利用のお客様には大変ご迷惑をおかけして……』
「絶妙なタイミングだねえ」
由美が近くにあったスピーカーに目を向ける。私は肩をすくめるしかない。
そばのベンチに腰を下ろした牧野さんは、背負っていた黒いハードケースからギターを取り出す。私はバンドをやっていると聞いたのでなんとなく中身はエレキギターであると思い込んでいたが、実際はアコースティックギターであった。
「今日はたまたまこっちだったんだよねー」
どことなく嬉しそうにそう言った彼女は、足を組んで太ももの上にギターを置くと、弦を弾いてチューニングを始める。
「おー、カッコいいねえ」
由美が目を輝かせながら言う。小柄なのでギターを抱えこんでいるような格好だが、それでも慣れているからか置き方も含めてかなりサマになっていた。
「何か弾いてほしーのとかありますかー」
牧野さんは私たちに向かって尋ねる。
「うーん、私あんまりわかんないからなー」
私も同じだと頷く。
「じゃあ、てきとーに」
牧野さんはギターと向き合うように一度下を向く。そのわずか一瞬で彼女の表情が変わったことに私が気付いた途端、おもむろに弦がはじき出される。
私には演奏技術など難しいことは分からない。しかし彼女の華奢な身体からは考えられない、いやそんなことすら考えさせないほどの彼女の演奏の迫力に圧倒される。ここがまるでロックフェスか何かの会場であるかのように激しく力強く弦をかき鳴らし、しかし隙間に余裕を持たせながら音の粒が正確に並べたてられていく。私も由美も気づけば夢中になっており、彼女から繰り出されるあらゆるものに魅入っていた。それから私がようやく息をつけたところで、演奏のテンションも緩められ、自然と静けさを取り戻され、ゆっくりとフェードアウトしていくように終えた。
「おおー、すごいすごい」
由美は思わずといった様子で半ば無意識に手を叩いてはしゃいでいる。
「どうもどうもー」
牧野さんは演奏を終えた途端、すっかり先ほどまでのような呑気な空気を醸していた。二重人格、とまでは言わないだろうがそれに近いほどの豹変ぶりだ。演奏の上手さも然ることながら、私はそちらの方に驚きを隠せない。
「雰囲気がまったく変わるのね」
「んー、たしかによく言われますねー。私、演奏しているときはのめり込む感じだからー」
「カッコいいなあ」
「でも、それはきっとこのギターのおかげでもあるかなー。何時間弾いていても飽きないし一つになりたいっていつも思っている」
「一つに?」
「そう。私もギターの一部、みたいな感じかなー」
「へえ」
分かるような分からないような返答だが、彼女の言葉が足りていないようにも思えなかった。きっと率直な思いなのだろう。私たちが彼女の演奏にそうだったように、彼女もまたギターに魅了されているのかもしれない。
「じゃあ、次はどうしようかー」
「まだやるのね」
私はてっきりこれで終わりだと思っていたので、聞き返してしまう。
「あれ、もしかしてびみょーでしたか」
急に牧野さんがしょぼくれた顔になる。
「いえ、そ、そんなことはないわ。力強くて、でも激しいだけの勢いだけじゃなくて繊細で気の利いた音遣いがとても素晴らしかったし、ずっと聴いていたいと思ったぐらいよ。それから演奏しているときの牧野さんの姿も相まってとても迫力があって、でもどこかに優しさも感じられて」
私は焦って矢継ぎ早に言葉を足しながら、彼女の反応を確かめる。すると彼女は「ふふーん♪」と鼻を鳴らし、今さら褒められたのが嬉しくなったのか牧野さんはふにゃふにゃな笑みを浮かべる。
「やっぱり灯ちゃんは褒め上手だねー。葉ちゃんが喜ぶのも分かるってもんよ」
「そうかしら」
「ほら、私なんかすごーいとかしか言えないし」
「まあ、たぶん由美のボキャブラリーの少なさには勝てないわね」
「あっ、私のことバカにしたでしょ、今」
由美が口をとんがらせてそっぽを向く。ただ別に機嫌を損ねたわけではないようで、すぐに鼻歌を歌いだす。
「それ、いいですねー」
すると突然牧野さんは閃いたといわんばかりに由美を指差す。
「何のこと?」
由美は分かっていない様子であった。
「その鼻歌ですよー。結構長いフレーズですよねー、なんて曲なんですかー」
「ああ、もしかしてこれを弾こうとしているの」
そこでようやく、彼女が次に演奏しようとしている曲のことを言っているのだと理解した。
「コードを弾くぐらいならすぐに出来ると思うのでー。この間も口ずさんでいたのでー、印象に残っているんですよー」
