地図に描かれた絵(現代ドラマ)

 最後に会ったのは中学校の卒業式だったので、15年ぶりの再会だった。


「え、もしかしてヒロくん?」


 シャッター通りとなってしまった商店街のアーケードの下をぶらぶらと歩いていると、反対側から自転車に乗ってやってきた女性に声を掛けられた。


 おれは足を止めて、その女性の顔をマジマジと見る。

 誰だ?

 全然見覚えのない女性。しかし、おれの昔のあだ名を知っている。

 一体、誰なんだ?

 おれは脳内のハードディスクにスキャンを掛けて、彼女のことを思い出そうとする。


 あ、もしかして……。

 そう思って、彼女の名前を声に出そうとした時、彼女が再び声を発した。


「ほら、ニシダだよ。ニシダミホ。覚えてるでしょ?」

「あっ……ああ、ニシダさんか!」


 あっぶねー。あと0コンマ1秒遅かったら別の人の名前を口にしているところだった。


 彼女から名前を聞いた瞬間に、当時のニシダミホの名前と顔が脳裏によみがえってきて、今目の前にいる女性とリンクする。

 15年前の顔と、化粧をしっかり施し歳を重ねた顔がぴったりと重なり合う。


「こんなところで、何してんの?」

「いや、ちょっと実家に用事があって戻ってきたんだよ」

「えー、懐かしいじゃん。何年ぶり?」

「中学以来だから15年ぶりじゃないかな?」


 そう、俺たちはいま三十路みそじを迎えた。


「ちょー懐かしいじゃん。え、元気?」

「ああ、元気だよ」

「いまは東京? あれヒロくんって、東京の高校へ行ったんだっけ」


 なんだかよくわからないが、おれは彼女から質問責めにあっていた。

 おれはニコニコとしながら話しかけ続けてくるニシダミホを邪険に扱うことができず、その質問にすべて丁寧に答えていた。


「そっか。じゃあね」

 ひと通りの質問が終わってニシダミホは荷台に子供を乗せるための椅子がついた自転車を漕いで去って行こうとする。


「あ、ちょっと待って」

 おれは慌ててニシダミホを呼び止めた。


「なに?」

 甲高いブレーキ音と共にニシダミホは自転車を止める。


「あのさ、ここの場所わからないかな?」

 おれはポケットから取り出した一枚の地図をニシダミホに見せた。

 その地図は手書きの地図だった。


「うーん、どこだろ……」

 地図を覗き込んだニシダミホは真剣な顔で考えている。


「あ、ごめん。わからなかったらいいんだ」

「いや、ちょっと待って。この絵、どこかで見たことがあるんだよね」

 そう言って彼女が指さしたのは、地図の中に書かれていた怪獣のキャラクターの絵だった。


 言われてみると、確かにどこかで見たことのある絵だ。

 どこで見たんだ?

 その怪獣のキャラクターを思い出そうと頭の中をぐるぐるをサーチする。

 あ……。


「「ドミノ」」

 ふたりの声が重なった。

 ドミノというのは、15年前に我が町にあった駄菓子屋の名前だった。

 正式名称は知らないけれども、子どもたちはいつも駄菓子屋のことをドミノと呼んでいた。


「なつかしー」

「ドミノってまだあるの?」

「無いよ。もう、とっくに潰れてる。てか、中学の時には潰れていたんじゃない」

「え、そうだっけ?」

 おれの記憶は曖昧だった。そういわれてみれば、そんな気もする。


「これがドミノってことは、ここは……テラちゃんの家じゃない?」

「テラちゃん……」


 その名前を聞いてすべてを思い出した。

 この地図はおれが中学生の時に描いた地図だった。

 駄菓子屋ドミノの怪獣の絵は、目印として描いておいたものだったのだ。

 この地図は、当時好きだった女子であるテラちゃんこと、寺沢さんの家を書き記したものだったのだ。

 そのことに気づいたおれは急に恥ずかしくなり黙ってしまった。


「そういえば、テラちゃんの家はまだお花屋さんやっているよ」

「へー、そうなんだ」

 おれはドギマギしながら答える。


「ちなみに、テラちゃんはまだ独身だから」

「そ、そんなこと聞いてねえよ」

 おれは耳まで真っ赤にしながら、そう言うとニシダミホから地図を取り返した。


「ま、がんばりなよ」

 意味深な言葉を残して、ニシダミホは自転車を漕いで去っていった。


 寺沢さんは、おれの初恋の人だった。

 そうか。花屋はまだやっているのか。たまには親父の墓にそなえる花でも買っていこうかな。

 おれはそんなことを思いながら、シャッター通りを再び歩きはじめた。

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