そう言って彼女は実際に同じフレーズを軽く弾いてみる。しかも違和感なくアレンジまでされていた。
「やっぱりー、私もこの曲好きですねー。のどかな日向ぼっこみたいな感じでいいですよー」
牧野さんが微笑みながら感想を述べる。すると珍しく由美が言葉を詰まらせていた。しかしそうかと思うと、急に胸を張って自慢げに話し始めた。
「これはですね、葉ちゃんさん」
「はいー、由美さん」
「オリジナルなのです」
「それは由美さんが創作した、という意味でしょうかー?」
牧野さんがギターの弦を一番太い一本だけ鳴らす。それに意味があるのかは分からないが、彼女なりのクエスチョンの擬音とでもいうべきものなのかもしれない。
「つまり私による私のための曲とでもいうべきものなのです。実は歌詞もちゃんとあるわけですよ」
「そうなんだ?」
私も口を挟む。すると何故か由美はこちらに何やら含みを持たせた目線を送ってくる。私はそれが何を意味するのか、まったく分からなかった。
「ということは由美さんが歌えばいいんです。またセッションしましょう」
牧野さんはかなり乗り気になっている様子で、小さな拳を空に向かって突き立てる。
「うん、ちょっと待ってね。今、息を整えるから」
すると由美は妙に真面目な顔で大きく吸って吐いてを繰り返し、まるでこれから重要な大会か何かに出場する選手のように、身体をほぐすように準備体操をしている。
「ちょっと大げさじゃないの」
私は由美に言うが、こちらを全く見ようともせず、意識を集中させている。牧野さんもそれとなくコードの確認などをしており、なんだか私一人だけ仲間外れにされた気分にさえなってくる。もちろんだからといってこんな公衆の面前で歌いたいとは思わないが。一応、夕方のホームにはまばらに学生服の女子生徒がいるだけであることは確認済みだが、それでもだ。
「よし、葉ちゃん。いこう」
まるで決戦に赴くかのような決意のこもった声を出す。そういうノリなのだろうかとも思ったが、まもなく私はその理由を知ることになった。
牧野さんは由美の目を見ながらタイミングをはかると、やがてギターの弦をつま弾きだした。確かに優しげな、でも楽しい感じの音色で、それはきっと牧野さんの弾き方が上手いことが大きいのだろうが、由美はやはり多才なのかもしれないなどと私は思ったのだがそれもつかの間、由美が歌いだすとそれどころではなくなった。
ふだんは クールなすまし顔
ホントは 笑顔も可愛いの
わたしのエンジェル 灯ちゃん
ホントは てんぱり美少女だ
皆は知らない 焦る顔まで可愛いくて
わたしのエンジェル 灯ちゃん
ずっと好きだよ 愛している マイエンジェル
「ちょ、ちょっと!」
私は思わず大声を出していた。しかし牧野さんは演奏に没頭しており、由美は楽しそうに首を振りながら歌い続けている。その後の歌詞もおおよそ似たようなもので、つまるところ私はずっと自分のことを歌った歌を延々聴かされる。しかも由美自身は恥ずかしがることなく決して小さくない声を出しているので、それまでは無関心だったホームの少し離れたところにいる人たちも徐々にこちらに意識を向けるようになっている。
「もうやめて……」
私は力も入らずにへたりこむようにしてその場でしゃがみ込む。そうしてようやく由美と牧野さんは演奏するのをやめた。
「どうだった?」
由美が私の顔を覗きこんでくる。
「良かったでしょ」
「全然良くない」
「ええ、でもでもその割には効果抜群って感じじゃない。ほら、もっとよく顔を見せてよ」
そう言って由美は私の顔に触ろうとする。
「ほんとやめてって」
実際、言葉とは裏腹に私は特別嫌がっていたわけではないのだが、そんな由美の手を思ったよりもずっと強い力で払いのけてしまう。
「えっ」
由美は明らかにショックを受けていた。
「あっ、いや、その」
私はすぐに謝ろうと思った。しかし未だに恥ずかしさと少しの恨めしさもあって気持ちを整理しきれておらず、さらにいえば何のことはないとさらっと受け流すことのできない自分に苛立ちを覚えてしまう。冗談めかそうにも次の言葉が出ず、そのせいでますます怖い顔になってしまう。
そしてそんな私の様子から、斜光によって地面に映し出された由美の影は不安げに揺れ、しまいにはその顔をゆがめてしまう。彼女に悪気がないことは分かっていたし、だから自分の態度によって傷ついたり、反省したり、間違っても謝らせたくはなかった。そのためにもすぐに否定したいのだが、そうしようとすればするほど口が緊張でこわばり、空気が漏れ出るばかりであった。
「ちょっと調子に乗りすぎちゃったね、ごめ……」
「いやー素晴らしかったですねー」
由美の泣きそうな声を上塗りしてしまうような、間抜けなほど呑気ではしゃいだ声が聞こえた。私は牧野さんの方を見る。
「私、すごく楽しかったですよー。やっぱり由美さんは歌が上手いですねー、そう思いませんか、灯ちゃんさん?」
牧野さんも私の方を純粋な瞳をらんらんと輝かせて見てくる。
「え、ええ。そうね、とても良かったと思うわ」
私はやや詰まりながらも答えることが出来た。
「あっ、えーと」
由美はまだ心配そうな顔で私を見て、口をもごもごとさせていた。
「いいのよ、由美。別に怒っているわけじゃないから。だから謝らないで」
そんな由美に私は努めて優しく声をかける。
「う、うん。分かった」
由美は私の変化に戸惑いながらも頷いてくれた。
「あれ、お二方ともどうしたんですか? もしかして、私、何かまずかったですか? え、えーと、その……」
今になって私たちの間に流れる雰囲気を察したのか、牧野さんはやけに慌てた様子になった。
「ううん、大丈夫だよ」
由美がいつものように明るく返事する。
「ほ、本当に本当ですか」
先ほどまでののほんとした感じとは全く違って、真剣な顔で念入りに訊いてくるので私も頷いてみせる。すると牧野さんはようやくホッと胸を撫でおろす。
「そ、それなら良かったです。その……ですねー、ひょっとしたらお気づきかもしれませんが、私、あんまり空気を読んだりするのが得意じゃないんですね。いつも楽器や音楽のことばかり考えていて、だから自覚しないうちに妙なことを言っていたりすることもあるみたいで。実は、前にも私の言動が原因でトラブルになってしまったことがありまして、ですね」
牧野さんは影をまとった寂しげな表情をしていた。私は本当に根拠のない推測でしかなかったが、もしかしたらそのことが、牧野さんが軽音部などに入らず、年上の人たちとバンドを組んでいることに関係しているのではないかと思った。
「本当に大丈夫よ。むしろあなたのおかげで救われたわ、どうもありがとう」
「そ、そうですか?」
「ええ」
私は自然と彼女に笑いかけていた。
その後、電車が来るのを待ちながら、三人でベンチに腰掛けて色んなことを話した。例えば、牧野さんが楽器を始めたきっかけであったり、私の最近買った映画のサウンドトラックのことだったり、由美の鼻歌が思いのほか長い年月をかけて作られたことであったり、そういったことをだ。
「私、学校の同級生と楽しくセッションみたいなことしたの、すごく久しぶりでした。いつもバンドでやっているときはわりとずっと真剣な感じなんですけどー、さっきみたいにゆるーい感じも、それはそれですごく楽しかったですねー。また時間があったら一緒に演奏したいです。今度は木下さんも一緒に」
「そう言われたら断りづらいわね。せめて今度は違う曲にしてね」
「私は別にあの曲でもいいんだけどな」
「由美」
私は由美に冷ややかな目線を送る。
「じょ、冗談だよ」
由美は少し怯えたように身を引く。
「ああ、あと」
私は牧野さんの方を向き直す。
「私のことは灯でいいわよ」
「えっ」
その驚きの声は由美が発したものだ。
「そうですかー。じゃあ灯ちゃんさんって呼びますー」
「そういえばさっきも一度そう言ってたわね」
「はい、なんとなく気にいってしまいました。あっ、私のことも葉ちゃんさんでいいですよー」
「いや、普通に葉って呼ぶことにするわ」
「そうですか」
葉は少しだけしょぼくれた顔をした。
「これはショックだよ、灯ちゃん」
由美は両手で両頬を押さえて口を開けて、すっかり困惑していた。
「別におかしなことでもないでしょう」
私は由美を流し目で見る。
「いや。だって、わりと人見知りな灯ちゃんが、まさか初対面の人に自分から名前呼びで良いなんて提案するなんて」
「私、葉のこと、すごく気に入ったから」
私は隣の葉の腕をとって自分の身体を寄せる。
「それはー、とっても嬉しいですねー」
葉は顔をポッと赤らめる。
「そ、そんなあ。私の灯ちゃん、マイエンジェル……」
由美は私たちの顔を見比べながら恐慌状態一歩手前といった具合に慌てふためいていた。少し可哀想かなとも思ったが、もう少しだけ由美を慌てさせるのも悪くないかと考え直し、私は身体を揺らしながら鼻歌を歌うことにする。
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